妖精の導き、再び
夜の帷が降り、辺りに響いていた金属音も消え失せた鍛造区。工房を閉め、居住区へと帰る職人たちが、魔石の街灯に照らされた通りを静かに歩いている。
墓場を後にした二人は、再び出会った銀の妖精に(半ば無理矢理)連れられて、例の亡霊が住まう建屋へと舞い戻った。
「こんな宵口に店に押しかける客、どう思われるだろうな。しかも昼間追い出されたばっかの」
「迷惑客、嫌がらせ、不審者。今度こそ通報されるんじゃないか?」
「だよなぁ……」
戻ってきたはいいものの、あの店主に取り入る隙も、突破口の算段もついていない。にもかかわらず、妖精は無邪気にユウリの袖口を引っ張り、店へ入るよう促してくる。
「待て、袖が伸びる。そんなに俺を不審者に仕立て上げたいのか」
「行ってこいユウリ、骨は拾ってやる」
「……絶対お前も道連れにしてやるからな」
こちらがいくら止めても、まるで聞く耳を持たない妖精。ついに抵抗を諦めたユウリは、嫌々店のドアノブに手をかけて──
ガチッ
ドアノブが回らない。施錠された扉。最も強い拒絶の証。当然だ、店にはそもそも明かりさえ点いていない。説得も何もあるわけがなかった。
「…………よし、帰ろう。すまないな妖精、不法侵入は流石に遠慮したい。いや本当に」
「そうだそうだ」
今が好機とばかりに、二人は踵を返して帰ろうとした。が、妖精は服を掴んで離さない。それどころか、より強く袖を引き始める。そのまま店の入り口を離れ、店の裏手へとユウリを引っ張っていく。
二人が裏手へ着いた途端、妖精はユウリの袖口を離し、上方へと飛んでいった。釣られて上に視線を向ければ、二階奥側の一部屋だけ、カーテンの隅から光が漏れ出しているのが見える。
「壁を登って行けということか。いよいよ泥棒じみてきたな」
「これだから翅のある種族はよ……」
フィンシスの一言が聞こえたのか、空に浮いていただけの妖精が動き出した。空中を旋回しながらしきりに翅を動かし、鱗粉を地面に振りまいている。何事かと思ったつかの間、突如として地面が淡い新緑の光を帯びだした。
「今度は何だよ一体!」
「エーテル干渉だ!何かが"昇って"くるぞ!」
鱗粉の落ちた先、光を放ちながらひび割れた地面から、縄のように茂った蔦が飛び出してきた。そのまま蔦は外壁の一画を覆い、植物の足場を作り出す。間一髪飛び退いた二人は、その様子をただ呆然と眺めていた。
この現象を引き起こした張本人たる妖精は、空から降りてくると勢いそのままフィンシスの眼前にズイ、と近づいた。
「いや近ぇよ」
「文句を言ったのはお前だろう」
欲を言えば、不法侵入まっしぐらな状況そのものを解決してほしかったのだが。そんなフィンシスたちの気も知らず、妖精は得意気に彼の周囲を飛び回っている。
「せめてよぉ、何がしたいのか教えてくれればいいんだけどな……」
「どうにもならないだろう、俺はもう諦めた。さて、猫が出るか霊が出るか。できれば霊が出てほしいものだな。行ってくる、見張りは任せたぞ」
「通報される前に戻ってこいよ」
「無茶な相談だな」
もはや諦念を隠しもしないまま、ユウリは蔦の足場を駆け上った。そのまま窓の右端へヒラリと飛び乗り、室内の様子をのぞき見る。ピンク色のカーテン、窓のそばに設置されたベッド、たくさんのぬいぐるみ、カーテンと同色のラグ、白い折りたたみの机、開かれたままのスケッチブック。
この可愛らしい部屋の持ち主に、ユウリが見当をつけたその時──
「わぁ! お昼のお客さんだ!」
「 !?」
ユウリの左側の窓が突如として開き、無邪気な少女が身を乗り出す。驚いたユウリはそのまま落ち………………ることはなく、仰け反りながらもなんとか窓の縁に踏みとどまった。
心臓に悪い登場だったものの、シャテルを介さず亡霊騒ぎの当事者に接触できたのは幸運だ。少女を怖がらせまいと、ユウリは必死の笑顔で話しかけた。
「こ、こんばんはお嬢さん。よく気がついたね」
「さっきまでねてたんだけどね、外からね、メキメキって大っきな音がしたの! あ、フィネラおかえりー」
ユウリの背後にいた妖精は、そのまま窓を通り抜け少女の元へ飛んで行った。素知らぬ顔で少女の肩に収まる妖精を見て、ユウリの顔がわずかに引き攣る。
「お兄さん、パパに会うために来たんだ。お家には他に誰もいないのかい?」
「うん! パパはシャテルを送ってくるって」
「お留守してるんだ、偉いね」
「うん!」
父親の霊と接触できたならば、すぐにでも鎮魂に入れたのだが。当てが一つ外れてしまった。
父親の不在でわずかに気落ちしたユウリの耳に、少女の何気ない、しかしどこか不安げな声が聞こえた。
「シャテルも、工房のおじさんたちも、パパはもう帰ってこないって言うの。みんな嘘つきだよ、パパはちゃんとうちにいるのに。ね?」
TIPS20:バルアム自治憲兵
バルアムの治安維持を受け持つ自治組織。自由 組合に所属する商人、職人、坑夫たちが持ち回りで巡回を担当している。
憲兵と銘打ってはいるものの、戦闘経験のない者がほとんど。しかし、不埒な輩への威圧であれば、その屈強な体一つで事足りる。




