大丈夫。その油断が命取り【15】
これはファンタジーです!
色々とツッコみたいお気持ちは分かりますが、どうか生暖かい目で生温く見守りください
次話につきましては体調不良と足の甲の痛みで執筆作業できないため
3日ほど更新をお休みさせていただきます
2026/05/06 19:52
──翌朝。
俺はいつものように夏期講習へ向かう為に、押入れクローゼットの中にある全身鏡スタンドミラーの前で制服を整える。
身だしなみを整え終わったら。
最後に首元へ筒型のペンダントを掛けて胸服の中へとそれを入れる。
……よし。
微笑して、俺は鞄を手に取った。
そしてチラリとベッドに目をやる。
俺の使っていたベッドを独占するように、蓮花が大の字になってスヤスヤ寝ている。
安堵の溜め息を一つ。
……。
夕べはすごく大変だった。
大騒動というべきだろうか。
蓮花が俺から全然離れてくれなくて、何をするでも隣にべったりで甘えてきて。
妹を持つってこんなに大変なんだろうかと、世のお兄さんたちに心から同情したのを覚えている。
勉強なんてどころじゃない。
俺の隣で立って一緒に宿題するものだから、気を遣って椅子を貸したら俺の膝の上に乗って宿題を始めるし。
おかげで俺は蓮花の頭が邪魔で宿題が全然見えないものだから、結局は深夜の蓮花が寝た頃に宿題をする羽目になったし。
そのまま俺のベッドを独占して寝たもんだから、俺は仕方なく床に冬用毛布を敷いて、そこで雑魚寝をしなければならなかった。
はぁ……。
昼間も夕食も風呂トイレに至るまで。
蓮花はずっと俺の傍を離れてくれなかった。
だからこそ、朝こそはいつものように静かに家を出たいところだ。
……。
俺はなるべく足音や物音を殺しつつ、忍者のようにそっと起こさないよう静かに部屋を出た。
※
階段をなるべく忍び足で下りた俺は、そのまま一階の台所へと歩いていく。
台所に入って──
おはよう。
すると。
台所に居た母さんが家の中で獏に餌をやりながら、のんびりと俺に朝の挨拶してくる。
「あら、おはよう」
「おはよう」
父さんも今日は有給休暇なのかラフな日曜スタイルで食卓で飯を食っていた。
俺は外の犬小屋に居たはずの獏を指差して父さんに問う。
なぁ、父さん。いいのか? 家の中で飼って。
父さんが俺を見てさも当然と答えてくる。
「それピーターボールドって猫だろ」
違うよ、父さん。
俺は真顔で即答した。
父さんが飯を食いながら、獏を顎で示して言う。
「可哀想じゃないか。いくら夏だからと裸猫を外で飼うなんて。服を着せて家の中で飼いなさいと母さんに朝言ったところだ」
いや、色々と間違っててどこをどうツッコんでいいのか分かんないよ、父さん。
母さんが微笑みながら俺に言ってくる。
「とりあえず椅子に座って待ってて。朝食を準備するから。今日はもう学校へ行くの?」
うん。蓮花が四六時中俺の邪魔してくるから一人になりたいんだ。
俺は食卓の椅子を引いて、そこに腰を下ろした。
父さんがタイミングを見てか、俺に例の話題を振ってくる。
「その……考えてくれたのか? 家族旅行の件」
え……あ、うん。一応。
曖昧に返事をして俺は父さんから顔を逸らす。
「どこへ行きたい?」
特にどこへ行きたいっていうのはないんだけど、どこか適当にドライブに行きたい。行ける所ならどこでもいい。
「そうか……。飛行機で県外とか海外とかでもいいんだぞ」
別にそんな遠くじゃなくていいよ。のんびりしたいんだ。それに──
俺は獏をチラリと見て、口をへの字にしてお手上げし、言葉を続ける。
よく分からないペットも飼ったことだしさ。
父さんと母さんが俺の言葉に笑ってくる。
そして俺の前に朝食が並ぶ。
俺は箸を手に取り、朝食を食べ始めた。
ちょうどそんな時だった。
二階から大きく足音を鳴らして階段を下りてくる怪獣が一人。
「ちょっ、お兄ちゃん! なんで起こしてくれなかったの?」
お前がうるさいから。
俺はそう冷静にぽつりと答えて、何事無く朝食を続ける。
後ろではワガママ大怪獣の蓮花が苛立たしくその場で足をドタドタと踏み鳴らしながら喚いてくる。
「もうなんで? なんで、お兄ちゃん! なんで蓮花を一人にするの!」
お前がうるさいから。
大事なことなので二度、俺は蓮花に言う。
横から母さんが蓮花の傍に来て、寝ぐせでぐしゃぐしゃになった髪を手櫛で整えながら優しく言う。
「蓮花もお兄ちゃんと一緒に朝ご飯食べたら? 準備してあげるから椅子に座って待ってて」
はーい。
急に大人しく言う事を聞いたかと思えば。
朝食を続ける俺の脇腹からにゅっと頭越しに入り込んできて、俺の膝の上に座ってくる。
──ぐほっ!
