act.1 光和41年(西暦1966年) 林ナナコ 21才 その4
ナナコ、食事中も色々とユミカに話しかけて(どうでも良いような話題ばかりだったが)意思疎通を図ろうとする。
ただ、(地雷を踏まないように気をつけながら)どう尋ねても両親のことも、住んでいた町のことも思い出せないようだった。
覚えているのは引っ越してきたばかりの新しい家からお出かけして電車に乗ったら、途中、
窓から海が見えたこと、三角の山に赤い角が生えていること、それだけだった。
お腹がいっぱいになったら気持ちも落ち着いたらしく、ユミカは居間でおとなしくテレビを見ていた。
ユミカがテレビを見ている間に、ナナコは、ユミカの肩掛けバッグの中身を調べる。
「(そういえば、中身調べていなかったわね・・・もっと関心を持たなきゃだよね)」
バッグの中身はハンカチに、ポケットティッシュ・・・「(え?何これ、こんな小さいビニール袋にティッシュペーパー?が・・・)」
都会暮らしの経験のあるナナコも、ポケットティッシュを見るのは初めてだった。
続けて、5センチくらいの卵形の用途のよく判らない物。
四角い小さな窓が付いていて、中に変な絵が描いてある。
アクセサリーのような、おもちゃのような、意味不明の物だ・・・「(あ、絵が動いた!)」
気持ち悪かったので慌ててバッグの中に戻した。「なにこれ?今時のおもちゃってこんななの?」
それから、マンガの単行本を見つける、「え?これって、漫画本なの?」
自分の知る漫画本とはずいぶん大きさが異なっている、半分くらいしか無い。
「月刊漫画誌の付録・・・にしては分厚いわね」
手に取りぱらぱらとページをめくってみる。「これ、一冊まるまる一つの作品なのね」
高校生の頃、友達が借りてきた貸本をよく回し読みしていたが、それと比べると内容にかなり違和感があった。
「すごく絵と印刷が細かくて綺麗なんだけど、一コマ一コマの形がバラバラで不規則、読む順番がわかりにくいわね」
貸本の漫画と比べても、印刷や紙質が全く異なっていることがわかる。
「作者誰だろ?出版社はどこ?」あわててページをめくり後ろの奥付を見る。
「え?2016年10月1日初版発行?」
思わず壁に掛けてあるカレンダーを振り返り、確かめるナナコ。
「今日は1966年11月12日だよね」
あらためて単行本を見返す。
「え?何で出版日が50年後なの?何かの冗談?」
その後も、バッグの中から、お菓子の箱が出てきた、
中身は空っぽだったが箱の隅っこには小さく『賞味期限 2022年3月』の表記があった。
「(ああ、こんな話、ハヤカワや創元推理で読んだことあるな・・・)」どうやら冗談で日付が50年後になっている訳では無いらしい。
「この子、50年後、いや55年後?の未来から来たんだ」部屋の片隅にある本棚を見ると、
銀色の背表紙と、カラフルなパステルカラーの文庫本が棚一杯に並んでいる。
「こんな事、小説の中だけの話だと思っていたけど、本当にあるんだ・・・」
ナナコ頭を抱える。
「じゃあ、個人的なことの記憶がたくさん抜け落ちているのも、未来から来たことが原因?」
ナナコ、あらためてユミカを見つめて、
「そりゃあそれだけ未来だったら、カラーテレビや電子レンジなんか、
普通に一般家庭にもあるよなあ(そっちの記憶はちゃんとあるのに・・・)」
そこでもっと重大なことに気がつくナナコ。
「じゃあ、ユミカは一人だけで迷子になっちゃったの?ユミカの両親は55年後の未来にいるの?
