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エレンちゃんのはじめてのおつかい

「いい、エレンちゃん? お財布を置きっぱなしにしたり、裏通りに入ったりしちゃダメだからね! 特に、知らない人には絶対について行かないこと!」

「うん!」


 翌日、人影の薄れ始めた夕方の鍛造区。日用品の並ぶ小バザールの外れに、エレンとシャテルの姿があった。

──その様子を物陰から伺う、ユウリとフィンシスの姿も。

  

「本当に上手くいくのかこれ」

「発案者はお前たちだろう。精々上手くやれよ、"不審者さん"」 


◇  ◇  ◇


「──現世への強い遺念、生者からの抑留、それらが魂を現世へ縫い留める楔となっているんだ。それさえ解消できれば、魂は解放され輪廻へ還る、はずだ」


 父親の心残りを解決してしまえば、こちらが手を出さずとも勝手に成仏するのではないか。うんうん唸って小難しい言葉を並べてはいるが、要はそういうことなのだろう。

 

「はずだって……あんた、専門家的なやつじゃないの?」 

「こんな込み合った案件、巡礼者(俺たち)の領分じゃない。街の人間のしがらみは、土着の葬儀人が対応すべき仕事だ。だというのに……」


 あのおっちょこちょいな管理人の顔がよぎったのか、ユウリは苦虫を噛み潰したように顔を顰めた。


「墓場によくいるおじさんのこと? そっちに任せればよかったじゃん」

「今は代替わりしたそうだ。新米すぎて任せてられなかった」

「へぇ、今そんななんだ。んでさ、結局あたしたちは何手伝えばいいの?」

「知らん、手段はお前たちで考えろ。そもそも、死者の未練が俺に分かるとでも……おいお前たち、露骨に目を逸らすな」

 

 むしろ分かったら驚きだ。

 フィンシスとシャテルの気持ちが通じ合った瞬間であった。あからさまな二人の態度にご立腹なユウリはさておき、一筋縄ではいかないのも確かだった。ただ一点、何より分かりやすい突破口がある。遺された子の心配をしない親など、この世にそうはいないだろう──

 

◇  ◇  ◇


「で、その親心というやつが、なぜ買い物と結びつくんだ」

「初めてのお使いなんて、親にとっちゃ一大イベントだろうが。子どもの一人立ちってのは、こういうところから始まるって相場が決まってんだよ。俺もガキの頃、丸一日かけて麓の街まで買い出しに行かされたもんだぜ……」

「それは規模が違いすぎない?」


 エレンを見送り終わったのか、二人の隠れた物陰へとシャテルが潜り込んできた。未だ周囲をうろついているエレンに気取られる事なく合流するあたり、隠密が随分と堂に入っている。


「エレンちゃん大丈夫かなぁ。店の連中は知り合いばっかだし、多少は気にかけてもらえるよね。あぁでも本当に不審者出たりしたら──」

「なるほど、これが親心か」


 あまりにも分かりやすい具体例が目の前に現れた。エレンの父親だって、この場にいたのならきっと同じ反応をするだろう。亡霊が思考するのかという問題はさておき、親の心配を払拭するには、子供の成長を見せてやるのが一番だ。というよりも、フィンシスにはそれぐらいしか手段が思いつかなかった。


「上手くいかなくとも問題はない。俺が片を付ければいいだけだからな……見ろ、エレンが動き出したぞ」


 シャテルが渡したメモとにらめっこしながら、エレンはバザールの露店沿いをゆっくり歩き出した。通行人にぶつからないか心配だ。 


「ハリソンの店までは流石に遠かったかな。でもまっすぐ進むだけだから道には迷わないはずだし。この辺皿とかナイフとかばっかり売ってるんだよね。手に持ったまま転んだら怪我しちゃうかも──」

「あんまり喋ってるとバレるぞ……」

 

  心配が抑えられないのか、シャテルは延々と独り言をつぶやき続けている。そんな彼女の心を他所に、エレンは迷うことなくバザールを進み続ける。道行く人と接触しそうになってからは、メモも懐にしまっていた。


「エレンちゃん、一人でお買い物?」

「そこ段差になってるから気を付けなよー」

「遊びに行こ! 公園の砂場、今なら空いてるよ!」


「うん! おつかいなの」

「知ってる!」

「お買い物終わったらでいい?」


 道すがら掛けられる声々に、笑顔で応答する余裕すらある。どうやらシャテルが想像していたよりも、エレンはしっかり者のようだった。


 エレンの同行を見守っている最中、フィンシスはどこか感じたことのある悪寒に襲われた。

 

「なんかここ寒くないか?」

「ある意味、気のせいではないな」


 ユウリはエレンを見守りつつも、ちらちらとフィンシスのいる方向へ視線を送ってくる。何なんだ、こちらに何か気になるものでもあるのか。そう思ってフィンシスが背後を振り返ると──いた、真っ黒な靄が。


「ッつ──!?」


 青天の霹靂が過ぎるだろう。フィンシスは思わず口元を両手で抑えた。叫び出さなかった己を褒めてやりたいところだ。フィンシスの驚愕に靄は身じろぎ一つせず、ただ静かに佇んでいる。様子を伺ってみても、自分たち同様、エレンを追って移動しているだけのようだった。

 

(いつからいたんだ親父さん)

(シャテルと共にこちらへ来ていたぞ)

(ほぼ最初からじゃねえか! いやもしかして、エレンを見守っているのか?)


 ……どうやらエレンの父親は、本当に同じ事を考えていたらしい。突如として現れた幻の四人目を加え、エレン見守り隊は静かに暗躍を続けるのだった。



TIPS23:葬儀人

 都市や村落にある墓場を管理する職業。亡霊の監視、死体の埋葬、遺族のケアといった、死後の対応全般を行っている。

 エレフィネー教を信仰する巡礼者とは違い、必ずしも特定の宗教に属しているわけではない。しかし、凄惨な死に触れ、遺族の思いと向き合う彼らは、皆類稀なる胆力を持っている。バルアムの墓地を継承した彼女も、あるいはそうなのかもしれない。


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