040 スキルの可能性が見えてきた
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ソファーへ腰を下ろした直後だった。
「にゃー」
ミミが猫じゃらしをくわえてやって来て、当然のように俺の足元へ置いた。
「珍しいな」
遊べということらしい。少し離れた場所では父親がこちらを見ていたその表情が、妙に羨ましそうだ。
だが選ばれたのは俺だ。
ミミは俺の前で尻尾を立てながら猫じゃらしを見上げている。
「分かったよ」
拾い上げて軽く振ると、ミミが一気に飛び付いた。
「おお」
ちょっと前なら考えられない動きだ。年を取ってからは高く飛び跳ねることも減っていた。体への負担を考えて、こちらも無理に遊ばせないようにしていたくらいだ。
それなのに今は違う。
若い頃みたいに勢いよく飛び付き、空中で前足を伸ばして猫じゃらしを捕まえようとしている。
「元気だな」
「にゃっ!」
失敗しても気にしない。着地した瞬間には次の動きへ移っている。まるでこの家に来た時に戻ったみたいだった。
猫じゃらしを左右へ振ると、ミミが追い掛ける。上へ持ち上げると、ミミが飛ぶ。そんな単純な遊びなのに妙に楽しい。
ふと楓が留学していた頃を思い出した……家の中は静かだった。
別に暗かった訳じゃない。父親も母親も元気だったし、ミミもいた。だけど今と比べると違う気がする。
楓が帰ってきたことも大きいと思うが、それ以上にミミが元気になったことが大きい気がした。
ミミが家に来てから、ミミを中心とした生活になっていた。誰かが帰ってくれば出迎えてくれるし、誰かが落ち込んでいれば近くで寄り添ってくれる。
気付けば家族全員がミミを中心に動いていたと思う。そんなうちの中心にいたミミが年を取ったことで、それに合わせて家の空気が落ち着いていたような気がする。
そんなことを考えていたせいだろう……手が止まっていた。
「おわっ!?」
ミミが飛び付いてきた。そのまま腕へ抱き着き……連続ネコキック。
「いてててて!」
「にゃー!」
完全に抗議だった。遊びの途中で止まるなということらしい……仕方なく再開する。
その後も、しばらく付き合わされ続け、気付けば20分ほど経過していた。
さすがに満足したのだろう。
「にゃ」
短く鳴くと、そのまま窓際へ向かう……風通しのいい定位置。専用クッションの上へ丸くなった。
「お疲れ様」
尻尾だけがゆっくり動いた。返事らしい。
リビングへ視線を戻すと、父親と母親は仲良く酒を飲んでいた。昼から飲み始めたせいか、かなり機嫌がいい。
というか……
「近くないか?」
「そう?」
母親が笑うが、いつもより近い。肩がくっ付いている……俺がいてもお構いなしだ。
居心地が悪いので退散することにした。
「部屋戻るわ」
完全に2人の世界である。
楓も見当たらないから、多分部屋で寝ているのだろう。
俺は自室へ戻ったが、まだバイトまで時間はある。ゲームを起動して少し遊び、飽きたら小説を読む。
気になっていた続刊も読み進める。そうしているうちに時間はあっという間に過ぎていった。
時計を見ると……そろそろ準備しなければならない時間だ。
部屋を出てリビングへ向かうと案の定、両親はかなり出来上がっている。
「大丈夫か?」
「大丈夫よ~」
全然信用できない返事だった。まあ明日も休みだから問題ないのだろう。
俺は楓の部屋をノックした。
「楓」
「ん……」
寝ぼけた声が返ってくる。
「母さんが酔ってるから自分で飯食えよ」
「りょーかい……」
理解しているのか怪しい返事だった。
うちでは時々ある光景だ。両親が昼から飲み始め、そのまま夜まで上機嫌でそのまま寝てしまうことがあった。楓が留学する前にも何度かあった。
久しぶりだから忘れているかもしれないが、最悪、米は炊いてあるから、何とかなるだろう。
俺は着替えを済ませて家を出た。