私、いつまでこの子の面倒見なきゃいけないの?」
act.1 数日後(11月中旬) ナナコ自宅
ナナコの家に助役さんが尋ねてくる。
「林さん、申し訳ない!どうしてもその子の家族が見つからないんです」
頭を下げる助役。
「必ず、必ず見つけます、それまでの間もうしばらくその子を預かっていてもらえませんか、
役場の方から毎月、生活費を援助しますので!」
まあ、そうなるよねえ、と、あきらめ顔のナナコ、
「しょうがないですね、本当に保護者が見つかるまでですよ!(見つからないと思うけど)」と、一応釘を刺しておく。
「とりあえずこれ、一ケ月分の生活補助金です」と、お金の入った封筒をナナコに渡し、恐縮して立ち去る助役。
「(この分だと、ユミカが成人するまで面倒見なきゃ行けないのか・・・)」ナナコは気が重かった。
先日、ユミカが未来から来た迷子では無いかとわかったとき、H.G.ウェルズの「タイムマシン」を引き合いに、
時間旅行とか、タイムスリップとかの概念をユミカに説明しようとしたのだが、
「それ、ドラ○もんで見た、過去に時間旅行してイタズラしちゃいけないんだって」
なんか良くわかんないけど、ユミカは自分の置かれている状況をあっさり理解してしまった。
相変わらず自分に関係することは思い出せないが、テレビや漫画で見知ったことは覚えているようだ。
「じゃあ、どうしてパパとママは一緒じゃなかったの?どうしてユミカは一人ぼっちなの?」
「うーん、時間旅行の仕組みはわからないけど、50年以上も遠い過去へ旅しちゃったのなら、降りる場所か時間がずれちゃったのかも・・・」
何とか小説から得た知識で説明を試みるナナコ。
ユミカ残念そうに、「だったら、待っていればいつか会えるよね、パパにも、ママにも」
「(だと良いわね、本当に)」こればかりはナナコにもこの先どうなるかなんて予測は出来なかった。
助役さんが尋ねてきた日の夜、幼なじみのミチコも尋ねてくる。
「知っていると思うけど、その子、4月から小学生じゃない?」
「あ、やっぱりそうなんだ、小学生・・・、どうしようかと思っていた」
「入学に必要な手続きとか、こっちでやっておくから!全部私に任せなさあい!」ミチコ、えっへん、と胸を張る。
「うん、助かる!私何にもわからないから、そういうの」
「入学準備用の一時金も一杯出すように助役さんにお願いしておいたからぁ」気が利くでしょう?とミチコ。
「・・・そうか、やっぱり入学後も、私が面倒見続けることになるのか・・・」と、ため息。
「がんばれナナコ、私も・・・影から応援するから」ミチコ、ここは申し訳なさそうだ。
ナナコはその夜、ユミカにあなたは四月から畑里町の小学校に通うんだよと伝える。
ユミカ、泣きそうな表情を見せ、「ユミカ、お店にランドセル見に行ったよ、スミレ色の」
「スミレ色かあ、そんな色のランドセルは見たことがないなあ・・・」
ナナコ、あらためて「(この子の住んでいた未来と現在とでは、いろんな事が違いすぎるのよ)」
ナナコは、ユミカの持っていたマンガを読み込むことで、未来の知識をちょっとだけ知ることが出来ていた。
だからなおさら、この50年後の未来?から来たユミカをどう扱えば良いのか未だに良くわからないでいた。
「(この子、ここの生活に馴染むことできるのかな・・・)」
あの日以来、暫く魔力暴走は起きていない。
光和42年(西暦1967年)3月末
再び役場から助役さんが来訪、ナナコは2年契約で役場の嘱託職員になった。
勤務場所はナナコの自宅、勤務内容はユミカを育てること。
そんなに多くはないが、給料も毎月出ることになった。
一応、就職出来て、給料も出ることになったことで、ちょっとだけ不安が無くなり、どうにか生活が出来るようになった。
常識や考え方に50年の開きがあるユミカとの付き合い方は、未だにどうしたら良いのかよく判らないのだが。




