初依頼はお化け退治
フィンシスはユウリと共に冒険者ギルドへ向かう道すがら、ちょっとした疑問を口にした。
「こっちに来る前は何やってたんだ?ずっと教会を転々としてたわけじゃないんだろう」
「色々あって聖都の方でやっかいになっていた。旅に出たのはつい最近だな」
教会の次は聖都ときたか。信徒どもがひしめく、エレフィネー教とやらの総本山だ。教会巡りの話を聞いたときも思ったが、ユウリはもしやいっぱしの宗教家だったりするのであろうか。
聖都は回復術の研究も盛んだとかで、門戸を叩く魔術師も多いらしい。冒険者であるフィンシスにとっては、そちらの印象が強かった。
「聖都にいたなら、回復術や祈言を使えたりするのかい?」
「専門ではないが」
よいことを聞いた。この少年は線も細くて体も小さいから、まともに戦えるのかいささか不安だったのだ。 回復術が使えるなら、冒険者として食いっぱぐれることはないだろう。いや、金自体は持っているけれども。
そうこうしている間に、スイングドアを擁した酒場のような建物が見えてきた。
冒険者ギルド、リヴィーク支所。
昼夜を問わず冒険者に集いの場と仕事を提供する、まさに彼らの拠点である。夜は実際酒場としても営業している。昼に比べ治安は数段悪くなるが、フィンシスにとってはそちらも含めて馴染み深い場所であった。
「フィンシスじゃねぇか!久しぶりだな」
「そうでもねぇぞ、半月振りくらいか?」
「まだ酒場は開いてねぇぞ!」
「酒はまた今度な」
「そっちのガキはどうしたんだ、パーティ組んでるなんて珍しいじゃねえか」
「これから新人になる奴だよ、ここまで案内してきたんだ」
中に入った途端、フィンシスの顔馴染み達が次々に声をかけてきた。それらに軽く返事をしながら、フィンシスは奥のカウンターに立つ受付嬢に話しかけた。
「こんにちは、フィンシスさん!本日はどういったご用件でしょうか?」
「新人の紹介と、ついでに登録だな。っと……おーいユウリ」
振り返って様子を伺うと、ユウリは興味深そうに周囲を見渡しながら近場をうろついていた。
市場にいた時とは違って自分から歩き回っているあたり、楽しげに見えるのは気のせいではないだろう。依頼が掲示された大看板、壁面に掛けられたダーツボード、冒険者たちがたむろしているテーブル席——ひとしきり辺りを見回っていたユウリだったが、フィンシスが名前を呼ぶと、早足でカウンターのそばに戻ってきた。
登録用紙とペンを手渡すと、カウンターの端でサラサラとよどみなく記入し始めた。読み書きも問題なくできるあたり、聖都でそれなりの教育を受けてきたのだろう。
幾ばくもしない間に、記入を終えた登録用紙を持ってユウリはフィンシスの元へ戻ってきた。ズイ、と紙をフィンシスの前に差し出してくる。渡すのは俺じゃなくて受付の方にだな……と思いながらも、小言を言うのも面倒になってフィンシスは無言で受け取った。確認を兼ねてチラリと登録用紙を見たフィンシスは、本日何度目かも分からない困惑に陥るのだった。
氏名:ユウリ
種族:ヒューマン
クラス:空白
ユウリから渡された登録用紙をカウンターに置いて、フィンシスは眉間を押さえた。名前以外の欄に役に立つ情報が無さすぎるのだ。
ヒューマンなぞという種族は聞いたことがない。フィンシス以上に多くの冒険者を見てきたであろう受付嬢に目を向けても、フィンシス同様に困惑しながら首をかしげていた。
角も鱗もない、獣毛が全身を覆っているわけでも、爪が鋭いわけでもない。耳も尖っていなければ、羽が生えてもいない。特徴がないことがむしろ特徴的である。銀髪と肌の白さを見るに、北方の少数種族の1つであろうか。ユウリも特に補足しようとしないものだから、少なくとも実力の判断材料にはならなかった。
クラスの欄に至ってはもはや空白である。
クラスはパーティ内で希望する役割を申告するための、ギルド独自の項目である。近接戦に自信があるのならば《戦士》、索敵、斥候、収集が得意であれば《狩人》、魔術を修めているならば《魔術師》、魔術のなかでも聖属性や回復術を扱える者は《聖職者》。
