神ノ箱庭【16】
どちらが本当のことを言っているのかも含めて
SR:Bの世界を楽しんで読んでいただけたらいいなと思います
誤字脱字その他は生暖かい目で見守っていただけるとありがたいです
約束を胸に感謝を込めて
最後までどうぞよろしくお願いいたします
2026/05/09 17:07
※
【お兄ちゃんがこの世界を本物だって信じ続ける限り、この世界はどんどんリアリティが増して本物へと近付き完全体になっていく。
でもその代わり、お兄ちゃんにとって幸せだったこの時間を、ずっと延々と繰り返し続けなければいけないの。
それがこの世界が完全体になれる条件。
時の流れを繰り返して繰り返して、そしてたった一つの糸口を見つけていく。
それまでに向こうの世界の記憶がお兄ちゃんの中からどんどん失われていって、やがてその記憶が完全に失われた時──この世界の時間は動き出して独立し、本当の世界へと生まれ変わることができる。
つまり、この世界がお兄ちゃんにとって本物の世界になれるってこと。
だけど向こうの世界はクトゥルクの力を完全に失うことになるから、光の流砂となって存在自体が消えてなくなるの。
──お兄ちゃんはこの真実のこと、知ってた?】
【その真偽がどこまで本当なのか、体験した人にしか分からないこの怪奇現象の話。突き止めるだけの価値はきっとあるはずよ。
そして、その都市伝説を全部一つにつなぎ合わせると──実は、この世界とは別に、もう一つの世界が存在するんじゃないかって説が出ているの】
【お前に真実を受け止めるだけの覚悟はあるか?】
【お兄ちゃんは同時にクトゥルク様でもある。つまりはお兄ちゃんもこのシステムの権限を持つ特別な存在なの。
その力をお兄ちゃん自身が無意識に使って、どんどんこの世界を本物へと作り替えていっている。
つまり、独立したもう一つの世界を確立しようとしているの】
【表では普通の企業を装っているけど、裏ではこの世界の情報を全て牛耳って操っている。たとえこの世界がシミュレーションの世界だろうと、お兄ちゃんがこの世界を本物だと思い続ける限り、その秘密結社までもをどんどん本物同然のリアリティにしていっているわけ。──ここまで理解できた?】
【『失われたアトランティス帝国』──それがこの世界の名前。
かつて、この世界はクトゥルク様と二人の研究者により創られたシミュレーションの世界だった】
※
──。
朦朧とした意識の中、俺はゆっくりと目を開いていった。
何かの薬を体内に入れられたのか、上手く思考が働かない。
ぼんやりとした虚ろな目で、俺は辺りを見回す。
……。
まず視界に飛び込んできた風景は、真っ白い部屋。
天井、床、壁。
何もかもが無地で真っ白い。
その白い部屋の中に、ベッドが一つだけぽつんと置かれている状態で、俺はそこに寝かされていた。
着ていた服は全て取り換えられて手術着のような服を着せられており、両手両足そして胸部と腰、それぞれに拘束具が付けられていて、自由に動けないようベッドに固定されている。
そのベッドの周りには仰々しいほども色んな機器が置かれていて、それぞれ俺のバイタルの何かを観測し、波長や数値といった形で記録をとっているようだ。
バイタルらしき観測機器は、ほぼ俺の全身といっても過言ではなかった。
いったい何の目的で何をどう調べたいのかは知らないが、特に重点的に調べたいのが俺の脳と心臓のようだ。
その機器の高価さが半端ない。
……。
しばらくすると、薬の効能が切れてきたのかだいぶさきほどより意識がハッキリしてくるようになった。
改めて俺は自分の置かれた現状を理解し、手足を動かそうとした。
どうやらここまでは想定されていたらしい。
いつ目覚めてもいいようにか、部屋も無人といった感じで、誰かがここに来ないと俺一人ではベッドから起き上がることすらできなかった。
……。
なぜ平凡な人生を送っていたはずの俺が、最終的にこんな目に遭わなければならないのか。
何かの秘匿性の高い秘密を知っているわけでもなく、誰もが驚くような特別な力が扱えるわけでもない。
【行方不明だった被験者Kを確保。今から研究所へ連れて帰る】
──被験者。
たしかに彼らは俺のことをそう呼んでいた。
思い出して、俺は無力感に苛まれつつも重い溜め息を吐いた。
研究所ということは、つまり何かを研究しているということで、俺はその実験体ということか。
俺の何をどう調査して実験しているのかは知らないが、特にこれといって目立つようなことをしてきたわけではない。
ただ、向こうの世界で精神的ダメージの来る鬱状態を体験してきたくらいだ。
まぁそれだけでも充分特殊か。
だったら俺以外のコードネーム保持者も、俺と同じようにこの研究所に連れてこられているのではないだろうか。
なんという家畜の所業。
ここを脱出したら、真っ先に人権団体に訴えてやる。
考えれば考えるほど、俺の苛立ちが沸々と込み上げてきた。
そんな時だった。
だいたい頭上辺りの方向からだろうか。
視界では確認できなかったが、ドアの開く音と一人の女性の声が聞こえてきた。
「薬の成分が切れたみたいね。気分はどう? バイタルで変調があったから様子を見に来たんだけど、私と会話できそう?」
……誰?
