106 貴族校舎へ
カルテと二人で中庭に行くと、既に待っていたようでジョット先輩がベンチの一つを陣取っていた。
そこに三人で腰掛け、購買に寄って買ったパンを食べ始めるとジョット先輩が改めて口を開いた。
「二人とも、あのとき依頼を受けた紫髪の男のこと知ってるか?」
「いや、知らない人です」
「私も初めて見る方でした」
「あいつにも声掛けようと思ったんだけど、名前すら分からなくてなあ。休み時間に各クラスを見て回ったんだが結局見つからずだ」
「あー、じゃあどうします?」
「今日は仕方ないからいいとして、必要なときに連絡取れないのは困るから探すしかないな」
「祭りの直前に第一王子とミーティングするんでしたよね。そのときでもいいんじゃないですか?」
「うーむ、それまで若干間があるからなあ。あいつの試合、あまり参考にならなかったし能力把握をもう少し」
「確かに……面白かったけど相手もすぐやられましたからね」
ある意味、一方的な試合だった。
紫髪の学生は、試合開始と同時に【土魔法】で自身の周囲をかまくらのように覆うと、そのまま引きこもってしまった。
最初は様子を見ていた相手も、変化が無いことに気付くとかまくらに攻撃を始めたが、かまくらが結構頑丈だったみたいで手こずり、背後に現れた彼に不意打ちを喰らって倒れた。
「穴を掘って背後から奇襲でしたよね。それであっさりやられてしまった相手も相手です」
「王子に見せるための試合であれやったのには笑ったけどな」
「ああ、王子も苦笑いしてましたよね」
あれで受かったのが不思議なくらいだ。
「折角の王子様からの依頼だからな。護衛依頼には連携が大事ってのもある。ということで、二人も探しておいてくれ」
そういうことになった。
=====
午後の授業も眠かった。
今週の目標は【土魔法】の習得だ。……あっ、そういえば紫髪の人も【土魔法】使ってたよな。もしかしたらこの授業に出てるかも。
そもそも学年すら知らないけど。
休憩中に授業参加者をそれとなく見て回る。
居ないか……あ、知り合い発見。
「カインクルフ」
「ん? ああ、アカリじゃないか。同じ授業だったのか?」
「先週からね」
「少し待っててくれ。俺も休憩に入る」
カインクルフは周りの生徒の何人かに向けて声を掛けてから俺に付いてきた。相変わらず取り巻き多いみたいだな。
「何してるんだ?」
「ちょっと人探しをね。紫髪で結構長身の男なんだけど」
「1年生では俺も知らないな」
「いや、1年って決まってはないよ。名前も知らないし」
「……全然情報が無いではないか」
「まあ、会ったことはあるからしらみつぶしに見て回ってる」
「そもそもなんで探しているんだ?」
「ちょっと、冒険者として同じ依頼受けてね」
「冒険者か。それなら俺はあまり役立てそうにないな……いや、そういえば一人、紫髪で冒険者の人物を一人知っている」
「えっ、ホント?」
重要な情報源に一旦足を止めて顔を向ける。
「ああ、2年で貴族科の先輩だ。貴族科で冒険者ギルドに所属しているのは珍しいから人づてにだが聞いたことがある」
おお、手掛かりゲットだ。
正直すぐに見付かるとは思ってなかったから驚き半分嬉しさ半分だ。
「2年の貴族科ね。明日にでも覗いてみるよ」
=====
次の日、早速貴族科の校舎に入り込む。
午後の実技中に会いに行くのは難しいし、昼休憩は教室に居るとは限らない。そんなわけで今は午前中の中休みだ。眠い。
でも、貴族校舎に入ることって殆ど無いから場所がよく分からないな。一般校舎と同じだと思ってたらカフェみたいなの見掛けたし。
地味に無断で侵入したけど、貴族科の生徒は制服で俺は私服だから結構目立っている。このままウロウロしていたら不審者扱いで声を掛けられるのも時間の問題だろう。まあ、俺もこの学校の生徒だから問題は無いはずだけど、お貴族様が絡むとどうなるか分からない。……そう考えると緊張してきた。
一旦人の視線から逃れようと、階段の脇のスペースに入り込んだところで背後からドンッと強い衝撃が襲い掛かってきた。
「うわっ、とと……」