蓮花の頭で小突かれた俺の腕が、器を伝って振動し、飲んでいた味噌汁が勢いよく俺の口に入ってくる。
「あ、ごめん。お兄ちゃん」
──!
俺は勢いよく咳を繰り返し、持っていた器を食卓に置く。
お前なッ! 隣の席に座れよ、隣に!
「やだ。蓮花、お兄ちゃんのお膝がいい」
ご飯食えねぇだろうが! 隣行けよ、隣!
母さんが「あらあら」と微笑ましく笑いながら朝食を運んで来る。
俺の隣の席に朝食を並べながら、
「蓮花はお兄ちゃんが大好きなのね」
「うん。蓮花、お兄ちゃんのことが大好き!」
「あらあら」
あらあらじゃねぇよ! どうにかしてくれよ、母さん! このままじゃ遅刻する!
「蓮花。お母さんのお膝においで。一緒に食べましょうね」
「はーい」
片手を元気よく挙げて。
蓮花がようやく俺の膝から離れて母さんの膝の上へと移動する。
魂抜ける気持ちで、俺は朝から疲労の溜め息を零しつつ朝食を再開した。
※
「やーだー! 蓮花もお兄ちゃんの学校に行・き・た・い!」
大騒動はまだまだ朝食から終わらなかった。
玄関先で俺の鞄を引っ張って、蓮花と綱引きが始まる。
その蓮花を父さんと母さんが二人がかりで引き留めつつ宥める。
「今日は父さんと一緒に遊ぼうな、蓮花。だからお兄ちゃんの鞄を離しなさい」
「そうよ、蓮花。お兄ちゃんの鞄を離してあげて。学校に遅刻しちゃうから。
あ、そうだ。今日はお母さんとお歌の練習しましょうか? ね、蓮花。お願いだから離してあげて」
「やーだー! それだったらお兄ちゃんも家に居ればいいじゃない!」
俺は学校があるんだよ! 頼むから鞄から手を離してくれ! マジで遅刻する!
「やーだー! やーだぁー!」
「蓮花、お父さんと遊ぼう。な?」
「そうよ、蓮花。手を離してあげて」
マジでお前ッ! 俺に何の恨みがあってこんなことしてくるんだ!?
