067 ミミの検診結果……
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目を開けると、部屋はすっかり明るくなっていて、階下から包丁の音が聞こえてくる。扉を開けてたら、ここまで響いてくるんだな。
「朝か」
着替えてリビングへ降りる。
「おはよう」
「おはよう」
母さんは朝食の準備中だった。隣の部屋……リビングでは、
「にゃ」
テレビの前に置かれたクッションへ座るミミ。当たり前のように、タブレットを器用に操作し、自分で旅動画を流している。
「すっかり慣れたもんだな」
俺が近付いても、動画を止めることなく1度だけこちらを見る。
「ブラッシングしてもいいか?」
「にゃ」
許可が出たらしい。隣へ座り、ブラシを取り出す。首の後ろからゆっくり毛並みに沿って梳かしていく。
ごろごろごろ……
気持ち良さそうに喉を鳴らしている。苦しゅうない、って顔をしている気がする。背中、脇腹と順番にブラッシングしていく。
少し場所を変えようとした瞬間、
「にゃっ!」
軽く前足で叩かれた。
「そこじゃない?」
もう一度背中を梳かすと、
ごろごろごろ……
満足そうに喉を鳴らす。
「注文が多いな」
思わず笑ってしまう。
そこへ、
「おはよー」
楓も眠そうに目を擦りながら降りてきた。
「ミミちゃん、おはよ」
ミミの隣へ座った。
ブラッシングも終わったので、1度抱き上げて向きを変えようとして、
「……ん?」
腕へ伝わる重さに違和感があった。
「ミミ」
「にゃ?」
「お前、太ったか?」
一瞬、部屋の空気が止まる。
次の瞬間、
ぽすっ! ぽすぽすぽすっ!
前足による連続猫パンチ。
さらに後ろ足で、 けりけりけりっ!
「痛っ!」
思わず腕を伸ばして、顔を背ける。
「お兄ちゃん……」
楓が呆れたような顔をした。
「ノンデリだよ……ミミちゃんも女の子なんだから、体重の話はタブーなの」
「いや、そうは言うけどさ」
苦笑しながらミミを見る。
「猫って100グラム違うだけでも、体への影響が結構あるだろ……」
若返っているようには見える。それでもおばあちゃん猫には違いない。
「心配して聞いてもおかしくないだろ?」
「それは……そうなんだけど」
楓も少し考え込む。
「そういえば、あれから病院に行ってないよね。1回検査してもらおうか?」
その言葉に、ミミは露骨に嫌そうな顔をした。
「にゃぁ……」
行きたくない……そんな声にしか聞こえない。
でも楓が優しく抱きしめる。
「心配だからお願い」
ミミは小さくため息をつくように鳴いた。
「……にゃ」
渋々了承したらしい。その様子を見ていた父さんも頷く。
「俺も1度診てもらった方がいいと思う」
母さんも賛成だった。
「じゃあ今日の午前中は病院だな」
準備を整え、俺たちはミミを連れて動物病院へ向かった。
受付を済ませると、しばらく待合室で順番を待つ。学生は夏休みとはいえ、世間一般では、平日の午前中だからか、それほど混んではいなかった。
犬を連れた人や、キャリーケースへ入った猫が何匹かいる。
ミミはというと、
「にゃ……」
キャリーケースの中で少し不満そうな顔をしていた。
「そんな顔するなって」
「にゃ」
返事はするものの、納得はしていないらしい。それでも暴れたり騒いだりすることはなく、大人しく順番を待っている。
「九十八さん」
名前を呼ばれ、診察室へ入る。
「ミミちゃん、久しぶりですね」
いつもの獣医さんが笑顔で迎えてくれた。
「今日は検査をさせてもらうから、よろしくね」
「にゃぁ……」
嫌そうな声を出しながらも、診察台へ乗る。
「それじゃあ失礼しますね」
まずは触診。背中やお腹、足を順番に触っていく。
「筋肉の付き方がよくなっていますね」
続いて口の中、耳、目も確認する。
「歯も前より綺麗ですね。年齢を考えると、とても状態がいいです」