口に出して、俺はまだ見えない人物へと問いかけた。
女性が安堵したようにフフと笑って、歩いてくる音が聞こえてくる。
コツコツと踏み鳴らすヒールの靴音。
俺の視界で確認できるところへと移動してくる。
元クラスメイトの綾原を彷彿とさせるような、スラリとした体形の妖艶でミステリアスな知的美人の女性。
長い黒髪を後ろできっちりと止めて、黒い眼鏡をしている。
右の目元にホクロが一つ。
そのホクロが俺には艶めかしく見えた。
そんな印象とは裏腹に、法廷に立つキャリアウーマン並みに白い研究服をピシッと着こなして、色香ある声音で俺に声をかけてくる。
「安心して。私たちはあなたの存在を守り、この世界に繋ぎ止める為に結成された『エデンの園』という研究組織よ。ここはそのラボの中心。
私はあなたを専属して研究することを一任されている責任者よ。
あなたをこの世界で生かし続けるための研究、そして身の回りの世話をするのが私の仕事」
俺を……生かし続けるための、研究?
俺が怪訝に顔を顰めてそう問うと、彼女は頷き答えてくる。
「えぇ、そう。私の名は『安西優子』。
これからは私のことを母親だと思って、ここで生活してもらって構わないわ」
……。
俺は溜め息を吐くと不満を口した。
無理。俺を早く家に帰してください。
「まだ現状を理解出来ていないみたいね。あなたの帰る家なんてどこにも無いの。
ここがあなたの家。この部屋があなたの人生の全てなの。
元々あなたはこの研究所で生まれ、この部屋の中で育ち、そして被験者Kとしてシミュレーション内の疑似生活の中で生かされ続けてきた──言わば、クローン人間ってところかしら。
それがやがて自我を持ち始めて、研究中に何らかのクラッシュ事故により、あなたは忽然とこの部屋から姿を消して行方不明になっていた。
これがあなたの真実。理解できるかしら?」
何のハリウッド映画の撮影内だよ、ここは。
今までのことをどう振り返っても、どう考えても全ての辻褄が合わないし、俺にはそれが真実だと受け入れられなかった。
きっと何かのドッキリ撮影に違いない。
現代人の当たり前の常識はどこへ行ってしまったんだろう。
誰か個人の自己満足撮影会を盛り上げるの為だけに、何も知らない他人を利用して騙されたのを嘲笑し、大衆寄席にして金を取る。
そんなことがまかり通る世の中なんてイカれている。
だんだん腹立たしくなってきた俺は、その怒りを「安西」と名乗る女性にぶつける。
どうせどこかにドッキリカメラとか仕掛けて撮影しているんだろ?