ぜぇはぁぜぇはぁ、と。
とうとう俺が根負けして鞄から手を離して玄関に引き留まる。
蓮花が俺の鞄を胸に抱きしめて舌を出して。
鞄を抱いたまま台所へと逃げていった。
あ、ちょっ! マジでお前! ふざけん──ッ
そう叫んだところで。
目の前がチカっと光ったかと思うと、そのまま一瞬だけ意識途絶えるように貧血を起こして玄関に膝を折って座り込んだ。
父さんが咄嗟に慌てて俺の体を支えてくれて、母さんも俺の傍に駆け寄る。
……。
意識を取り戻すように俺は頭を振って、父さんの支えに身を委ねる。
母さんが俺の額に手を当てたり、顔色を心配したりしてくる。
「もう今日は学校休みなさい? ね?」
「こんな状態で学校へ行かなくていい。いいから今日は自室で寝なさい。立てるか?」
……いや、いい。大丈夫。学校行ける。これ以上休むと授業についていけなくなるし。
きっと深夜まで勉強して睡眠削ったからそのせいだ。
ちょっとした貧血なんだろうけど、しばらくしたら自力で立てそうな気がした。
しかしそれを父さんが押し留めてくる。
蓮花が心配してか、鞄を抱いて玄関へと戻ってきた。
獏も遅れて玄関へと駆けつけてくる。
父さんがいつになく真剣な顔で蓮花に言う。
「蓮花。その鞄を持って二階へ行きなさい」
頷いて、蓮花が俺の鞄を持って二階へダッシュする。
次いで母さんも動き出す。
「あなた、あとをお願い。私は薬を持って来るから」
「その前に病院と学校へ電話だ。恐らく自力で立てそうもないからこのまま俺が二階へ運ぶ」
いや、いい。大丈夫だって。
そう言って父さんの支えを押し退けようとしたが、父さんが俺の片手を掴んで鋭い声で叱ってくる。
「いいからお前は父さんの言う事を聞きなさい!」
……。
父さんが俺を心配してくる気持ちはすごく分かる。
だけど俺は誰かに心配されるほど弱くないという反抗心のせいか、父さんの言うことに素直に従えずにいた。
でも現状、自力で立てないのは確かだ。
しかし、しばらくしたら立てそうだという確信が俺の中にはあった。
父さんが宥めるように俺に言ってくる。
「成績よりもお前の命が大事だから、今日はもう家で自主勉強でもして休んでいなさい。いいね? 学校へは母さんが連絡入れるから」
……。
どちらかというと強制。
渋々とした顔で、俺は仕方なく父さんの指示に従った。
※
しばらくは制服姿のまま自室のベッドで横になっていて。
ある程度体を起こして歩けるようになったら、俺はクローゼットに行って制服からラフな格好へと着替えた。
俺の姿を映す全身鏡のスタンドミラー。
そこにはもうアイツの姿が映ることはなかった。
……。
なんか色々と振り回されてばっかりだな、俺。
自分で自分に嫌気がさしてくる。
携帯電話を開けば、そこに表示された時間は午前10時。
壁掛け時計へと目を向ければ。
相変わらず反時計回りの秒針に、時刻はなぜか8時だった。
いや、正確な時間はどっちだ? どっちが正しいんだ?
つい疑ってしまいがちだが、信じるべきは携帯電話の時計。
壁掛け時計は恐らく電池が切れかかっているのだろう。
……。
溜め息を吐いて。
俺は一度は壁掛け時計を無視しようと思っていた。
しかし、
……。
なんとなく気になってしまい、俺は電池を入れ替える為に壁掛け時計に手をかけた。
背伸びすれば、どうにか手が届くような感じ。
ギリギリのところで指をかけて壁掛け時計を壁から外して。
……え? いつの間に?
外してようやく気付く、壁掛け時計の裏の壁にぽっかりと空いた穴。
俺の拳サイズほどだろうか。
不自然なほど故意的に、四角にきれいに切り抜かれたその穴は、奥行きがある感じだった。
余計気になってしまい。
俺は勉強机にあった椅子を運んで、その壁際へと置いた。
椅子の上に立ち上がり、ちょうど俺の身長で見える四角い壁穴。
中を覗き込むと、暗闇で光る何か。
不思議に思って手を伸ばして掴んでみれば、そこにあったのは一つの鍵だった。
……いや、何の鍵?
