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幕間③──死の淵に佇む者たち

第一章、完結となります。

ここまで読んでくださった方、ありがとうございます。


もし続きも読んでみたいと思っていただけましたら、ブックマークや評価をしていただけると励みになります。

 ユウリとフィンシスがリヴィークを発つ、その十刻程前のこと。

 夜の闇に沈む墓地街、その入口に麗しい女の姿があった。


 頭から爪先まで、漆黒の礼服に身を包んだ淑女。その容貌だけを見れば、墓参に訪れた街人と言えなくもない。しかし、鼻歌を口ずさみ、笑みを湛え、足取り軽く進んでいく様は、死者を弔うというにはあまりにも不遜で、不純で、不謹慎であった。

 彼女の弾む足先が墓地街の境界を跨いだ瞬間、


  その足元を、眩い閃光が掠めた。


 

「そこの生者、止まりなさい。ここは墓地街、あなたのいるべき場所ではありません」


「──そうなのですかぁ?日暮れ頃はあんなにも騒がしかったというのに」


  閃光の放たれた先、暗闇の中から少女が姿を現した。墓地街の管理人、埋葬封印用死体人形。本来であれば誰に対しても礼節を忘れぬはずの彼女は、冷徹にその標的を見据えていた。


 


「七番通りに不法投棄された亡者と同質のエーテルパターンを感知しました。……犯人は、あなたですね」

「わたくしからのプレゼント、あの巡礼者さんは気に入っていただけたのでしょうか?」


 死体人形は答えない。自白と同義の言葉に警戒を強めたのか、あるいは返答の代わりか、即座に攻撃魔法を展開した。

 

三重螺旋雷槍ミナティックボルト、複合展開……射出ッ!」


  簡易詠唱。少女が諳んじる言葉と並行して、六基の魔法陣が空中に展開される。それらは焦げるような音と共に槍状の光を形成すると、少女の言葉を置き去りにして標的へ目掛け放たれた。螺旋を描く六筋の光の槍が、墓地街の闇を切り裂いて、文字通り光の速さで女に迫り──直撃した。 


 初撃を命中させたものの、少女は警戒を微塵も緩ませなかった。いまだエーテル反応は健在、揺らいだ気配すらない。やがて光が消えていき露になった少女の目前には、雷槍の直撃を受けたはずの女が、その微笑みを崩さぬままに立ちふさがっていた。女の後ろには、先ほどまで見えなかったもの……少女の身の丈ほどもあるしなやかな尾が、わずかな黒煙と共に揺らめいている。確かに雷槍は命中した。が、あの蛇のような長い尻尾、そのたった一振りで防がれたのだ。


 死体人形はその事実に狼狽えることなく、標的の危険度を再評価していく。自身の持つ最速の魔術は標的への有効打足りえなかった。使用魔術の上位化──却下。これ以上の殺傷力を持つ魔術を即座に放つのは不可能。前線職がいない以上、完全詠唱の隙は致命的な危険を伴う。であるならば──


 女の健在を視認した直後、少女の体が弾丸のように肉薄する。人体への負荷を無視した、身体強化魔術の多重展開。岩をも蹴り砕く一撃を、女は瞬時に見切り、ひらりと避けた。その死角から、再び放たれる閃光。規模を縮小し無詠唱で展開された雷槍が、女の頬、その真横を掠めた。


「あら危ない」 


 石畳を砕きながら殺到する少女の手足を、背後から音もなく射貫かんとする光の槍を、女は踊るように躱していく。

 死体人形は息も切らすことなく猛攻を繰り出しながら、標的への有効打を演算し続ける。しかし、いくら思考を回そうとも、最適解が見つからない。少なくとも彼女の持ちうる手札では、侵入者を排除することは叶わない……!


 猛襲の刹那、女の体がわずかによろめく。周囲に散らばる石畳の破片に足を取られたのだ。少女はその僅かな隙を見逃すことなく、女の胸へ吸い込まれるように拳を繰り出す。全身全霊の一撃が女の肉体へのめりこむ、その瞬間──


 少女の「おいた」を咎めるかの如く、鋭い尾が、彼女の肉体を袈裟に切り裂いた。血液を模したエーテル循環水が、肩口から腹を通る傷口に沿って吹き出していく。そのまま崩れ落ちていく少女の体を、舞踏の終幕を飾るように、女はそっと抱き止めた。


「楽しい舞踏会でした。でも残念、楽しい時間はここまでのようです」


 人形を愛玩するかのように少女を見つめる女。どこまでも余裕を崩さないその顔へ唾を吐くかように、少女は最後の言葉を口にした。 


「緊急用広域殲滅術式を強制起動……絶対に逃がしません。私と共に消し炭になっていただきます」 


 捕らえられ、追い詰められた彼女の、最期の抵抗。肉体に刻まれた自爆用の術式を、少女はなんの躊躇いもなく起動した。体内を流れるエーテルが急速に励起し、皮膚の下を焼きながら収束していく。 常人であれば悲鳴を上げてのたうつような、生者には到底扱えぬ術式。しかし彼女は既に死体。痛みを感じる神経を、自己の存続性を案じるような本能を、死体人形は持ち得ない──


 が、一手遅かった。


「おやまぁ、可愛らしい抵抗ですこと」


 女の腕から突如として『発生』した無数の触腕が、少女に襲いかかる。ぬらりとした先端から覗いた大口が、彼女の体を啄んでいく──胸、胴、二の腕、太腿。収束するエーテルの光さえ飲み込み、胴体から千切れ地面に落ちた手足さえ残らず食い尽くされる。反撃の余地さえ与えられないまま、死体人形はその核ごと捕食された。


 再び静寂を取り戻した墓地街には、うっそりと微笑む女怪の影のみが残っていた。 


「さて、と。今までは追いつくのが精一杯でしたけれど、次の街へはゆっくりと向かわれるみたいですから。たぁくさん、おもてなしをご用意しなければ……ねぇ、巡礼者さん」


 誰に聞かせるでもなくそう呟くと、女は嫋やかな足取りで墓地街の暗闇へと消えていった。



TIPS13:三重螺旋雷槍ミナティックボルト

 第三等級に位置する雷属性魔術の一種。雷光を束ね、螺旋状の槍を形成し高速で射出する。光の収束と回転、二種のエーテル操作を要求されるため、見た目の単純さ以上に習得難易度は高い。展開速度に優れ、最速魔術の議論にもしばしば名を連ねる。

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