051 アクティブになるミミ
アクセスありがとうございます。
目を覚ますと、まだカーテンの隙間から光は差し込んでいなかった。
「……今日は早いな」
スマホで時間を確認すると、昨日よりかなり早い……布団の上で軽く伸びをする。
「やっぱり昨日は、精神的なものだったのかな」
ゴブリンを倒したこと……半強制的に徹夜させられて仮眠をして、家に帰った後に昼寝までしたのに、夜もぐっすり眠ってしまった。
体は回復していたはずなのに、あれだけ眠ったのは精神的な疲労が残っていたからなのかもしれない。
そんなことを考えながら着替えを済ませ、部屋を出て階段を下りると、すでに台所から包丁の音が聞こえていた。
「おはよう」
「あら、おはよう。今日は早いわね」
母さんは朝食の準備をしながら振り返る。
「母さん、いつも早くて大変じゃないの?」
ふと気になって聞いてみた。俺はキャンプ設営の効果で疲れにくくなっているが、母さんは毎日家事をこなしている。
「翼のスキルが影響する前から、いつもこの時間には起きてたんだから、スキルが効いている今は昔より楽よ」
母さんは笑いながら味噌汁をかき混ぜる。昔からの生活習慣というのは、案外変わらないものらしい。
何となく縁側へ目を向ける。
「あれ?」
今日はいない。いつもなら縁側の真ん中を堂々と占領している時間なのに、姿が見えない。少し視線をずらすと、掃き出し窓のすぐ内側。
お気に入りのクッションの上で、香箱座りをしたミミが外を眺めていた。
「今日はこっちか」
近寄って背中へ手を伸ばし、ゆっくりと撫でると、
「にゃぁ」
優しい返事が返ってきた。まるで『苦しゅうない』と言っているみたいだ。
「相変わらず偉そうだな」
くすっと笑いながら撫で続ける。毛並みはふわふわで、指が自然と滑っていく。3~4分ほど撫でて満足しただろうと思い、手を離そうとした、その瞬間。
「にゃあー!」
さっきより少し強い声が飛んできた。
「……まだ?」
「にゃっ」
即答だった。再び手を動かす。
すると今度は満足そうに目を細め、ゴロゴロと喉を鳴らし始めた。
「最近、本当に分かりやすいな」
以前なら鳴き方の違いなんて、ほとんど気付かなかった。
でも最近は、撫でてほしい、ブラシをかけてほしい、外へ出たい……そんな感情が、何となく伝わるようになってきた気がする。
15分ほどしっかり付き合うと、ようやく満足したらしい。尻尾を一度だけ揺らし、そのまま再び外を眺め始めた。
今度は止められなかった。
そのまま朝食の準備を手伝い、少しすると楓が眠そうな顔で階段を下りてきた。
「おはよー……」
「おはよう」
「楓、明日予定あるか?」
まだ頭が回っていないのか、少し考えてから首を振る。
「何もないよ」
「じゃあ一緒にレザークラフト行こう」
「行く!」
返事だけは早かった。
「……そういえば何時なんだ? 今日、バイト前に聞いてくるよ」
「お願い」
朝食を食べ終えた後は、特に予定もない。ゲームをしたり、小説を読んだり、のんびりした時間が流れていった。
夕方、少し早めに家を出て、居酒屋へ向かう前に隣のレザークラフト工房へ立ち寄る。
店内へ顔を出すと、昨日会った店長が革を裁断していた。
「すいません。昨日の話をしに来たんですが……」
「おっ? 居酒屋のバイトの子だな」
「はい。本当に明日体験させてもらえるのかの確認と、体験するのにいくらくらい掛かるか聞いておこうと思いまして」
店長は手を止めて笑う。
「んー、どんな体験をするかにもよるけどな」
少し考え込んでから続けた。
「翼君は手伝いながら覚える形なら、特に気にしなくていいぞ」
「俺はそっちの方が嬉しいです。どんな仕事をしてるのか知れますし」
「妹さんは?」
「どうなんだろう……」
体験の方がいい気もするし、本人次第だ。
「まぁ、明日来てから決めればいいさ」
店長は気軽に言う。
「来るなら昼飯を食べてからがいいな。途中で食事になると落ち着かないから、13時頃に来てくれ」
「分かりました」
いくつか雑談を交わし、そのまま居酒屋へ向かう。
今日は、開店したばかりの時間は客が少なく、少し余裕があった。
「九十八」
店長が声を掛けてきた。
「そういえばキャンプどうだった?」
