餅は餅屋、死者は葬儀屋?
鍛造区から離れ、拠点となる宿を確保した二人は、墓場を目指し街外れを歩いていた。
宿を取るのも墓場の所在地を聞き出すのも、何から何までフィンシスの仕事だった。餅は餅屋、にも限度があることを、ユウリにはぜひ学んでほしいものだ。
「あのまっくろくろすけ、結局お前にはどう見えてたんだ?」
「いかにも背が高そうな、男性的な骨格の人型」
『いかにも』『男性的な』
いつも単刀直入なユウリにしては、随分と迂遠な言い回しだった。靄にしか見えなかったフィンシスよりは、情報量は断然多いけれども。
「上半身が潰れて垂れ下がっていたから、判別が難しかった。脚も四方に折れ曲がっていたし、滑落死かもしれない。父親だと疑ったのも、今思えばただのこじつけだな」
「そ、そうかい。とんでもない物が見えて……ヤベェ食ったもの戻しそう」
「想像で吐くなんて器用だな」
「飯の後にしていい話じゃねぇってこと!」
死体どころか、周囲にたかる蛆までもが脳裏によぎり、思わずフィンシスは頭を振った。
愉快とは言えない会話を弾ませている間に、墓場の入り口が見えてきた。二人の到来を予測していたかのように、鉄格子の門扉は開放されていた。
「結界すら張られていないのか。不用心にも程がある」
「いつもより当たり強くないか?」
「死者の魂を取り逃すような間抜けだからな。さっさと始末をつけさせて、旅に戻るぞ」
墓場を覆う冷気混じりの霧を一顧だにせず、ユウリは黙々と進んでいく。墓石の並ぶ区画を抜けると、霧の向こうから石レンガの家屋が現れた。
「門は閉めていたはずですが……一体どちら様かしら?」
建物の裏から、細身の女が姿を現した。黒い礼服に身を包み、いかにも墓場の住民といった出で立ちだ。
「門なら全開だったぞ。お前がこの墓場の管理人か?」
「はい、ケラースと申します。前任から引き継いだばかりで、まだまだ未熟者ですが。えぇっと。門、本当に開いてました?」
「バッチリ開いてたぜ」
「…………お恥ずかしい限りですわ」
ケラースと名乗ったその淑女は、顔を赤らめて目を背けた。何というか、その、大変おっとりした方なのかもしれない。ユウリも肩透かしを喰らったように頭を抱えていたが、ため息をついて事情を説明し始めた。
「──落下死した男性の遺体ですか。ここ最近で扱った記憶はありませんね。念のため、埋葬録も確認してみましょうか」
「頼む」
「少しお待ちを…………こちらのページからですね。統一境界暦八五六二年、実り月。漏らさず記帳してあるはずですわ」
「借りるぞ。……本当に漏れはないんだろうな?」
「埋葬術式と同期しているので、きっと大丈夫ですわ。きっと」
ケラースから書物を受け取ったユウリは、半信半疑といった様子で頁を開いた。フィンシスも後ろから覗き見ていたが、彼女の言う通り、エレンの父親らしき記述は見当たらなかった。
「……念のため聞いておくが、死体を用いない魂魄探知の術式なんかは──」
ユウリが言い終わらない内に、ケラースは眉を落として肩を竦めた。それを見たユウリの肩も崩れ落ちた。
「大変申し上げにくいのですが、この件、私の手には負えないかもしれません。ご助力頂けるのであれば、本当に助かるのですが……」
「……………………分かった」
凄まじい長考の末、ユウリはケラースの嘆願を承諾した。
「言っておくが、俺が手を出すのは死体と魂に関してだけだからな。後のことは知らんぞ」
「もちろんですわ! 巡礼者様のお手を煩わせるような事は致しません」
既に十分手を煩わせている、と言うのは野暮だろう。面倒事を避けようとしたユウリの目論見が、完全に潰えた瞬間であった。
それから何度も頭を下げるケラースに別れを告げ、気落ちしたユウリと共に墓場を離れた。
「結局こうなるのか……」
「そんなに頭を抱えるなら、いっそ断っても良かったじゃねぇか」
「そういうわけにもいかない……」
巻き込まれた当初はあんなにも張り切っていたというのに。ユウリの情緒の落差に、フィンシスは内心困惑していた。
「──遺族の心情を汲むのは苦手なんだ。店主の目を掻い潜って、娘に取り憑いている魂を捕獲して、どこにあるかも分からない死体を探して、あの女に埋葬させて……」
「ユウリ、前」
「そもそも本当に俺が動く必要はあるのか? 探知だけ手伝ってしまえば──」
「ユウリさーん?」
「何だ、うるさい」
「お迎えが来てるぜ」
フィンシスの示す方向へ、ユウリが胡乱げな視線をむけると、見覚えのある銀の光がちらついていた。
TIPS19:統一境界暦
『記録者』の魔王、アーカーダが制定した紀年法。魔界全土で普遍的に用いられている。
アーカーダ誕生よりも遥か昔、八千年以上前を元年としているが、何を紀元としているかは明かされていない。




