幕間②──捨て犬を拾った経緯について
月も天辺を過ぎ、夜も更けてきた頃合い。ユウリはこの街に来て一番の危機にさらされていた。
「おかしい、ここは5番通りのはず……8番?そんなはずないだろう」
ここ中継都市リヴィークは、極めて単純な都市構造を持っている。市場街、宿場街、墓地街……といったように、主要な都市機能ごとに区画を分けるような形だ。さらに、各区画はいくつかの大通りに枝分かれしている。主要な通りだけを進んでいけば、少なくとも道に迷うことはない。そのはずだった。
「ギルドは東にあったはずだから、こっちの方向に進んでいけば……行き止まりだと?」
ユウリはこの都市に来てから、一人で出歩いたことがなかった。誰かしらに道案内を受けながら方々を回ってきた。そして、慣れた人間は大抵裏通りを使う。単純に、その方が早いからだ。
──道順が明瞭な表通りとは文字通りの正反対、複雑極まりない裏通りを。
ユウリが裏通りの踏破を諦め、建物を飛び越えてしまおうかと考えていた時だった。
「君、おいキミッ!もしかして、昨日の少年かい?こんな夜更けに何をしてるんだい」
「あんたは……フィンシスを診てくれた医者か。昨日は世話になった」
ユウリが振り返った先には、いかにも溌剌とした赤髪の女性が立っていた。ボロボロのフィンシスを抱えて街を訪れたユウリを見て、あれこれと世話を焼いてくれた人物だった。
「あんたじゃなくて、メイルお姉さん、でしょ。相変わらずぶっきらぼうなんだから」
「……すみません、メイルお姉さん」
「よろしい!あの獣人さん、もう目は覚めたのかい?」
「意識が戻ったどころかもうピンピンしてる。今日もあちこち連れ回されたところだ」
「そりゃあいいことさね!」
気づけば息をするように隣を歩き出したメイル。ユウリは辟易したものの、恩人を無下にするわけにはいかないと、しぶしぶ彼女の同行に目をつぶるのだった。
ユウリがフィンシスを発見したのは、リヴィークに続く街道、その外れに位置する草原だった。 ちょうど今と同じ、深夜。街へ向けて走っている最中に、大気中に漂う僅かな血の臭いを辿った先で、倒れ込んでいたのを見つけたのだ。
「……死んではいないようだな。運のいいやつ」
フィンシスは、上半身を大きく引き裂かれた状態で横たわっていた。傷跡を見るに、野獣か、それに類するものに襲われたようだ。既に出血は止まり始めているが、呼吸が浅く、体も震えている。人通りも絶えた街道の外れだ、たまたまユウリが通りがからなければ、このまま息絶えていただろう。
ユウリとて治療は得意分野ではないが、見つけてしまったものは仕方がない。死んでしまったらまぁ、その時はその時だ。とりあえず安全な場所まで連れていくべきだろう。暗くて傷口がよく見えないし、周囲に魔物の気配も感じる。もう街は目と鼻の先なのだから、さすがに保ってくれるはずだ──。
一息で思考をまとめたユウリは、すぐさまフィンシスを背負って、怪我人に影響が出ない程度、ほどほどの全速力で街へ向かうのだった。
「まったく、あんたらを見かけた時は肝が冷えたよ。ど深夜に小さい子が大の大人を背負って走ってくるんだから」
「子どもじゃないからな」
「分かってるさね。ところでまたこんな夜中にどうしたんだい。もしかして、宿屋への帰り道が分からなくなったとか?」
「半分正解。酒場に行きたいんだ。昼間に一度通った道なんだが」
「酒場!?あんたみたいな子が行くとこじゃないよあんな場所。さっさと宿にお帰り」
「……昼間の仕事の報告。あとフィンシスも探さないと、部屋の鍵がない。多分酒場にいるはず」
「それなら仕方ない……仕方ないけどさぁ!」
大変不服そうながらも、メイルは酒場までの案内を買って出た。これで無事に目的地へたどり着けると思った矢先、ユウリは猛烈な後悔に襲われた。メイルが口を開けば飛び出す小言、愚痴、心配、また小言。フィンシスの比にならないそれらをなんとか躱し、説き伏せ、なだめて……酒場に着く頃には、ユウリは心の底から疲れきってしまっていた。まだやるべき事は残っているというのに。例えば、昨日払いそびれた診察代を彼女に手渡す事、とか。
「それじゃあ私は帰るから、あんまり長居するんじゃないよ」
「待った、昨日の礼がまだできていない」
「別にそんなの構いやしな──ちょっとあんた、これ金貨じゃないかい!迷惑料込みでも高すぎるよ!」
「釣りはいらない。次にあいつが……フィンシスが来たときにはサービスしてやってくれ」
「はぁーもう、分かった。獣人さんだけじゃなくて、あんたにもサービスしてあげるから、きっとまた来るんだよ」
「機会があればな」
酒場に入ると、テーブル席にフィンシスを見つけることができた。が、何やら話し込んでいる最中のようだ。カウンターに座って話を盗み聞くに、相手はユウリと同じ巡礼者らしい。同じ街に巡礼者が二人いるなど、珍しいこともあるものだ。話がまとまる頃にでもちょっかいをかけてやろうと、フィンシスたちの座るテーブルの様子を伺いながら、ユウリは自分の酒を注文するのだった。
──この後、鬼酒の早飲み競争に巻き込まれた結果、カウンターの酔客全員を相手にする羽目になったのは、また別の話である。
TIPS08:解毒魔術
聖属性に位置する回復術の一種。対応できる毒の量や種類は、術者の力量に依存する。
複合毒に対しては専門職レベルの技量が必要になるが、イシハバミの鱗粉、ムラサキソウ、アルコールなど、単純な毒であれば素人でも対応が可能。




