銀光の先にあるもの
無事異世界から脱出を果たしたフィンシスだったが、心をざわめかす居心地の悪さからは逃げることができなかった。周囲を見渡してようやく、この路地の「性質」が大通りと違うことに気づいたからだった。
通りを歩く旅人たちを見ても、表を騒がせている人間とは装いが違う。旅装という点では同じだが、厚手のマントには銀細工の留め金、足元にはよく磨かれたブーツ、剣帯にはさりげなく金の刺繍が施されている。恐らくは商人、それもかなり裕福な。
妖精の導きとやらに目を輝かせているユウリには申し訳ないが、ここは大人しく今日の拠点を探したほうがいいだろう。
そう考えたフィンシスがユウリに声をかけようとした瞬間──
目の前を、銀色の光が掠めた。
蛍のような光体が、空中をまっすぐに進んでいる。鱗粉と思わしき細かい粒子が、光の軌跡を縁取っていた。
ハッとしたフィンシスがそちらを見やると、銀の光はくるりと宙に円を描き、再び路地の奥へと伸びていった。
「ふぃんふぃふ、ほれけっほうふまいぉ(フィンシス、これ結構うまいぞ)」
「ユウリっ、あれ、あれ見ろって!追わなくていいのか!?」
「ん、なにが……あっ、いた。追えばいいのか?」
「俺に聞くな! こういうのは、追うだけ追ってみれば良いんだよ」
菓子に夢中になっているユウリを置き去りにして、フィンシスは迷いなく妖精の背を追って駆け出した。又聞きの噂話を信じて走り回るなど、数分前の自分が聞いたら鼻で笑うかもしれない。しかし、こんな愉快な偶然、乗ってみなければ損というものだろう……!
「随分乗り気だな。いつもみたいに呆れて説教でも始めるかと思っていたぞ」
疾走するフィンシスの後ろから、突如ユウリの声が響いた。
「持ちかけてきたのはお前だろうが!」
「噂話を共有しただけのつもりだったが、お前まで本気になるとは。ロマンチストに宗旨変えか?」
「言ってろ! お前だって付いてきてるじゃねぇか」
「呼ばれているのは確かだからな」
勢いのまま飛び出したフィンシスとは違って、ユウリはあの妖精の意図を見抜いているらしかった。雑多な道を物ともせずに悠々と飛んでいく光を追って、二人は路地裏の細道を縫うように進んでいく。積まれた木箱の脇を抜け、走るネズミを追い越し、地面を這う配管に蹴躓きながら、ひたすら。
路地を抜け、大通りに出てからも妖精は止まらない。荷馬車と人混みの間をするすると通り抜けていく。追っていく最中にぶつかった作業服のドワーフに詫びを入れつつ横道へ抜けると、開けた一画にたどり着いた。
ひしめく建物どうしの間、僅かな空白にひっそりと立つ、灰色の建屋。古びてこそいるものの、外壁には目立った汚れや煤は付いておらず、かえって他の建物よりも小綺麗に見える。入口の脇、申し訳程度に置かれた植木鉢からは、三つ羽草の緑が溢れかえっていた。
妖精はこちらを一瞥するかのように宙を回ると、その建屋の窓に近づき、僅かに開いた隙間から中へ消えていった。
「やぁーっと止まってくれた…………で、ここはどこなんだ? やけに暑いな」
「周囲は鍛造区のようだな。走っている時、あちこちから鉄の音が聞こえてきた」
鍛造区。街に流通するほぼすべての商品を生産している、バルアムの心臓部。どうりで作業者が多かったわけだ。妖精を追って、すいぶんと街の奥まで来てしまったらしい。看板も商品も見当たらないが、この建物も工房なのだろうか?
「入って大丈夫なんだろうな。もしかしてただの民家じゃないのか?」
「今更怖気付いてどうする。ほら行くぞ」
そう言ってユウリが扉を勢いよく開けると、すぐ目の前に人影が見えた。その人物の手のひらには、先程まで追っていた銀色の光。
「いったいどこ行ってたのさ!あんたまでいなくなっちゃったら、エレンがどんだけ──って、にゃわっ、お客さん! ?あたし看板出してたっけ?」
TIPS16:三つ羽草
魔界全土に分布する多年草植物。春になると黄色い小さな花を咲かせる。生命力が強く、多少の熱気や大気汚染下であってもよく育つ。
妖精は植物の世話を非常に好む。それがたとえ雑草であっても。




