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幕間①──巡礼者は二度寝に負けない

フィンシスが宿を出てから幾ばくもしないうちに、ユウリは宿のベッドで目を覚ました。二度寝の甘美な誘惑に負けじと布団の中で足掻き、もぞもぞと布団から這い出てくる。辛勝であった。


部屋を見渡すと、フィンシスの姿がないことに気がついた。荷物はあるが、携帯用の肩掛け鞄がない。外へ出かけているのだろう。恐らくは酒場、もしくは馴染みの娼館でもあるのか。


男が夜の街に繰り出す理由は三つ、酒・女・犯罪である。特に前者二つ。浮き足立って宿を飛び出しては、朝方にベロベロのフラフラで帰還する男達をこの目で幾度となく見てきたのだ、間違いない。これに当てはまらない男をユウリは見た事がなかった。フィンシスも世話焼き面をしているが、隅に置けない。拾った時はこの世の終わりのような面をして呻いていたくせに、一夜明けた途端別人のように生気を取り戻すのだから。まったく良いことだ。かくいうユウリもこれから「女」を訪ねるのだから、人の事は言えないが。

 

ユウリが部屋を出ようとドアノブに手をかけた矢先、ふと、ある問題に気がついてしまった。そう、部屋の鍵がないのだ。

おそらくフィンシスが外に出た際に持って行ってしまったのだろう。いや違う、そもそもユウリは今日鍵を持ち歩いていなかった。朝起きた時から今まで、フィンシスに預けっぱなしだったのだ。常のユウリであれば宿の鍵など気にも留めないのだが、部屋の中には同行者の荷物もある。あと小言が飛んでくる、間違いなく。

ユウリにしては珍しく考え込んだ末に、休む寸前だった宿屋の主人を捕まえて、部屋の外から鍵をしてもらった。背に腹はかえられない。この後のユウリの仕事に、フィンシスを探すことが追加された瞬間だった。

 

 

間もなく日付を跨ごうかという時刻、完全な闇に沈んだ墓地街を、ユウリは静かに歩いていた。街灯も、松明も、角灯もない。一歩先すら見通せない程の闇道を、一切の迷いなく進んでいく。時折、ユウリの傍を青白く透き通った霊体が通り過ぎていった。墓地街を住処とする悪霊達だ。首のもげた兵士、ズタズタのドレスを着た町娘、片足をなくした犬──そのうちの一匹、白い布を被ったような球体のゴーストがユウリの肩に取り憑いた。

亡者の一件でどうやら懐かれてしまったらしい。先刻と同じように抱きかかえてやると、何やら嬉しそうにモゾモゾと腕の中で動き回り始めた。収まりのいい場所を見つけて大人しくなったかと思えば、こちらの目的を察しているのか、腕……のようなものを前方へ伸ばし始めた。道案内のつもりだろうか、やはりゴーストは可愛いものだ。

愛らしいゴーストに導かれながら、ユウリは墓地街の外れ、 古びた木造の小屋に辿り着いた。一応の礼として三回ノックする。返事は待たず、そのまま扉を開けた。鍵は掛かっていなかった。

扉を開けた先には、木の椅子に腰掛けながら穏やかに本を読んでいる少女の姿があった。一見ただの女の子のようだが、 肌の色──血の気のない、生気の感じられない土気色をしているのを見るに、生者ではないのだろう。

 

「亡者……いや、死体人形か」

「……レディの過去を詮索するとは不躾ですね」

 

「場合によっては詮索以上の無礼を働かねばならないからな」

少女──墓地街の管理人は、読んでいた書物を閉じると、座ったままユウリに向き直った。

 

「七番通りの亡者を浄化したのはあなたですね。まさか巡礼者がいるとは、望外の僥倖でした」

「その件について聞きたいことがある」

「死体の管理でしたら問題ありません。製作者と市長の指示通り、全ての死体に封印措置を施し、亡者化を抑制しております」

「……だろうな」

 

都市によって死体の管理方法は様々だ。この都市、リヴィークでは街の一区画をまるまる墓地に仕立てあげている。管理しているのは上位魔術師相当の死体人形。魔術式と人格転写によって壊れぬ心を持たされた可哀想な存在なのだと、悪霊達は噂していたか。

強い想念を抱えたまま死んだ魔族は、死後亡者と成り果てる。そうでなくとも、人間大の死体を放置するのは衛生的に宜しくない。そういった理由で、おおよそどの都市でも行政が死体の処理を行っていた。

 

「あんたの管理は疑っちゃいない。犯人に心当たりは?」

「具体的な人物は思い当たりませんね。ただ、あの亡者が徘徊していた付近で、この都市の規格にそぐわない棺桶を発見しました。」

「それだけか」

「残念ながら。調査したところ、旧アゼリウス統治圏で見られる剣のレリーフを確認しております」

「それだけ分かれば十分だ、礼を言う」

「こちらこそ、墓地街の平穏を取り戻して下さり感謝しております。依頼を出した甲斐があったというものです」

「そうか、それでは失礼する」

「お気をつけて」

 

玄関先でひとしきり会話を終えると、ユウリはそのまま小屋を立ち去った。無愛想ながら、フィンシス達生者と話すよりも、余程饒舌であった。彼女から多くの情報は得られなかったが、少なくとも死体の扱いは問題無さそうだ。封印が施されている限り、この墓地街で亡者が自然発生することはないだろう。となると、この亡者騒ぎが余所者の犯行であったのはほぼ確実だ。

そうと決まれば、犯人探しをせねばなるまい。亡者をあちこちにばら撒かれてしまえば、仕事が増えて巡礼どころではなくなってしまう。気は滅入るが、致し方あるまい。

死者からの情報は十分だ、次は生者からの情報を集めねばと、ユウリは次の目的地──冒険者達の集う、酒場へと向かうのであった。



TIPS07:死体人形カタスドール

死霊魔術によって造られる魔術機構の一種。防腐処理を施した死体に魔術式を走らせ、自立稼働を可能とする。内部に搭載された魔術式によっていくつかの分類に分けられる。最も一般的な構成は、魂の情報を疑似人格として転写した模倣型である。

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