いったいいつから、なぜここに隠されていたのだろう。
椅子から降りて、俺は手の中の鍵を観察する。
玄関の鍵というよりは、ファンタジーの宝箱を開けるような鍵。
両親に訊いてみた方がいいのだろうかと思ったが、何となく俺はその鍵をポケットに入れた。
ふと──。
「ぱんぱかぱーん♪」
クローゼットの中から聞こえてくる俺の声。
その声がした方へと目を向ければ、全身鏡のスタンドミラーに映るもう一人の俺。
白銀色の髪に、金色の竜眼、そして額にはクトゥルクの紋様。
自分と全く同じ顔、同じ髪型、同じ背格好で、服装だけが違っていて、どこかの教祖様みたいな白く高貴な衣装をまとっていて、真っ直ぐにこちらの世界の俺を見つめてきている。
その両手には、まさしくファンタジーゲームで見かけるような小さな宝箱があった。
そいつ──クトゥルクが俺に淡々と説明を読む口調で言ってくる。
「おめでとう、もう一人の俺。よくその鍵を見つけたね」
いや、なんかイラっとした。
相手が神だろうと何だろうと、俺は退くことなく舌打ちながらに頬を引きつらせてそう呻いた。
そいつが鼻で笑ってくる。
「まぁそう言わずに。お前に褒美を授けよう。この宝箱に、先ほどの鍵を差し込んで開けて、ね♪」
ね♪ じゃねぇだろ。すげーイラっとするんだけど。
向こうも向こうで、俺と同じように苛立たしく舌打ちしてくる。
「いいからとっとと開けろ。このタコ」
タコだぁ!?
俺は荒々しい足取りでスタンドミラーの前に立つと、がしっと鏡の枠を掴む。
そいつが涼し気な顔で片手を俺に向けて差し出して言ってくる。
「もういい。時間がない。さっきの鍵を貸せ。開けてやるから」
……!
何を急いでいるのか知らないが、俺は歯ぎしりながらに仕方なく、そいつに先ほどの鍵を差し出した。
ガツッと。
当然ながら鍵が鏡の奥へと突き抜けるわけがない。
鏡越しに、俺は苛立たしく鍵の先を鏡に叩き込み続ける。
受け取れるもんなら受け取ってみろよ、クトゥルク様。
そいつが笑ってくる。
「なかなか挑発的だな、お前」
──!
そいつが鏡の向こうから、俺が持つ鍵の手首を片手で掴んでくる。
訳が分からず、俺は鏡をすり抜けて出現して掴まれている手を二度見した。
は? なんで?
「理由は単純。お前はクトゥルクの力を使っていない。それだけだ」
そう言って。
俺の手から鍵を奪い、そいつが持ち手の宝箱の鍵穴へと差し込む。
宝箱を開いて。
そいつは何食わぬ顔して宝箱の中から『人型を模した一枚の白い紙』を取り出した。
再び鏡を突き抜けて腕を出し、俺にその白い紙を差し出してくる。
「念の為のお守り代わりだ。持ってろ」
……。
警戒気味に恐る恐る、そいつの手からその白い紙を受け取って。
俺はその紙を手の上に乗せて観察する。
和風ファンタジーの陰陽師が使っていそうな、式神のような紙だった。
文字が書かれているわけでもなく、無地でペラペラな薄い紙。
しばらくすると。
紙は俺の手の中で溶けるように消えていった。
……あの。消えたんですけど?
「それでいい。気にするな」
受け取ったのを確認すると、そいつの腕が鏡の中へと入っていく。
俺は首を傾げて問いかける。
こちら側にはもう出てこないのか?
「それは物理的に無理」
……。
俺の中の『物理』が、音を立ててゲシュタルト崩壊した。
物理って何? 俺の知っている常識がおかしい。
いや、合っているのは常識で、俺が頭がおかしいのか?
そんな迷いの渦で、思考がモンモンと混乱する。
鏡の向こうに居るそいつが、どこか少し焦りの色を滲ませた表情で、俺に警告してくる。
「蓮花の様子がおかしい。何かが混線して邪魔をしているようだ。お前とのこの交信もいつ遮断されるか分からない。お前はお前自身で気を付けろ」
気を付けるって……いったい何から?
