008 ゴールデンウィークが終わる
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キャンプから帰ってきた翌日の朝、目が覚めたのはいつもより少し遅い時間だった。窓の外から差し込む光がやけに白くて、昨日まで山の中で過ごしていたのが少し遠い出来事のように感じる。
体を起こしてリビングに向かうと、すでに朝食の準備は8割ほど済んでいた。焼いたパンの匂いと、コーヒーの香りが混ざっている。
「おはよう。キャンプどうだった?」
母親はフライパンから目を離さずにそう聞いてきた。
「普通に良かったよ。人も多かったけど、思ってたより静かだった」
「へえ、どこ行ったんだっけ」
「軽井沢の方。途中で道の駅いくつか寄ってさ」
パンをかじりながら、思い出したように続ける。
「上州豚のかつ丼食べたり、八ッ場ダムの方も通ったし、雷電くるみの里とかも寄った」
「そんなに寄り道してたの」
「寄り道っていうか、今回はキャンプを楽しむために、道の駅に寄ったまであるからね」
母親は少し呆れたように笑ったが、特に否定はしなかった。
軽くキャンプ場の雰囲気も話す。ファミリーが多かったこと、静かに過ごす人と賑やかな人で分かれていたこと。自分はその中間くらいの場所で、ただ飯を作って映画を見ていたこと。
「変わらないわね、あなたは」
そう言われて、何となく肩をすくめる。朝食が終わるころに、クーラーボックスに残っていた物を思い出し、
「そうだ、これちょっと処理しとくか」
キッチンにキャンプの残りの野菜たちを持っていく。母親に野菜の残りを渡し軽く断ってから、両親たちが食べきれていなかった熊肉と鹿肉を、キッチンペーパーで表面の水分を取る。軽く塩を振ってからラップをせずに冷蔵庫へ入れる。
少し乾燥させて旨味を凝縮させるつもりだ。キャンプで食べたBBQやシチューも悪くなかったが、調理法を変えても美味しいと確信できた。
こういう細かい作業をしていると、キャンプの延長みたいな感覚になる。
午前中はそのまま庭に出て、キャンプギアの手入れを始めた。
テントはすでに干してあるので、ポールの拭き上げとペグの汚れ落としが中心になる。砂や土を落として、一つずつ袋に戻していく作業は地味だが嫌いではない。
バーナーのガス残量を確認し、ダッチオーブンには軽く油を塗る。錆びないようにするためのいつもの工程だ。クーラーボックスも中を空にして乾燥させる。キャンプ中の匂いがまだ少し残っているが、これはこれで悪くない。
こうしていると、またすぐにでも行けそうな状態になる。
昼前には一通り片付けが終わり、少しだけベッドに横になった。外から聞こえる生活音がやけに遠く感じる。
夕方、そろそろバイトの時間が近づいてくる。俺は着替えを済ませて家を出た。
向かう先は、駅前の居酒屋。大学生バイトが多い、普通の店だ。厨房担当なので接客はほとんどない。店に入ると、すでに仕込みは進んでいた。
「お疲れ。今日もよろしくな」
社員の声に軽く返事をしてエプロンをつける。
最初の仕事は野菜のカットだった。キャベツ、玉ねぎ、長ネギ。キャンプでやっていたことと同じなのに、場所が変わるだけで別物のように感じた。フライパンの音、油の匂い、注文の紙が流れていくスピード。店内は常に忙しい。
キャンプの静けさとは真逆だ。それでも不思議と嫌ではなかった。こういう流れの中にいると、逆に頭が空になる。
時間はあっという間に過ぎていき、気付けば閉店作業に入っていた。皿洗いを終え、床を軽く掃除して、ようやく1日が終わる。
帰り道は少しだけ疲れていたが、悪い疲れではない。
ゴールデンウィーク後半は、そのままバイトが続いた。
昼は軽く寝て、夕方から夜は居酒屋。そんな単調な繰り返しだったが、特に不満はなかった。何も考えずに過ごせる時間は楽だった。
キャンプのことも、少しずつ記憶の端に追いやられていく。
そしてゴールデンウィーク最終日。
夜、バイトが終わって帰宅した後、ベッドに腰を下ろした瞬間、ふと現実に引き戻される感覚があった。
明日から大学か。
別に何かされたわけじゃない。いじめられているわけでもない。ただ、馴染んでいないだけだ。
授業中も、休み時間も、誰かと深く関わることはない。話す相手がいないわけじゃないが、自然と距離ができている。
孤立している、と言うほどでもないが、輪の中心にいることもない。その曖昧な位置が、妙に居心地を悪くする時がある。キャンプの時の静けさとは違う。あれは自分で選んだ孤独だが、大学のそれは違う。
スマホを見ても特に通知はない。ベッドに倒れ込むように横になる。明日からまた同じ日常が始まる。
それだけのことなのに、少しだけ呼吸が重くなった気がした。天井を見上げながら、俺は目を閉じる。
そのまま、ゆっくりと意識が落ちていった。
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