そういう話じゃない!
「…………要するに、親方の幽霊がエレンに取り憑いてるから、あんたたちが成仏させる。ってこと?」
「平たく言えば。先に断っておくが、霊感商法の類ではないからな。金も取らないし、危険なことも……多分起こらない」
「そこは断言しろよ」
一悶着あった後、フィンシス、ユウリ、シャテルの三人は建屋の軒先で話し込んでいた。先ほどまで飛び回っていた金属鼠たちも、今は大人しくシャテルの足元に集まっている。
二階の明かりは、いつの間にか消えていた。外が静かになったからだろうか、エレンは既に床へ就いたようだ。
「違和感自体はさ、確かにあったんだ。気落ちしてたエレンが急に元気になったり、買ってきたばかりの花が枯れてたり、子分どもがやたらうろちょろしてたり……全部、親方の仕業だったのかな」
「現場を見ていないから何とも言えないが、可能性は高いだろう」
「うにゃぁ〜親方ぁ、せめて五体満足で帰ってきてよ〜。見えない体でうろつかれても分かんないよ〜」
親方のはた迷惑な帰宅ぶりへと悪態をついたシャテルは、そのまま頭を抱えて座り込んだ。
「遺体が行方不明とは予想していたが、死んだこと自体は把握していたんだな」
「一応ね。身体だって、もう見つかってはいるんだよ。妖精の青い森の中、地割れでできた亀裂に真っ逆さま。穴が深すぎて、回収は諦めろってさ」
「それは……お気の毒にな」
「昨日こっそり見に行った時には、もうほとんど何も残ってなかったや。人間って、あんなに小さくなれるんだね」
顔を上げないまま、おどけたようにシャテルはそう呟いてみせた。腐敗か、野生の魔獣にでも食われたのか、野ざらしの死体など、まともな形を保てるはずもなかったのだ。
「そうか。遺体の始末がついているなら、後は魂の鎮魂を済ませるだけだな」
「おい、言い方ってもんがあるだろ」
「不本意ではあるだろうが、野葬とて立派な弔いの在り方だろう。それに、残った死体にゴーストなぞが取り憑く方が余程厄介だ。腐ってひしゃげた父親が娘に会いに来るなど、想像しただけで怖気が走る」
哀れみなど微塵も感じさせない声色で続けるユウリに、フィンシスは思わず非難の声を上げてしまった。割り切ることも必要なのだと。それがユウリなりの気遣いだと理解してはいるものの、飲み込み難いのも事実だった。
「確かに、それはちょっと嫌だね……」
ユウリの言葉に同調するかのように、シャテルがゆっくりと顔を上げる。ただ、彼の言葉に思う所もあったのだろうか、その声は先程よりも幾分弱々しく聞こえた。
「それで、親方の魂とやらをどうすんの? お焚き上げでもやろうっての」
「大層な儀式は必要ない。亡霊を鎮魂して、輪廻へ還す。それだけの話だ。元々見えないものがいなくなったとしても、何も変わらんだろう」
「……エレンちゃんには、見えてんだろ」
フィンシスの一言に、二人の視線が集まった。一方は驚愕に満ち、もう一方は呆れと非難がありありと浮かんでいる。余計な一言とでもいわんばかりだ。しかし、もう一人の当事者である少女を無視するような真似は、フィンシスには到底看過できるものではなかった。
「そうじゃん……そうじゃん! だからエレンは元気になったんだ! また笑えるようになったってのに、また悲しませろっての?あたしたちは大人だからさ。身内が死んだからって、ずっとメソメソしてるわけにもいかないじゃん。でも、でもさ、エレンは、まだ子供なんだよ? 縋って何が悪いわけ!? 逃げるなとか、現実を見ろとか、私には言えないよ……」
「ちょっと落ち着けって。なぁ、俺からも頼むぜユウリ。大事な仕事なのは分かってるけどよ。親父さん、大して悪さもしてねぇみたいだし、無理に引き離すことはねぇんじゃないか?」
「フィンシスまで……」
もはや面倒だという雰囲気を隠す気も失せたのか、ため息交じりにユウリは考え込み始めた。即断即決が常のユウリが見せた、めったにない長考。二人してその様子を凝視していると、やがて考えがまとまったのか、渋々といった様子でユウリは口を開いた。
「………………分かった。無理矢理引き剥がすのが駄目なんだな」
「そうだな。だから──」
「つまり、父親の霊が自分から離れるように仕向ければいいんだろう? お前たちにも手伝ってもらうぞ」
「……んん?」
思ってたのと違う。
二人の心境を汲まねばならない、ただ亡霊を放置するわけにもいかない。苦肉の策としてユウリが導き出した結論は、二人の予想を明後日の方向へ飛び越えていった。
TIPS22:亡霊
生命活動の停止によって肉体から切り離された魂《エーテル体》の俗称。聖典に記載されている正式名称は「還流期エーテル残存体」
肉体という強固な依代を失った魂は、原則として短時間で輪廻へと還る。しかし、生前の強烈な意思、残された生者からの残留思念といった影響で、現世に留まってしまう場合もしばしば見られる。現世に留まるためのコストの多くは、生者が知らぬ内に支払っている。