「実は……」
苦笑しながら一部始終を話す。
ゴブリン、子どもたち、ダンジョン管理局、そして朝まで拘束されたこと……店長は最後まで聞くと、大きくため息を吐いた。
「何もなくて良かったけどさ……もしその間に何か起きたら、結局自己責任って話になるんだろ?」
「多分……」
「だったら制度を変えないとな」
父さんとほとんど同じ意見だった。
「そのうち絶対大きな問題になるぞ」
それ以上話す時間はなかった。
開店から1時間ほど経つと、一気に客が増え始めた。
「いらっしゃいませ!」
挨拶、注文、配膳、片付け、会計……気付けば店内は満席になり、いつも以上の忙しさだった。
「九十八! 追加お願い!」
息をつく暇もない……夢中で働いているうちに、
「お疲れ!」
店長の声でようやく仕事が終わったことに気付いた。
「今日、やばかったですね……」
帰宅すると、
「にゃー!」
真っ先にミミが玄関まで迎えに来てくれた。抱き上げると、素直に腕の中へ収まる。
「明日、レザークラフト行くことになったぞ」
「にゃっ」
「妹と一緒に体験できるらしい」
「にゃー」
ちゃんと理解しているのか、それとも偶然なのか。タイミングよく返事をしてくれるものだから、つい話し続けてしまう。
「どんなことするんだろうな」
何だか今日は、いつもより会話が成立している気がした。
その後は風呂へ入り、布団へ潜り込む。
翌朝、目を覚ますと、ちょうどいい時間だった。
「昨日少し遅く寝たのが良かったのかな」
身支度を整え、リビングへ向かう。
「あっ、お兄ちゃん!」
今日は、俺が呼ばれる前に楓が起きていた。ミミと遊びながら、こちらを見る。
「ミミちゃん、お兄ちゃんの話を聞いたから、一緒に行きたがってるんだけど、どうする?」
ミミを見る……
「にゃっ!」
行く気満々だった。
「いやいや、さすがに連れて行くことはできないぞ」
「にゃああ」
抗議だった。
どうにもできないんだが……すると母さんがミミを抱き上げる。
「ミミちゃん。2人を送っていく時に一緒に行こうね。ハーネスを付けて行けば、お店の入り口までは連れて行ってあげるから」
「にゃ……」
少し考えるような顔をしてから、小さく鳴いた。どうやら納得したらしい。
「そうだ楓、お前のスキル、説明してもいいなら店長さんに話してみようと思うんだけど」
「んえ?」
楓は少し驚いた後、
「別に隠すつもりはないからいいよ」
あっさり頷いた。これで話しやすくなった。昼食を済ませると、家族でレザークラフト工房へ向かう。店へ入ると、店長が笑顔で迎えてくれた。
「店長さん、すいません。うちの猫がどうしても付いて来たいって言いまして……母が抱っこしておきますので、少しだけ中へ入れてもいいですか?」
「おっ? 猫か」
店長はミミを見て目を細める。
「革の棚に近付けなければ問題ないよ。ただ臭いがきついから、あまりいたがらないと思うぞ」
許可をもらい中へ入ると、ミミは母さんに抱かれたまま店内をきょろきょろ見回していた。
その様子を店長が何度もちらちら見ている。猫好きなのが丸分かりだった。楓は苦笑しながらミミへ話しかける。
「ミミちゃん、店長さんが撫でたそうにしてるけど、嫌じゃない?」
「にゃ」
「いいって」
母さんが床へ降ろすと、店長は嬉しそうにミミを撫で始めた。
「可愛いなぁ……」
ぽつりと漏らす。
「ミミちゃんは、言葉が分かるのかな?」
その問いに俺は少しだけ声を潜めた。
「一応、秘密にしてほしい話なんですが……妹のスキルが『トレーナー』で、ミミの言ってることがある程度、理解できるみたいなんです」
「それは羨ましいなぁ」
店長は心底羨ましそうに笑った。
「俺もペットたちの気持ちが分かったら最高なんだけどな」
そして手を叩く。
「よし。翼君は手伝いって話だったけど、妹ちゃんは体験がいいか? それとも一緒に手伝う?」
楓は迷わず答えた。
「お兄ちゃんと同じで」
店長は笑いながら立ち上がる。
「じゃあ、まずはレザークラフトがどんな仕事なのか説明しながら、2人にやってもらいたいことを教えるよ」
ここまで読んでくださり、ありがとうございます。
ブクマや評価をしていただけると幸いです。
これからもよろしくお願いします。




