050 日常に戻れた?
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目を覚ますと、カーテンの隙間から差し込む光で部屋が明るくなっていた。
「……あれ? 結構寝たな」
昨日は帰宅してから昼寝までしたというのに、思っていた以上によく眠っていたらしい。ベッドへ腰掛けたまま、ぼんやり考える。
「やっぱり……」
頭に浮かんだのは、あのゴブリンのことだ。
必死だった。子どもたちを助けるため、無我夢中で木の棒を振り続けた。後悔はしていない。だが、魔物とはいえ、自分の手で命を奪った事実は残る。
「心に影響でもあったのかな……」
小さく息を吐き、立ち上がって軽く体をほぐす。肩を回し、背中を伸ばしていると……
ガチャ……
部屋の扉がゆっくり開いた。
「ん?」
顔を向けると、隙間からするりとミミが入ってきた。
「お前、自分で開けたのか?」
「にゃー」
当然と言わんばかりの返事だった。そういえば最近は全然やらなくなっていたな。若い頃は器用に扉を開けて入ってきたものだが、おばあちゃんになってからはほとんど見なくなっていた。
「本当に元気になったな」
思わず頬が緩んだ。ミミは迷わず俺の膝へ飛び乗ってきた。
「よしよし」
頭を撫で、耳の後ろを掻いてやると気持ち良さそうに目を細めたが、それもほんの数秒だった。
「にゃっ」
ぴょん、と膝から飛び降りる。
「どうした?」
すると数歩歩いてはこちらを振り返り、また歩いて振り返る。
「……来いってことか?」
「にゃー」
どうやら正解らしい。ミミの後ろをついて部屋を出て、階段を下り、リビングへ入ると、
「あっ、お兄ちゃん起きてきた。ミミちゃんがお兄ちゃん呼びに行ってくれたんだよ!」
「そうだったのか」
楓はしゃがみ込み、ミミを抱き上げる。
「ミミちゃんえらいねー! かしこいねー! かわいいねー!」
頭を撫で、頬を撫で、顎まで撫で回す。
「にゃぁ……」
ミミは好きにさせているが、その表情はどこか呆れているようにも見える。
「なんか困ってないか?」
「気のせいだよ!」
そのまま家族で朝食を食べ終え、俺は荷物の片付けを始めた。
母さんの車から1つずつ道具を降ろしていく。テント、タープ、チェアー、調理器具、キャンプ用品一式……
今回は午後のうちに撤収していたので、テントもタープも乾いた状態だった。しかも設営場所は砂利だったため、ほとんど汚れていない。
「汚れたのはグランドシートくらいか」
それだって薄く土が付いている程度だ……今日は雲ひとつない快晴、庭へロープを張り、グランドシートを掛け、ホースのシャワーで軽く流すだけで汚れは落ちた。
「これなら乾けば終わりだな」
続いてクーラーボックスを開ける。
「見事に缶詰ばっかりだな。これはそのまま倉庫でいいか」
賞味期限もしばらく先だし、次回のキャンプでそのまま使えばいい。荷物を運んでいる途中、縁側の横を通ると、ミミが縁側の真ん中で優雅に毛繕いをしていた。
俺が初めて作った縁側……完成した時は、ちょっと失敗したと思ったが、今では完全にミミ専用スペースになっている。
「気に入ってくれてるみたいで何よりだ」
尻尾だけがゆっくり揺れた……その時思い出した。
「レザークラフト」
キャンプへ持って行ったのに、結局作れなかったままだ。バイトまで時間があるし、片付け終わったらやるか?
一通り荷物を運び終え、母さんの車内を確認すると、少し汚れてるな……後部座席と足元に砂が残っていた……子どもたちを助けた時、そのまま乗せたからだろう。
「母さん、掃除道具どこ?」
「物置の棚にあるわよー」
掃除機と雑巾を取り出して、丁寧に掃除する。砂を吸い取り、内装を拭き上げる。
外を見て、ついでに車の外も洗うことにした。そういえば休みに入る前、母さんがワックスを掛けたと言っていたから、なら水洗いだけで十分か。
ホースで流し、足回りを重点的に洗う。最後に水滴を拭き取る頃には30分ほど経っていた。
「終わりっと」
軽く背伸びをして縁側を見る……癒やしを求めてミミを眺めていると、
タシタシ……ブラシを前足で叩いていた。
「……やれって?」
「にゃ」
仕方なくブラシを持つと、ミミは当然のように背中を向けた。ブラッシングを始める。
ゴロゴロ……喉を鳴らしながら気持ち良さそうに目を細める。満足するまで付き合うと、ようやくこちらを向いた。
「今度は撫でてほしいのか?」
頭から背中までゆっくり撫でる。
「それ、手当てしてほしいんだって」
いつの間にか楓が隣に座っていた……ミミを見つめながら言う。
「なんか気持ちいいんだって」
「なるほどな」
しばらく撫で続けると、ミミはそのまま眠ってしまった。
さて、初心者キットを取り出す。説明書は一度読んでいた。
だが改めて見ると、穴を開け、縫い、磨き、仕上げる。
『これでも導入程度なので、そこまで面倒な工程はありません』
と書いてあり、思わず苦笑する。
2時間ほど夢中になって作業し、ようやく完成した。
「できた!」
達成感はあった。そこへ楓が覗き込んできた。
「お兄ちゃん、それって革を切って穴開けて縫っただけじゃない?」
「……その通りだな」
否定できない。気になって調べてみると、説明書に書いてあった通り、こんなにあったのか……鞣しを除いても何十もの工程があった。
今回やったのは5~6工程程度だった。
「お兄ちゃん」
楓がスマホを見せてきた。
「駅前にレザークラフト体験できる工房あるよ」
地図を見ると……うちの居酒屋が入っているビルの隣じゃないか。
「今日、店長に聞いてみるかな」
「今度行こう!」
「話聞いてからな?」
楓はすでに行く気満々だった。
夕方……少し早めに家を出て、出勤の前に隣の工房を外から覗くと、棚一面に大量の革が並んでいた。
「すごいな……」
そのまま居酒屋へ入り、更衣室で着替える。
「店長、隣のレザークラフトのお店って知ってます?」
「もちろん、俺の中学時代のクラスメイトがやってる店だぞ」
「そうなんですか」
「九十八、興味あるのか?」
「キャンプの暇つぶしに初心者キットを買って作ってみたんですけど、思ったより面白くて」
「なるほどな」
店長は腕を組む。
「どうせ今日も飲みに来るから、話してみるか」
営業が始まり、忙しさに追われていると、そのことをすっかり忘れていた。
ラストオーダー少し前。
「九十八」
店長がカウンター席を指差す。
「あいつが隣の店の店長だ」
見ると、いつも店長と楽しそうに話している常連客だった。
「よく来てる人ですよね?」
「そうそう」
店長に呼ばれ、片付けをしながら簡単に紹介してもらう。
革細工の話、キャンプの話、初心者キットを作った話……そんな話で盛り上がり、
「明後日の昼なら空いてるよ。妹さんも一緒に来なよ。体験させてあげる」
「ありがとうございます」
楓に伝えたら、間違いなく喜ぶだろう。
そんなことを考えながら、俺は閉店準備を進めた。
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