誰かがタックルをかましてきたみたいだ。その人物は今も俺の背中に張り付いている。
首だけで後ろを振り返ると、頬に角が当たった。小鬼の少女の角だ。
「なんだ、フェルクか」
「うへへ、驚いちゃいました? でもこんなところにユミちゃんが居るなんて珍しいですね」
「ちょっと、用があってね。フェルクこそ、よく俺を見つけたね」
「教室は居心地が悪くてですね、影の中をふらふら~っとしてたら発見しちゃったです」
相変わらずクラスに馴染めていないようだ。
それにしても、俺が男の姿のときにこんなスキンシップをしてくるのは珍しい気がする。
「ああ、でも丁度良かった。なんか目立ってるみたいだったからさ、フェルクの影に入れてくれない?」
「はあ、それはいいですけど、結局用事って何なのです?」
「人探し」
簡単に知っている情報を伝えた後、フェルクの影に入れてもらう。
そしてフェルクは俺の指示通りに2年生の教室へと向かう。
「貴族科は1年につき4クラスあるみたいです。順番に覗いていくですよ」
フェルクは教室を覗くとき、自身の影がしっかりと壁に映るように立った。俺の視界はそこから広がり、移動中の床の影から見上げていたときの目線よりも教室を見渡せた。
「……居ない、かな。次お願い」
「うひゃぁっ、ちょぉ、耳に息かけないでくださいよユミちゃぁん」
影の中からでは声を出せないから他に人に見られないようにフェルクの耳元近くに顔を出したんだけど、フェルクが変な声を出すから何人かがフェルクに視線を向けた。慌てて顔を引っ込める。
「うぅ、ユミちゃんのせいです……」
人の視線(男限定)が苦手なフェルクは涙目になりながら教室の入り口を離れた。
そのまま隣の教室へ。
「……おや? 貴女はもしかして、留学してきたというハルジバルのお姫様では?」
「あ、はい……」
フェルクが上級生に捕まった……!
小さいながら角が生えているフェルクは、一発で魔族と分かる外見をしているからな。留学生の噂も広がってるだろうし、そんなフェルクが教室の前できょろきょろしていたら俺以上に声を掛けられやすいだろう。偶々会ったからとはいえ、人選ミスったな。
そして、残念ながら声を掛けてきた人物は男だ。
「やはりそうでしたか、お会いできて光栄です。ところで、私のクラスに何か用事でも?」
「いえ、その……」
フェルクは人見知りで戸惑っているようにも見える。年下のお姫様が上級生のクラスへ来ておどおどしている姿は保護欲をくすぐったりもするだろう。
だが、フェルクの指先が震えている。ガチな拒絶反応が出ているのを頑張って押さえているのだ。いつものように彼女の影は不穏な揺らめきを見せている。その中に入っている俺は視界がぐらぐら揺れて気分が悪い。
何とかしてフェルクを助け出さないと危ない。上級生が。
そう思っていたのだが、俺の不安定な視界の先、教室の隅に、紫髪の探し人の姿が――。
「フェルク、あれ、左の奥の方。あの人だよっ」
「あ、あれです……?」
周囲の人の死角から顔を出した俺の声を聞いて、フェルクは紫髪の男という特徴の一致する人物を自分でも見つけると、振るえる指先をそちらへ向けた。
「なにかな?」
当然目の前の上級生はその指先へ目線を向ける。
「んん……? もしかして、ロイアータ君に用事があるのかい?」
「は、はい……」
フェルクは肯定したけれど、俺達は名前を知らない。だけどまあ、フェルクの指さす方向には彼しか居ないから間違えないはず。
実際、目の前の上級生はちゃんと紫髪の男に声を掛け、連れてきてくれた。
「あ、あの……僕に何か……?」
「うっ、その……」
まともに会話が成立しそうになかった。
「いっ、いいから、付いてこいです!」
「ひっ!?」
フェルクの限界は近かったようだ。
殺気すら込めた眼光をロイアータ先輩に向けてそう言った後、教室を離れてしまった。
ロイアータ先輩は少しの間躊躇っていたが、フェルクの姿が見えなくなる前に追いかけてきた。
……フェルク、なんかごめん。あと、ロイアータ先輩にも悪いことしたな。