さらに簡易的な血液検査も行うらしい。採血の準備が始まると、
「にゃ!」
ミミは前足を引っ込めようとする。
「ミミちゃん、お願い」
楓が優しく声を掛ける。
「少しだけだから」
嫌そうな表情は変わらない。それでも観念したように前足を差し出した。
「ありがとう」
獣医さんも優しく声を掛けながら採血を終える。
「結果が出るまで少しお待ちください」
待合室へ戻り、30分ほど待つ。
「九十八さん、どうぞ」
再び診察室へ呼ばれた。
獣医さんは検査結果を見ながら、少し興奮した様子だった。
「驚きました」
「何かありましたか?」
「以前は若返ったように見える、とお話ししましたよね」
「はい」
「今回詳しく調べた結果、原因は不明ですが、本当に肉体年齢そのものが若返っています」
思わず楓と顔を見合わせる。
「体重は以前より増えていますが、太ったわけではありません」
獣医さんが続ける。
「筋肉量がかなり増えています。余分な脂肪は減っていて、体つきはアスリートに近いですね」
「だから太ったようには見えなかったんですね」
納得した。重く感じたのは、筋肉が増えたからだったのか。
すると獣医さんの表情が少し真剣になる。
「そして、ここからが本題です」
「本題?」
「以前は、いくつか慢性的なウイルス感染や加齢による不調が見られていました」
俺も楓も息を呑む。
「ですが現在は、それらが完全に消えています」
「全部ですか?」
「はい」
獣医さんは大きく頷いた。
「体に悪影響を与えるものが、今回の検査では確認できませんでした」
大きく息を吸い込んで、
「つまり……非常に健康です」
思わず笑みがこぼれる。楓もほっと胸を撫で下ろしていた。
ミミ本人はというと、
「にゃ」
当然、と言いたげな顔で毛繕いを始めている。
「実はですね」
獣医さんは少し言いにくそうに続けた。
「同じような報告が、何件かありまして……」
「同じような?」
「ペットや、動物園で飼育されている動物です」
全国の獣医師同士の情報共有で、似た症例が何件か確認され始めているらしい。
「そこでお願いがあります」
深く頭を下げられた。
「今後も定期的に検査へ来ていただけないでしょうか。もちろん、検査にかかる費用は全額、獣医師協会で負担します。協力金として、いくらかは報酬として支払われることになります」
研究目的でもあるらしい。俺は少し考えてから答えた。
「協力すること自体は構いません」
獣医さんの表情が少し明るくなる。
「ただ条件があります」
「条件ですか?」
「こちらの都合を優先してください」
学校や仕事、予定もある。いつでも呼ばれて行けるわけではない。
「依頼の相談は受けます。でも必ず事前に連絡してください」
「もちろんです」
「あと、主治医は先生のままでお願いします」
「ありがとうございます」
一番大事な条件を伝える。
「それと、ミミが嫌がることはしないでください」
その言葉に、ミミがこちらを見上げた。
「研究のためだからって無理をさせるつもりはありません」
獣医さんは真剣な表情で頷く。
「その条件なら、お約束できます」
俺は楓を見る。
「私はいいと思う」
「にゃ」
ミミも少し考えたあと、小さく頷いた。
「じゃあ、その内容でお願いします」
その場で簡単な確認書を作ってもらい、俺と楓が署名すると、
「にゃ」
ミミが前足を差し出した。
「……まさか」
肉球へ軽くスタンプインクを付けると、ぺたっ。
確認書へ肉球の跡が付いた。
一瞬、診察室が静まり返り、獣医さんは目を丸くしていた。
「これは……」
思わず笑ってしまう。
「本人も契約したかったみたいです」
獣医さんは苦笑しながら確認書を見つめていた。
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