そいつが何かの気配を察したのか、微笑ながらに片手を払ってくる。
「おっと。ついにバレてしまったか。まぁあれだけ派手にやればこうなるよな。死にたくなかったらそこを退け。オレがお前の身代わりになる」
身代わりって?
「いいからそこを退け。時間がない」
退く?
「どの方向でもいい。とりあえずこの鏡から離れろと言っているんだ」
あ、うん。分かった。
首を傾げつつ、俺は適当な方向へと退いてスタンドミラーから離れた。
──その直後!
本当にギリギリだったかもしれない。
窓ガラスの向こうから剛速球で飛んできた野球ボールが、窓ガラスを叩き割って部屋に飛んできて、その勢いのままスタンドミラーを直撃してきた。
ボールが当たったことでスタンドミラーの鏡は粉々に砕け散り、部屋の中にその破片が散乱する。
……。
コロコロ、と。
あまりの急な出来事にその場に腰を抜かしていた俺。
そんな俺の足元に一個の野球ボールが転がってくる。
……。
もしあと一歩遅かったらと思うと、俺の内心は生きた心地がしなかった。
こんなものがあの勢いで俺の後頭部を直撃していたら、笑いごとでは済まされない。
家の外からは小学生のガキが「やべぇ!」とか「お前があの空き地で野球やろうとか言うからだろ」とか「逃げようぜ」という声が聞こえてくる。
……。
子供向けアニメで、友人誘って野球やろうぜで打ったホームランが近所の窓ガラスを突き破って、その家の住民が「コラー!」なんて拳振り上げて怒って出てくるシーンを見たことがあるが、実際にやられた方の家の住民って、本当に「コラー!」程度で済まされないんじゃないだろうかと思ったのは俺だけだろうか?
床に砕け散ったガラスを踏まないようにして、俺は這う這うの体で自室を脱し、1階に居る両親に助けを求めに階段を下りていった。
※
1階では──。
リビングでテレビを見ながら寛いでいる両親と蓮花の姿。
どうやら俺が1階に下りてきていることに、まだ気付いていないらしい。
するとそこに獏がやってきて、俺に声をかけてくる。
「どうかしましたのかな? クトゥルク様」
いや、どうしたも何も。部屋の窓ガラスが割れたんだけど。
「それは大変でしたな。お怪我はありませんでしたか?」
別に無いけど。なんでそんな落ち着いてるんだ? お前。怖いんだけど。
「こんなことで動じるようでは先が思いやられますな、クトゥルク様。大変な時こそ冷静沈着であるべきですぞ」
無理。それは色々と無理。
俺は動揺に震える体で首を横に振った。
獏が宥めるように片前足を俺の腕に当てて言ってくる。
「もしあなた様の中で消したい記憶がございましたら、この獏めに申し付けください。怖い記憶、恐ろしい夢はこの獏めが食します」
いや、マジで怖いんだけど。なんなんだよ、お前。
「大丈夫ですじゃ、クトゥルク様。その内慣れてきましょうぞ」
いや、まずお前の記憶を俺の中から消したい。
俺がそう言うと、獏が涙目で言葉を返してくる。
「なんとも酷いことをおっしゃる御方じゃ。いつものことなので慣れてはおりますが」
もういいよ。自分でなんとかするから。
獏の横を通り過ぎて、俺はリビングにいる両親の元へと向かって這い進んでいった。
──リビングに着いて。
俺は何とか足腰を奮い立たせて、両親の元へと歩み寄った。
三人ともソファに座って真顔でテレビを見ている。
……?
テレビへと目を向ければ。
何の異変も無い、いつものバラエティー番組をやっている。
俺は再び両親と蓮花へと目を向ける。
……。
全然笑っていないし、本当に生気があるのかも疑わしいほどに真顔だ。
何かが変だ。何かがおかしい。
三人ともよく見ると、全然瞬きしていないし、真顔だし、なんだかまるで姿かたちそっくりのマネキンみたいだ。
俺の背中をゾクっとした肌寒いものが一気に駆け上がる。
何かの冗談だろ。マジで。なんなんだよ、これ……。
三人の顔前でそれぞれ手を振ってみたが、テレビに顔を向けたままで微動だにしない。
俺は父さんと母さんの腕を掴むと揺すった。
泣きそうな気持ちで呼びかける。
なぁ、父さん母さん、蓮花。いったいみんなどうしたんだよ? 何があったんだ?
