欲しいものは妖精に聞け
空に突き刺さる大煙突、店先で跳ね回る妖精、大バザールに集う人々、大気中に混じる硫黄の臭い──
妖精森の外側、街道を抜けたフィンシスとユウリを出迎えたのは、鍛造音と喧騒の鳴り響く大都市だった。
「銅貨一枚じゃ燃料が足りないよ!ねぇ、もっと頂戴?」
「妖精印入りの狩猟短刀はいかがー?猫の髭すら真っ二つだ!」
「どけどけどけ! 荷車に踏み潰されても知らねぇぞ!」
正門から街の中央までを貫く露店通り、白昼のバルアム大バザールへ足を踏み入れた二人は、商工都市の洗礼を一身に受けていた。
ドワーフ、猫人、妖精、その他ありとあらゆる種族が行き交うこの街の大動脈。目的の店を探すどころか、はぐれないように身を寄せ合うだけで精一杯だ。
「こんなに人が多いならもっとゆっくり進めばよかったぜ、クソ!」
「遅くなるよりましだろう、店が閉まる。うわっ、危ない」
並んでいてもお構いなし、情け容赦なく流れていく人混みをなんとか抜け出した二人は、潜り込んだ路地裏でようやく落ち着くことができた。
「だぁーっ、やっと一息つけるぜ。人が多すぎてどれが何の店かも分かんねぇよ。無茶だぜ」
加工の専門店を探そうと提案したのは確かにフィンシスである。が、まさかここまで混雑しているとは思ってもみなかった。ここは先に宿を探して、波が引いてから出直すべきだろうか。いや、そもそもここはどこだろうか。身体と一緒に、フィンシスの方向感覚までもが人混みに揉まれてしまっていた。
「いや、存外どうにかなりそうだぞ」
ヘロヘロになっているフィンシスを尻目に、ユウリは路地の奥を見据えつつ事もなげに呟いた。同じ方向を見やると、住居の軒先、隠れるように古めかしい店々が点々と並んでいる。表の活気ある露店とは対照的に、こちらは歴史ある隠れた名店といった面持ちだ。
《鍛造工房 陸蛇の牙》
《アトリエ・エスペ》
《妖精細工専門店 ミダス》
立ち並ぶ店舗の間、控えめに掲げられた看板には、二人の探していた「専門店」の文字が刻まれていた。露店のように店先を飾る商品こそないが、恐らく装飾品を扱う店であろう。もし違ったとしても、詫びを入れて出ればいいだけの話だ。さっさと用事を済ませてしまおうと、フィンシスは軽い気持ちで扉を開けた。
木製の分厚い一枚扉の先には、異世界が広がっていた。日の光一つ入らない店内を、オイルランプの繊細な光が柔らかく照らしている。赤を基調とした毛足の長い絨毯が、踏み入った二人の靴裏をやさしく押し返した。
店の中央、ガラスで囲われた飾り棚には、ランプの光を反射して輝く宝石類がまばらに並べられている。
………もしかしなくても、来るべき店を間違えたのではないだろうか。そんなフィンシスの予感は、目線を逸らした先に見えた商品で確信に変わった。
白き娘の涙〈ホワイト・ティアー〉
キラキラした大粒の白い宝石が嵌められた、大ぶりの首飾り。思わずフィンシスの語彙が飛んでしまうほど美しく、見るからに高価。値段が書かれていないのがむしろ恐ろしい。居心地の悪さが背後から一気に襲いかかってきた。土埃のついた靴で絨毯を踏んでいることすら無礼に感じる。間違いない、ここは自分たちが来るべき店ではなかったのだ。何かの拍子にこの眩い宝石たちを傷つけてみろ、来世まで鉱山働きになりかねない。
ここは撤退するしかない。そう腹を決めてフィンシスが後ろを振り向くと──
ユウリが忽然と姿を消していた。
急いで店内を見回すと、すぐに見つけることはできた、できたのだが。
飾り棚の奥、カウンターの側で、店主と思わしき老婆に話しかけているユウリの姿がある。いつの間にあんな所まで。今度は老婆の抱く猫妖精を撫で回している。待て、いくらなんでも大胆が過ぎるだろう。
フィンシスがハラハラと耳を上げ下げしている間に、素知らぬ顔をしてユウリは戻ってきた。そのまま何食わぬ様子で扉を開けるものだから、フィンシスはもはや気が気ではない。旅に欠かせぬ動じない心が、早々に瓦解した瞬間だった。
「猫、ふわふわだった」
「…………そうかい」
「菓子ももらったぞ、ほら」
「…………そうかい」
「それから、面白い話も聞けたぞ」
「この街で欲しいものを心から願うと、妖精の導きを得られるらしいぞ?」
「そうか──何だって?」
TIPS15:妖精
森林や河川に生息する、極小サイズの人型の魔物。エーテルを介した物質変化を得意とし、集団で自らの生息地を妖精郷に仕立て上げる。
一般的な妖精は金属と火を恐れるが、バルアムに住まう妖精はその限りではないようだ。長い時を経て適応したのか、あるいは彼らがとびきり怖いもの知らずなだけなのかもしれない。




