24話 距離
旦那様に小説家になったことがバレてから数日経った。
離婚になってもおかしくないほどの事を隠していたというのに、旦那様はそれを受け入れてくれた。それが嬉しいと思うと同時に、もう一つのことを隠していることに罪悪感を覚える。
(同性愛とも思えるような内容の物語を書いているだなんて言えない!)
先日の会話でも、どのような物語を書いているのかを旦那様に聞かれた。
運が良いと言っていいのか、読んだのは手にしていた数枚だけだったらしい。そのおかげで、どんな内容の物語なのかはわからなかったようだった。その時は「ただの友情ものです」と答えたが、男女の恋愛ものに見せかけただけの作品も書き途中である。そちらの方は同性愛の描写が強く、現在販売している作品とはまた雰囲気が大きく異なっている。そちらの方を読まれるのは間違いなくマズイ。
(しばらくはその描写が強い方の作品に出番はないだろうけど、隠しておかないと)
『もしよければ、君が書いた作品を読んでみたい』
私が書いた作品を読んでみたいと言ってもらえるのは嬉しいことだけど、好きな人に自分の思い描いている世界を読ませるのは拷問にも等しい。世に出されている作品であり、同性愛の描写も強くはない。とはいえ、好きな人に読まれるのは恥ずかしい。
『恥ずかしいので、もう少しあとでもよろしいでしょうか?』
『そうか。すぐに読めないの残念だが、いつか読める日を楽しみにしているよ』
『あ、ありがとうございます』
その時のことを思い出してしまい、少しだけ顔が熱くなる。
残念そうな表情をした後に、優しく微笑みかけてくれた旦那様の顔を忘れることができない。前世では、表情はあまり豊かではなかった。むしろ、今回の件で彼があんな顔をすることを初めて知った。なんだかくすぐったい気持ちになる。
あのあとも、小説の話が落ち着いた後にお土産を渡してくれた。紅茶に、透き通るように綺麗な色をした飴菓子、それにアクセサリーまで贈ってくれた。
『こんなにも素敵なものを、私に?』
『街中で見つけたんだ。ふと目に留まって、君に似合うのではないかと思って』
旦那様がくれたのは、シンプルなデザインのネックレスだった。
小さな宝石の色は綺麗な桃色で、花びらのような形をしている。小さな輝きを放つそれは、私に似合うのか心配になってしまった。
『受け取ってもらえるだろうか?』
『もちろんです。こんなにも素敵なものを私のために、ありがとうございます』
仕事とはいえ、外国という知らない場所で私のためにお土産を買って来てくださっただけでもとても嬉しいのに、アクセサリーもお土産にしてくれたのは心が高鳴るほど嬉しいことだった。
出向いた先で私のことを思い出してもらえただけでも、すごく嬉しい。
彼が私のことを思い出してくれるなんて、想像もしたことがなかった。
(彼が私に恋愛感情を抱いていなかったとしても、夫婦としてお互いを尊重し合えるようになりたい)
私が彼のことを好きだという感情は公爵家にとっても、彼にとってもきっと邪魔になってしまう。
彼と話せるようになり、私の小説の才能についても褒めてもらえた。それだけでもう、十分だ。
首につけているネックレスを手でいじっていると、待機しているリリーがニヤけながらこちらをみていた。
「……リリー、何か言いたそうね」
「申し訳ありません。ですが、こんなことになるとは思っていませんでしたから」
あの日、リリーはお茶を持って来てくれたがさっさと部屋から出ていってしまった。あとから聞けば、雰囲気が最悪で一刻も早く退散したかったらしい。
あの時の空気に耐えられる使用人がいたら、その人の精神は相当鍛えられているか捻くれているとまで言った。
「まさか、旦那様と奥様がこんなにも仲良くなっているだなんて! 最近の旦那様は奥様に対して積極的に話そうとしたりしていましたが、ここまでとは思っていませんでした」
長い時間話をしていたこともあり、リリーは不安にもなっていたらしい。
部屋で喧嘩でもしていたらどうしようとか、あの雰囲気からして離婚の話でもしているのではないかと思っていたとのこと。
レオンに「奥様たちのことが心配です!」と相談もしにいったらしい。すると、レオンは「その心配はきっと杞憂に終わります。大丈夫ですよ」と言いながらにこりと微笑んだらしい。
その場面はとても想像しやすいのだが、もしかしてレオンには私の旦那様に対する気持ちを知っているんじゃないかと不安になる。彼は察しがよい優秀な執事だから、あり得ない話じゃない。
「少しは夫婦らしくなってきているといいんだけど……」
「舞踏会にも夫婦で参加していましたし、最近はお二人での会話も多くなっているじゃないですか。一年前に比べればすごく夫婦って感じですよ!」
一年前、と言われてあっという間だったなと思う。
正確にいえば、ここに来るまで十一年も経っている。でも、一度死を経験しているからこそ行動に移せたのはある。死んでしまってからでは何もできない。
後悔をするくらいなら当たって砕けろ、の勢いで動いたほうがいいと身をもって知った。
「とにかく、作品の続きも書かないと……」
「作業をするなら、お茶をお淹れしましょうか。旦那様からいただいた紅茶もありますし」
「ありがとう。お願いするわ」
机に向かい、書きかけの原稿を見返しながら書き進める。
しばらくすると部屋のドアが開き、甘い香りが部屋に入ってきた。
「リリー、ありが……っ?!」
お礼を伝えようと顔を上げればティーセットを持った旦那様の姿と、後ろでニコニコと笑っているリリーが立っていた。
どういうことだろうと混乱していると、旦那様が口を開いた。
「美味しいお茶菓子を買ってきたから渡そうと思ったんだ。その時にリリーの姿が見え、お茶を持っていくところだったからちょうどいいと思ってお願いをしたんだ」
旦那様の急な登場に戸惑いが隠せず、すぐに返事ができなかった。彼が私のためにお茶菓子を買ってきてくれたことにも驚きだが、私の部屋にまた訪れてきたことにも戸惑ってしまう。
私が返事をしないことに不安に思ったのか、少し表情が暗くなってしまった。
「すみません、びっくりしてしまっただけで……とても嬉しいです。ありがとうございます、旦那様」
そう伝えると、安堵の表情を見せてくれた。
以前よりも表情が豊かになった気がして、それを見ることができて嬉しくなる。
「もし君の作業の邪魔にならないのであれば、一緒に休憩をしようかと思ったのだがいいだろうか?」
「も、もちろんです!」
予想をしなかった申し出に嬉しくなる。
なんだか、急に彼との距離が近くなったような気がして胸の奥がとくんと小さくなった気がした。
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