剣と首飾り
「うわっ、刃こぼれしてやがる。マジかよ……」
黙々と己の剣を手入れしていたフィンシスは、思いもよらぬ損傷を目にしてそう愚痴をこぼした。
リヴィークとバルアムを結ぶ街道を進み始めて数時間。二人は、道沿いの水汲み場に立ち寄って野営していた。味気ない携帯食料で腹を満たした後、薪の側に座り、各々が自由に過ごしていた。黙々と剣を手入れするフィンシスに思うところがあったのか、ユウリが不満げに口を開いた。
「バルアムまで二日はかかるんだろう?こんな所でもたもたして大丈夫なのか」
「このペースなら明日の日没までには着くぜ。お前の寝坊を差し引いても、遅れてるわけじゃないさ」
「……歩き通しで二日じゃなかったのか」
フィンシスの見立てを聞いて納得したのか、ユウリは火を眺める体勢に戻った。しれっとまた愉快な発言が聞こえた気もするが、聞かなかったことにしよう。何度も驚いていてはキリがない。この不思議系超人と旅をするにあたって最も必要なものは動じない心だと、フィンシスは切実に感じていた。
……既に何度もため息を呑み込んではいるが、文句を言えない事情も存在してはいるのだ。ユウリが戦力として優秀すぎるのである。昼間遭遇したパンケルビーの群れを、僅か五分で叩きのめしたのには素直に感心した。しかも素手で。
おかげ様で想定よりも早く進めている。寝坊さえしていなければ、一日でバルアムまで辿り着く大偉業を成し遂げられただろうに。
口を噤んだ二人の間に、薪の爆ぜる音だけが響き渡る。ここ数日喋り通しだったからか、妙に座りが悪い。昼の戦闘で傷ついた己の剣を労いつつ、フィンシスは居心地の悪さを隠すように、ユウリへと些細な問いを投げかけた。
「お前、自分の獲物は持ってないのか?」
「大抵は素手で済むからな。何より後始末が面倒だろう、そんな風に」
そう言ってユウリはこちらの手元に視線を返す。賛同はしかねる意見だった。何しろこの剣は己の爪牙も同然、早々無下にはできない。
「かくいうお前の方が珍しい部類じゃないか?爪と牙で戦う獣人も多いと聞くぞ」
「昼間の魔獣を爪で仕留めたら、俺の手はどんな惨状になると思う?」
「……なるほどな」
生き物相手に爪を使えば最後、次の水源まで両手は真っ赤な置物と化すだろう。見た目、衛生、利便性、ありとあらゆる面でよろしくない。旅をするフィンシスにとって、剣という文明の利器は欠かせない代物であった。
手入れの仕上げに乾いた羊布で表面を拭き上げ、フィンシスは慣れた手つきで剣を鞘へと戻した。
「次の目的地がバルアムでよかったぜ。他の街なら直すのに数日はとられるからな」
「何故だ?」
「バルアムには鍛冶妖精があちこちいるんだ。金さえ渡せば即日どころかその場で修理してくれるぞ」
「随分俗物的だな。妖精種は金物を嫌うと思っていたが」
「バルアム以外なら確かにそうだな。これも進化ってやつなのかね」
「進化、か」
フィンシスの言葉にユウリはしばし考え込んでいたが、何かを思い出したかのように突然自分の鞄を漁りだした。
「もしかして、これも直せるのか?」
そう言ってユウリが鞄の中から取り出したのは、手のひら大の小袋。中に入っていたのは、切れた金属製のネックレスだった。装飾品というには些か無骨で、真ん中に二枚のタグが括り付けられている。彫られているのは……記号だろうか?フィンシスには見覚えのない代物だった。
「まぁ、直せるだろうよ。店によって得意な加工が違うから、細工専門の妖精を探さねぇとな」
「どこで直しても変わらないんじゃないか?大して凝った造りでもあるまいし」
「適当な奴に任せるとまたすぐ切れちまうぞ。大事なんだろ、それ」
「……ならそうする」
フィンシスの言葉を聞いて、ユウリはそっと袋を鞄に戻した。よほど期待しているのだろうか、鼻歌でも歌い出しそうな雰囲気だ。
「明日こそ、明日こそ朝一で出るぞ」
「寝坊すんなよ」
「じゃあ寝なければいい話だ。見張りしとく」
「そうかい」
何やらやる気を見せるユウリに不寝番を任せて、フィンシスは早々に寝入ることにした。昼近くまでぐっすり寝ていたユウリと違って、こちらはきちんと朝一から起きていたのだから。
TIPS14:パンケルビー
妖精の青い森付近に分布する中型の魔獣。気性は穏やかで臆病だが、春先の繁殖期を迎えると凶暴化する。縄張りに踏み入った旅人に向かって、突進していく姿が度々見られる。
肉は硬質で、食用にされることは少ない。