ギャラとか要らないから俺を早く家に帰してくれ。
良い大人のくせに子供でも分かる常識の分別もできないのかよ。
つーか、そこら辺の適当なエキストラ捕まえてこんなことするなんて馬鹿だろ、お前ら。頭イカレてる。
ガルルと噛みつかんばかりに歯ぎしり呻く俺を、大人の余裕ある笑みで言葉を振り払って。
俺が抵抗できないことをいいことに、安西という女性が俺の頬に片手を触れつつ、
「とても良い研究材料として育ったわね。彼が言っていた通り、この子こそが『真のBreaker』ね」
どういう意味だよ、それ。
「まだ分からない? あなたはこの世界でクトゥルクとして選ばれたの。この力はもうあなたにしか適合しない。
来たる9月14日。これからあなたはこの新世界の神になれるということよ」
……。
俺は苦虫を噛み潰した顔で呻いた。
嘘くせぇ……なんだよ、その明らかに中二──
俺の言葉を割いて、頭上方向からドアが開く音がする。
もう一人、誰か部屋に入ってきたようだ。
「研究の成果はどうだ? 優子。順調に進んでいるか?」
うわ。また変な役者が増えた。
声からして成人男性のようだ。
俺の視界へと入ってきて、安西優子の傍へと歩み寄る。
服装からして、どうやら同じ研究員のようだ。
キチッと公務員並みに着こなした感じの、エリート気取りのインテリ系な男。
サーフィンでもやっているかのごとく日焼けした肌に、肩まで伸ばした髪、日本人離れしたハーフの顔立ち。
バイリンガルを普通に駆使してきそうな、達者な口ぶりで安西優子へと言葉を続ける。
「番組を買収してあんなに大金かけて捜したのに、別の手口でこうもあっさり捕獲できるとはな」
フフと笑って。
安西優子が俺から手を退けて、男へと振り返る。
「これから新世界の神になる彼に、まずは自己紹介でもしたら?」
微笑して。
男が何かに気付く仕草で人差し指を立てて向きを変え、俺へと言葉を改めてくる。
「初めまして、被験者K君。私の名はヴィルター・フランケン。ウソホンの番組で君を捜していた投稿者Aとはこの私だ。
実は私もコードネーム保持者でね。そのコードネームは『A』。
今回、君の体液を採取してDNAを調べたところ、意外な事実が分かってね。
実は君と私は遠いどこかで親族関係にあったようだ。だから私もある意味神に近い存在だ。
もっとも──私の中にクトゥルクの力は微塵も存在しないがね」
……。
そういえば、と。
俺の脳裏に蘇る記憶。
あれは初めて向こうの世界へ行って元の世界へ戻ってきた頃。
そこから現実世界でも不思議なことが起こり始めていて、その異変を最初に気付かせてくれたのはウソホンに投稿されたあの情報だった。
番組終盤付近で、アイドルの杉下ゆいながテレビに向かって情報提供を呼びかけていて、手にしたボードに書かれた『コード・ネームKの情報お待ちしています』の文字。
そして、有力情報は投稿者A氏が百万で買うと言っていた、あの衝撃的な内容を。
お前……だったのか。
いや、まさかこんなことになるなんて思いもせず、あの時シカトして本当に良かったと俺は心から思った。
今となっては残念な結果だが。
コードネームAこと──ヴィルター・フランケンとやらは、安西優子へと向き直り、一つの封書を彼女に手渡す。
「運命の9月13日まであと4日。その日までに被験者Kをこの部屋に繋ぎ止めていれば、新世界──『アトランティス帝国』としてこの世界は誕生することになる。
そうすれば未完成だったこの『神ノ箱庭』計画は成功したものといえよう。
先代の研究者が果たせなかったこの計画を子孫の手で蘇らせる。これほどまでに人類進化の歴史に素晴らしい功績を遺せることが何よりも誇らしい。
諦めずに研究を続けてきた甲斐があったよ」
……。
渡された手紙を受け取った安西優子の口元に笑みが零れる。
今までの苦心からようやく解放されるかのような、そんな心境を語るかのように。
安西優子がヴィルターを見つめながら、優しく言葉を紡ぐ。
「まるであなたは神に抗うプロメテウスのようね。
神に背いて天界の光を盗み、人類に光を与えた"人類進化の英雄"。
このまま運命の日まで神が私たちに目を向けなければいいけど」
「元々この計画には神自身も関わっていたことだ。
喜んでこの世界を受け入れてくれよう」
意味深に。
ヴィルターが安西優子の腰に手を回して傍に近寄せる。
もしかしてこの二人は親しい以上に恋愛関係にあるのではないだろうか。
傍で見ていて俺はそう思う。
安西優子がヴィルターに顔を近寄せ、性的に誘うように告げる。
「運命の日を祝ってここで最高級のシャンパンでも開けて、二人で乾杯しようかしら」
「そして君とここでキスを交わす」
「この研究施設の最高責任者の女になれるなんて最高の気分よ、ヴィルター」
「エデンの園でアダムとイヴが愛を誓う。そういう運命の日も悪くはない」
……。
いや、いったい何の映画の撮影だよ。これ。
エキストラ気分の俺は、部外者的な気持ちで退屈で重い溜め息を吐いた。
ギャラは要らないから、いいかげん俺をここから解放してほしい。
キスを寸止めするかのように、安西優子が彼の唇に人差し指を当てて言葉を告げる。
「9月14日を迎えるまでは、この子をこの部屋に繋ぎ留める必要があるわ」
「全てはこの世界の人類のために。偉大なる研究成果を遂げた被験者Kを神の人柱として捧げよう」
「これからも続く人類進化と繁栄のために」
……。
いつまで続くんだろう、この撮影。
いいかげん俺はうんざりしていた。
ようやく二人はその場を離れて、安西優子が一旦部屋を出て行く。
そしてしばらくして、何かを手に再び戻ってくる。
彼女が手にしていたモノ。
それは一つのVR体験機器。
彼女の説明によると、頭に装着するスタンドアロン型というタイプのゴーグル装置で、それを装着することで人工的に作られたヴァーチャル映像の世界を体験できるものなのだとか何とか。
その機器を俺は無理やり頭に装着されて、視界がそのゴーグル画面に覆われる。
……。
たぶん、彼女たちはまだ気付いていない。
そこに何の映像が見えているかなんて。
暗闇の映像の中に、豪奢な玉座に偉そうに足を組んでふんぞり返るクトゥルク様の姿。
その笑顔は神というよりも悪魔的な感じに見えた。
いや……なんで?