……。
何をどうやってもまるでマネキン同然で全く反応しない。
たしかに先ほど俺の窓ガラスが割れた時もそうだ。
あんなに大きな音だったのに、1階からは何も反応がなかった。
いったいいつから?
この世界で何が起きようとしているんだ?
恐ろしくなった俺はその場から逃げるように後退した。
俺だけ、なのか……?
まさか俺一人を残して街全体が全部おかしいわけじゃないよな?
そういえば外から聞こえてきたガキ達の声。
何不自然ないように聞こえてきた気がする。
念のためにと。
俺は急いで家を飛び出し、近所の異変を確認すべく駆け回った。
※
近所にしても、さほど変わりはない様子だ。
俺はさらに街へと駆け出して、異変がないかを調べ回った。
取り越し苦労なだけだろうか。
街はいつもの様子に見えた。
人がごく普通に歩いているし、車も信号も、何もかも普通でいつも通りだ。
俺の家だけ、なのか?
どこか不安を抱えながらも、俺は辺りを見回しながら車通りのある馴染みの道を歩き続ける。
ふと。
俺の肩を叩いて知らない男の人が声をかけてくる。
「今そこでキャンペーンをやっていまして、ちょっと一緒によろしいですか?」
スーツ姿の営業マンだった。
俺は警戒ながらにそいつの手を払い、断りを入れる。
い、いえ、結構です。急いでますから。
「まぁそうおっしゃらずに。ちょっとだけ一緒にいいですか?」
──。
再びそいつから片腕を強く掴まれて。
俺はそのことで只事じゃないことを察して、そいつの手を振り払おうとした。
しかし別方向から、さらにもう一人の知らない黒服の男がやってきて、俺のもう片方の腕を掴んでくる。
俺はあっという間にそいつ等二人に両腕を確保されて身動き取れなくなった。
え、ちょッ! なんなんだよ、お前ら。離せよ。
黒服の男に至ってはサングラスしていてさらに怪しい。
スーツ姿の男が営業スマイルで営業トークのまま、優し気な口調で俺に問いかけてくる。
「K君、ですよね?」
はぁ!?
なんで俺のコードネームを知っているのかは分からないが、関わってはいけないことだけは分かる。
「ちょっと一緒に、ある場所まで来てほしいなと思いまして」
え、いや、ちょっ待──嫌だ離せってマジで!
必死に抵抗したが、気付いた時にはすでに遅く。
両脇から腕を掴まれた状態の俺は、そのまま二人組から無理やり移動させられ、そのまま道路脇に停車している黒いワンボックスカーへと連れ込まれる。
その時になって俺はようやく誘拐されようとしているのだと気付いた。
声を上げようとして──!
車のスライドドアが開く。
その後部座席にも二人ぐらいの怪しい男たちが乗っていて、俺が声を上げる前にそいつ等から口を塞がれて車の中に引きずり込まれる。
ドアが閉まり、即座に車が発進する。
閉塞感のある後部座席の車の中で、俺はそいつ等に自由を奪われて逃げ出せない状態にあった。
ようやく絞り出した声で、俺は訊ねる。
なんなんだよ、お前ら。俺をどこへ連れて行く気なんだ?
俺のその問いかけに答えてくる者はいない。
ただ、一人の男がどこかへ電話をかけて誰かに伝える。
「行方不明だった被験者Kを確保。今から研究所へ連れて帰る」
人違いだよ、きっと! 何かの間違いだ!
口を塞がれ、油断した俺の片腕に鋭い痛みが走る。
何をどうされたのかまでは覚えていないけれど。
俺の意識はそこで途切れた。
2026/05/07 00:47
誤字脱字ご容赦ください
ではこれにておやすみなさい