外はまだ明るく、家から離れるとなんか暑くなるが、家の周囲は相変わらず快適だった。キャンプ設営の影響だろう。
そんなことを考えながらバイト先へ向かい、店へ入ると店長がいた。
「おぅ、来たな」
「お疲れ様です」
「九十八はキャンプ行ってたのに疲れてないのか?」
鋭いところを突いてくる。だがスキルのことを話すつもりはない。
「いい息抜きができたのか、体の調子がいいんですよね」
「それは何よりだ」
店長は納得したようだった。
そして営業が開始すると、途端に忙しくなった。
満席になるほどではないが、席が空けばすぐ次の客が入る。
その繰り返しだ。
注文、配膳、片付け、補充……気付けば次の仕事。少し落ち着いたと思ったら次の客。
そんな状態が続く。
ようやく食事を取る時間ができたと思ったら、すぐに仕事再開だ。あっという間に深夜になっていた。
閉店後は掃除。床を拭き、備品を整理し、翌日の準備を簡単にする。
全て終わった頃にはかなり遅い時間だった。
「お疲れ様」
「お疲れ様です」
店を出る……夜風でも、なんだか生温い暑さだ。
家へ帰ると、リビングの明かりが付いていた。誰か起きているらしい。
扉を開けると、ソファーに楓が座って黄昏ていた。
「何してるんだ?」
「お腹空いた……」
予想通りだった。
「米あるだろ」
「ある」
「冷蔵庫は?」
「見た」
「じゃあ食えよ」
「作れない」
本当に駄目な妹だった。俺はため息を吐きながら冷蔵庫を確認する。鶏もも肉を発見。
「これでいいか」
「やった」
返事だけは元気だった。
鶏もも肉の筋切りをしていく。包丁のあごを使って鶏もも肉を叩いていく。居酒屋の店長に習った技だ。包丁の切っ先を使うより、簡単な方法で、たたきつければいいだけだから。
鶏もも肉は、多少分厚いから持ち方を工夫して、まな板まで叩く必要はないので、左手で押さえつけながら叩いていく。
フライパンへ油を敷いて、筋切りした鶏もも肉を皮面からじっくり焼く。
その間にキャベツを千切りにして、照り焼き用のタレも作る……醤油、みりん、酒、砂糖を混ぜて準備完了。
もも肉をひっくり返して、肉へ火が通ったところで、皮面をまた下にしてタレを流し入れる。
じゅわっと音が響いた。
煮詰めると、照りが出る。
いい匂いだ。
並行してスープも作る。キャベツともやしを入れた中華スープ……最後に溶き卵を流し込む。
千切りのキャベツの上に、食べやすく切った照り焼きをのせ、煮詰めたタレを肉とキャベツにかけて完成。
「できたぞ」
「おおー」
楓が席へ着き、一口食べた瞬間、顔が緩んだ。
「うまい」
「そうか」
「ありがとう」
言葉は返ってくるが、その場限りだ。どうせ料理は覚えない。
「食ったらちゃんと片付けろよ」
「はーい」
怪しい返事だった。足元を見ると、ミミが楓へ擦り寄っていた。
「にゃー」
心配しているのかもしれない。楓はミミを抱き上げ膝の上に載せていた。
俺は風呂へ向かい、汗を流し、さっぱりしてから部屋へ戻った。
「眠くないな……」
疲れが少ない。キャンプ設営の影響なのだろう……以前ならバイト終わりはかなり眠かったはずだ。
時計を見る……
「映画でも見るか」
プロジェクターをリビングから移動させて、起動する。
壁へ映像が映し出された。人をダメにするクッションへ寝転びながら映画を流す。
窓の外からは夜風が入ってくる。以前ならエアコンをつけていたのに、なくても快適な温度だ……家の周囲へ張ったタープのおかげだろう。エアコンを付けなくても十分涼しい。
映画を眺めながら思う。
キャンプ設営……本当に不思議なスキルだ。
戦闘能力はないし、派手さもない。だが生活そのものを変えてしまう気がする。
映像が流れ、静かな時間が続く。心地よい風を感じながら、俺は映画を楽しんだ。
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