俺の中にそんな疑問と混乱が渦巻く。
クトゥルク様がいったい何を考えてか、俺に事前に渡していたはずの一枚の人型を模した式神を手にしながら口パクで伝えてくる。
同時に、部屋に流れてくるアナウンス放送。
クトゥルク様というか俺そっくりの声で、
《何がこの世界の人類のために、だ。笑わせるな。オレの光を盗む不届きな奴らが》
安西優子の焦りの声が聞こえてくる。
「何なの、これ! いったいどこから」
「まさか!」
ヴィルターが何かに気付くがもう遅い。
アナウンスから俺の淡々とした声が続く。
《キングは敵に盗られたら騎士に切り替わる。そして敵のキングを内から斬り込むんだ》
ん? このフレーズ、どこかで聞いたことがある。
俺の脳裏に過ぎる、おっちゃんと交わした会話。
あれはたしか俺が白騎士にマークされていておっちゃんのところまで案内してしまった時。
【いいか坊主、覚えとけ】
【え、何? 話しかけていたのかよ。全然聞いてなかった】
【キングっていうのはな、敵に盗られたら騎士に切り替わる。そして敵のキングを内から斬り込むんだ】
【なんかそれ違くね? 何のゲームのルールだよ?】
《──これでお前らは "チェック・メイト" だ》
俺が見ている映像の中で、玉座に荒々しい態度でふんぞり返るクトゥルク様が、その言葉とともに手持ちの式神を投げ捨てた。
部屋の中に突如としてけたたましく鳴り響く異常を知らせるアラーム音。
別の場所で監視していたのか、一人の研究員のアナウンスの声が部屋に入ってくる。
その声はかなり焦っているようで、
「大変です、安西さん! 研究所が何者かのハッキングを受けました! 全システムが制御不能でジャックされています!」
「何ですって!?」
「いったいどうやって!?」
アナウンスを聞いて焦る二人の声。
そんな中でクトゥルク様の声が、俺の頭の中に直接響いて聞こえてくる。
『お前にこの光の力が届くことを願っている。
オレがお前に使っていたクトゥルクの魔法を覚えているか?
ブラック・シープの代わりにオレがお前の力を制御する。
遠慮はいらない。クトゥルクの力を使え。お前が命名したあの魔法を、思いっきりこの世界でぶっ放せ』
あの時クトゥルク様が俺に放ってきた魔法は一つしかない。
そう──俺の目に多大なる損害を与えてきた魔法。
ダズリング・フラッシュ自爆!
瞬間、俺の右手に光が集う。
そして部屋全体に強いフラッシュの光が満ち溢れたのはその直後だった。
※
とある夜の雑居ビルの一角──その地下ライブハウスが行われている楽屋の人けのない部屋で。
終盤最高潮を迎えたライブ音楽が、部屋の壁の向こうから漏れ聞こえてくる中。
俺は手術着姿のまま光とともにその楽屋の中に突如として出現する。
瞬間移動ってやつだろうか。
なぜこんなところに移動してきてしまったのか、理由は定かではないが。
その膨大なエネルギーの消費は、俺の体に大きな負担を残し。
その負担に耐えられなかった俺は力尽きるように意識を失い、その部屋の床に倒れ込んだ。
2026/05/09 22:58