——と、ギルドの利用が初めてでも分かるように登録用紙の下側に記載されている。うっかり読み忘れてしまったのだろうか。いやむしろそうであってくれると助かるのだが、
「全部こなせるからどれを選べばいいか分からなかった」
「そうかい、一番困る答えをありがとう」
残念ながら違ったらしい。何かしら適当に書いてくれれば良かったのだが。なんでもこなせると豪語するならばもうこちらで適当に決めてしまおうか。少なくとも回復術は使えると言っていたことだし、聖職者あたりで構わないだろう。練度は気になる所だが。
聖職者は他のクラスに比べ需要が高い。聖職者を擁するか否かでパーティの生存率が決まるといっても過言ではないのだ。こちらの方が仕事も受けやすかろうと考えながら、フィンシスはクラスの項目を勝手に書き足して、受付嬢に登録用紙を渡した。
「確認いたしますね……登録名はユウリ様、種族はヒューマン、クラスは聖職者、以上お間違いはないですか」
「構わない」
念を押すように受付嬢が確認するも、何の問題もないと言わんばかりにユウリは返答する。実際のところ問題しかないのだが、まぁ何とかなるだろう。実績を積むまではフィンシスが面倒を見ればいいことだ。
「承知しました。ところで、依頼についてなのですが……」
「初めての依頼だからな。ゴブリン退治やら薬草の採取とか、簡単なのを頼むよ」
「大変心苦しいのですが、初心者向けの依頼が現在ないのです……」
「何だって!?」
なんということだ、完全にアテが外れた。受付嬢の言うには、最近立て続けに新人冒険者がやってきたらしく、若手向けの依頼を根こそぎ持って行ってしまったらしい。皆、考えることは同じらしい。自分たちの事情は少し違うけれども。
中堅向けの依頼にフィンシスの同行者として連れていくことも不可能ではないが、こちらもなかなか時間のかかりそうな依頼ばかりだった。3ヶ月間の商隊護衛任務だの、馬で1ヶ月かかる都市への輸送任務だの……旅慣れていないユウリには荷が勝ちすぎる。
悩ましい顔で掲示板を見つめるフィンシスに、受付嬢が再び声をかけた。
「一件だけ、初心者向けの依頼が残ってはいるのですが……」
「本当か!」
受付嬢が差し出してきた依頼書を、2人は並んで覗き込んだ。
「墓地街の」
「お化け退治」
「ここ最近は聖職者の方がいらしてなかったので、依頼が残ってしまったんです」
依頼内容は、「墓地街を住処としているゴーストが活性化しているため、原因を探ってほしい」というものだった。討伐ではなく調査であれば、確かに初心者向けと言えなくもない。
おまけにゴースト——闇属性エーテル体の魔物に接触するならば、聖職者の同行はほぼ必須だ。あまりにも今の自分たちにお誂え向きの依頼であった。
「この依頼を受けさせてもらうぜ。ユウリ、文句はないだろう?」
「ゴースト……悪霊か。悪霊は専門外なんだが」
「何でもできるってさっき自分で言ってたじゃねえか」
「できないとは言ってない。討伐ではなく、調査すればいいのだろう?余裕だ」
「そうだけどよ……」
お誂え向きと言ったのは撤回しよう、先行きが不安すぎる。いっちょ前にできると豪語しているが、専門外ときた。念の為、聖水やらを準備しておいた方が良さそうだ。いざとなったら自分が前に出るしかない。ゴーストが活性化するのは夕暮れ時に差し掛かってからだ。それまでにできる準備はしておこう。
謎の自信に満ちたユウリを連れて、フィンシスはため息の数を増やしながら、依頼書を持って職人街へ向かうのであった。
TIPS03:ゴースト
低~中純度のエーテル溜まりに出没する、肉体を持たない魔物。
風化し散逸した魂の破片から自我を学習したと推測されている。
肉体を持つ存在からエーテルを奪うため危険視されており、一般には「悪霊」と呼ばれる。
ただし死者本人の魂ではないため、巡礼者にとっては厳密には専門外。
いたずら好きで、旅人へ偽の道を教えることもある。
もっとも、彼らが誰に対しても同じ態度を取るとは限らない。




