052 レザークラフト体験
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工房の奥へ案内されると、店長は作業台の上へ一枚の革を置いた。
「レザークラフトのイメージって、革を切って、穴を開けて、縫い合わせて完成……そんな感じだと思われがちなんだけどな」
革を軽く撫でながら笑う。
「実は何十もの工程を経て完成する、一つの芸術品なんだよ。特にハンドメイドは、同じ型紙を使っても、まったく同じ物は作れない。一点ものになるんだ」
俺は思わず頷いた。初心者キットを作った後に調べてみたが、想像以上に工程が多くて驚いたのを覚えている。
「簡単なところで言えば、革を切っただけだと、この切り口がささくれてるだろ?」
店長は革の断面を指差した。
「この部分を『ヘリ』って言うんだ。このヘリを整えるだけでも、何工程かある」
そう言って機械の前へ移動した。
「これはグラインダー」
高速で回転する溝が彫られたものがグラインダーと呼ぶらしい。よく見ると、それぞれ溝の太さが違い、やすりの種類も違うようだった。
「革の厚さや形に合わせて使い分けるんだ」
店長は革のヘリを溝へ軽く当てた。一定の音を立てながら、革を滑らせるように動かした。
力なんて入れていないように見えるのに、見る見るうちに切り口が整っていった。
「こんな感じだな」
店長は加工前と加工後の革を並べる。
「こっちとこっち、触ってみて」
俺と楓はそれぞれ一枚ずつ手に取った。
「えっ!? こんなに変わるんですか?」
「えぇ!? すごいすごい!」
思わず声が漏れる……切ったままだとざらつきがあるが、磨いた方は指が滑る。楓も何度も触り比べていた。
「こうやって研磨して整えることで、ほつれやひび割れを防ぐんだよ」
何気ない説明だったが、店長の手元を見ると、一切迷いがない。長年積み重ねてきた技術なのだろう。
「でも、これだけじゃ終わらない」
店長はスポンジへ染料を付ける。
「革に色が付いていると、切り口だけ色が違うだろ?」
確かに、表面は濃い茶色なのに、切り口は薄い色のままだ。
「だからヘリにも色を付ける」
スポンジで丁寧に染料を塗り込む。さらに透明な液体を取り出した。
「これはふのりを使った仕上げ剤。これでコーティングしてから……」
専用の道具を取り出し、ヘリを何度も擦り始めた。一定のリズムで擦るたびに、断面に艶が出てくる。
「これで下仕上げ……って言っていいのかな。その後、物にもよるけど3回くらいアクリル塗料でコーティングして、一段落かな」
俺は思わず苦笑した。この工程だけで十工程近くあるじゃないか。
「他にも大きい物……特に重さが掛かる椅子なんかは、中へ厚手の布を入れて芯にしたりするんだ。革だけだと伸びちゃうからな」
話しながらも店長の手は止まらない。一つの作業が終われば、すぐ次の工程へ移る。流れるような動きだった。
「じゃあ、この擦るところは2人もやってみるか」
俺たちへ色を塗った革と専用の道具を渡された。
「程よい力で擦ればいいから」
俺と楓は並んで作業を始めた。
ギュッ、ギュッ……
最初は力加減が分からない。
「そんな感じ」
店長が横で見ながら頷く。
何度も擦っているうちに、色がどんどん馴染んでいく。
「あれ?」
「お兄ちゃん!」
楓も驚いていた。
さっきまででも十分きれいだったのに、擦れば擦るほど一体感が生まれていく。切り口だけ浮いていた色が、自然に表面と繋がっていくようだった。
思わず2人で顔を見合わせる。
「不思議だろ?」
「なんか、魔法みたいです」
「スキルがある世界で魔法って言われると、なんだかむず痒いな」
店長は照れ笑いした。
「俺から見れば、妹ちゃんのスキルの方がよっぽど魔法みたいだけどな」
確かに……言われてみればそうだった。
楓の《トレーナー》は、ミミと話すことができるんだから、普通に考えたら、よほど不思議な力だった。
その後も店長に頼まれた作業を手伝いながら、様々な工程を教えてもらった。
金具を取り付ける位置決め、縫い穴を均等に開けるための道具……糸にも種類があり、作品によって使い分けること。
一つひとつの工程に意味があり、どれ一つとして無駄なものはなかった。
ふと店長が作業の手を止めた。
「買ってプレゼントするのか、自分で使うのかは分からない。でもな、使ってくれる人のことを思って作るのが一番大事なんだ」
俺たちは自然と手を止めた。
「さっきヘリを擦っただろ? あれも、ささくれで指を怪我しないようにするためだ。色を合わせるのだって、違う色のままだと何となく格好悪いだろ? そういう細かいところまで考えて、一つずつ手を掛ける。それが職人の仕事なんだよ」
工程が多いことは知っていた。でも、その一つひとつに、使う人への気遣いが込められているなんて考えたこともなかった。
だから革製品は長く使われ、大切にされるのかもしれない。
店の隅を見ると、持ってきたクッションの上でミミが丸くなり、楓の近くの椅子で気持ち良さそうにこちらを眺めている。母親は……いつの間にか帰っていた。
「にゃあ」
たまに鳴くだけで、後はずっと大人しくしていた。
気付けば、4時間近く経っていた。
「今日はありがとう」
「こちらこそ、本当に勉強になりました」
俺と楓は深く頭を下げる。
「ありがとうございました!」
店を出ると、俺はそのまま居酒屋へ向かう準備をする。
「お兄ちゃんはバイトだよね?」
「そうだけど?」
「じゃあ、ミミちゃんと散歩しながら帰るね!」
「にゃー!」
返事をするようにミミが鳴いた。
「気を付けて帰れよ」
楓はハーネスを付けたミミと一緒に楽しそうに歩き始める。いや、歩くというより、小走りだった。その後ろをミミも尻尾を立てながらついて行く。
仲がいいな。
その光景を見送ってから、俺は居酒屋へ向かって歩き出した。
あの場所では言えなかったけど、手伝っている途中に……革細工スキルを取得してしまったんだよな。どんな効果があるんだろうな。
たった4時間程度の手伝いだった。それなのに、まさかスキルまで覚えてしまうとは思ってもいなかった。
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