女神様に会う賢い方法
「ダッッハハハハッ!ゴッ、ゴーストだるまって、好かれすっ、フフフッ」
「窒息するかと思った。いや息はできるが」
「てんいんさ〜ん。これと同じものを、うーーん、4つ!」
「いや、5杯で頼む」
「ソーセージって大腸に似てないですかー?」
「大腸だからな」
夜も更けた酒場の一角、フィンシスの目前には、混沌が広がっていた。
目の前に転がる大量の酒瓶、いつの間にか頼まれていた料理の数々、そして馬鹿騒ぎしている巡礼者二人組。
ディニスは後輩に会えてスイッチが入ったのか、凄まじい勢いで杯を空け、気づけばこの出来上がりようである。先程までの怜悧さは見る影もない。どこからどう見ても、立派な酔っぱらいだった。
隣に座るユウリも大概だ。ディニスに引けを取らないペースで飲んでいるにも関わらず、いつものすまし顔が崩れない。なんなら一番多く料理を頼んでいるのはコイツだった。市場での控えめな態度は一体どこへやったのだ。さてはこの男、顔に出ないだけで普通に酔っているな。
「フィンシスさ~ん、飲んでますかぁ?注ぎましょうかぁ?たりないですよね?」
「先輩、そんな下戸野郎にくれてやる必要はない。俺が全部飲む」
「何だとてめぇ──」
売り言葉に買い言葉、人を下戸呼ばわりするユウリに思わず声を荒らげたフィンシスだったが、己が本調子でないことをすんでのところで思い出した。その隙にユウリが手元の杯を掠め取る。勢いをなくしたフィンシスを横目に、ユウリは軽く鼻を鳴らして横取りした杯に口をつけた。もしや、フィンシスが酒を飲まなくていいように気を使ってくれたのだろうか。
「シラフのやつがいると思う存分酒が飲めていい気分だ。なぁ先輩?」
「えへへへへぇ~」
……フィンシスの思っていた気遣いとは違うようだったが。
「……さすがに飲みすぎじゃないか?二人とも」
すでに酒場の閉店時間まで一時間を切っている。が、ディニスとユウリは未だに酒を煽り続けていた。店員の困り果てた視線を浴びながら、何とかこの酒宴をお開きにしようとフィンシスは口を開いた。
「仕方ないですよぉ。だって、次にいつ会えるかわかったものではありませんし」
「女神の膝元でなら会えるかもしれないぞ」
「二人とも死んでるじゃないですかそれ~」
冗談がすぎる、とはこのことだろうか。酔っぱらいの戯言と流すには、いささか重すぎるやり取りだった。
「んふふっ、お二人は、次の目的地は決まっているのですか?」
「旧アゼリウス統治圏へ、調べ物ができた」
「あら、珍しいところへ行かれるのですね」
フィンシスも初耳だ。旧アゼリウス統治圏。大陸中央付近に位置する、魔王アゼリウスが統治していた国家跡だ。百年ほど前……かの魔王が健在だった頃は、人の行き来も盛んだったと聞いているが。
今や没した魔王の後釜を狙う武装勢力が衝突する危険地帯、有り体にいえば、大変治安の悪い地域である。
「危険な地こそ、ですものね」
フィンシスの思考を知ってか知らずか、ディニスはそう口にした。
「なかなか遠い地へ赴かれるのですね。今は馬車も通っていないでしょうに」
「だから次に行くとすれば……えっと」
「こっち見んな………………大陸を突っ切ることになるから、西に進んだ先にある商工都市辺りが妥当だろ」
「だ、そうだ」
「まぁ息ぴったり」
勝手にニコイチ扱いしないでほしい。
それはそれとして、商工都市へ行くのは悪くない。フィンシス自身も次の旅先を決めあぐねていたところだ。金貨の件もあることだし、ユウリに同行するのは確かにありえない話ではなかった。
「長旅には備えが欠かせませんよ。ここは先達として、とっておきをお見せしましょう!」
そう言ってディニスが懐から取り出したのは、小さな小瓶だった。厳重に封がされており、まるでヘドロのようにどす黒く、粘度の高そうな液体が充填されている。まったくもって用途の分からない代物だ。巡礼者秘伝の薬だったりするのだろうか?
「ヒドラの毒とレッドスパイダーの体液を混合した劇薬です!飲めば一発で女神様に会えますよ」
薬は薬でも毒薬の方か。しかも自分で飲む前提か。文字通り死が救いだとでも言うようなディニスの言葉に、フィンシスは得体の知れない恐ろしさを覚えた。
チラリと横目でユウリを見れば、凄まじく味のある顔をしている。理解はできるが、同意はできない。そんな言葉が顔に書いてあるようだ。
「……これが巡礼者の常識なのか」
「死に方を選べる巡礼者が少ないのは、確かだ」
返答になっているのかも分からないユウリの言葉を耳にして、ディニスは困ったように笑った。
「そんなに悲しそうな顔しないでください。こんなの、ただのお守りみたいなものですよ。死ねばいつでも女神様に会えるって思うと、明日も生きてやるかー!って気持ちになれるんです。これを見ても頑張れなくなった時が、きっと私の終わりなんでしょう。」
小瓶を片手で弄びながら、なんでもない事のようにディニスは呟いた。微笑む彼の顔に陰りが見えるのは、消え始めた照明のせいだろうか。それとも……
「なぁ、あんたもしかして──」
「申し訳ございませんお客様。そろそろお会計の方をお願いしたくて……」
「ごめんなさぁい、すぐ払いますね」
はたして一人の勇敢なウェイトレスの手によって、陰りの真実は覆い隠されてしまった。再び陽気な顔をして会計に向かったディニスの背を見つめながら、フィンシスは再びユウリに問いかけた。
「お前ら巡礼者は、女神様に会えば救われるのか」
「それはそいつ次第だ。少なくとも俺にとっては違う」
ユウリにとっては違ったとしても、ディニスにとっては救いなのだと、言外にそう伝えるかのような返答だった。
にこやかに笑うディニスに退店を促され、外に出て、宿屋街への道を進む。たどり着いた先は同じ宿。部屋先で別れるまでの間、フィンシスは他愛のない言葉しか口にできなかった。同じ話題を口にしてしまえば、なにか取り返しのつかないことが起こるのではないか。そう思ってしまったのだ。
TIPS09:魔王
魔界の各地を支配する、上位種族の俗称。絶大な力を持ち、世界の法則すら支配すると伝えられる。
地名としては一般に存命の魔王の名が使用されるが、影響力や知名度によっては、死後もその名が残り続ける場合もある。




