030 家族キャンプ初日②
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「ふぅ……」
昼食の片付けが終わると、キャンプは急に別の時間の流れになるが、その空気を最初に破ったのはミミだった。
「にゃー」
車の中からミミの鳴き声が聞こえた。
「どうしたの?」
楓が顔を覗き込むと、ミミは視線を森の方へ向ける。
「探検したいの?」
「にゃー」
「行きたいって」
ミミは当然のように尻尾を振っている。
「いいんじゃない? ちょっと周辺見るくらいなら」
母親の許可もすぐに降りる。
「じゃあ行ってくるね!」
楓は元気よく立ち上がり、ミミと一緒に森の方へと歩いていった。リードの先でミミは軽やかに地面を確かめながら進んでいく。
「翼、コーヒーお願いできる?」
母親が当然のように言う。
「俺も欲しいな」
「了解」
ソロキャンプの時は、インスタントで済ませることも多かったが、今日は違う。ちゃんとした道具を準備している。バーナーを取り出し、ケトルに水を入れ火にかける。お湯を沸かす間に、ミルを取り出し豆を計量した。
ガリガリ、と静かな音がサイトに響く。豆を挽くと、やっぱりインスタントとは違うと感じた。香りが一気に立ち上がり、空気が変わる。
「いい匂いね」
母親が少しだけ感心したように言う。
湯が沸き、ドリッパーに粉をセットする。ゆっくりとお湯を注ぐと、コーヒーの香りがさらに広がった。3人分を丁寧に淹れ終え、カップを並べる。
「どうぞ」
それぞれがコーヒーを手に取ると、自然と一息ついた。静かな森の空気と、コーヒーの香りが混ざっている。
「楓の言っていた通り、虫が近くに来ないのね」
母親が周囲を見ながら言った。
「ほんとだな。この時期にしてはかなり快適だ」
父親も頷く。
「過ごしやすいのもあるが、虫が寄らないのはありがたい。これがキャンプ設営の能力なら、羨ましいな」
そういえば、ちゃんと両親のスキルのことを聞いたことはなかった。俺と楓のスキルは、正直意味不明なものだった。だからこそ、わざわざ比較する気にもならなかったのかもしれない。
「そういえばさ、2人のスキルって何だったの?」
何気なく聞くと、父親が軽く笑った。
「俺は並列思考だよ」
「……並列思考?」
「仕事でめちゃくちゃ役に立つ。複数案件同時に処理できるからな」
なるほど、と素直に納得できる内容だった。
「私は視力上昇ね」
母親が軽く指で目元を指す。
「少し前までコンタクトしてたけど、今は裸眼よ。免許センターに行って、わざわざ裸眼でも大丈夫なように書き換えてきたわ」
両親のスキルは、どちらも分かりやすく実用的だった。
それに比べて、俺と楓は……キャンプ設営とトレーナー、方向性がバラバラすぎる。
「スキルって遺伝とか関係ないらしいぞ」
父親が思い出したように言う。
「研究してる連中曰く、完全にランダムらしい」
「やっぱりそうなんだ」
スキルの後は、他愛のない話をしていると、森の方から足音が近づいてきた。
「ただいまー!」
楓が戻ってくる。ミミは元気だが、楓が少し疲れている様子だった。
「足拭くね」
母親がタオルを用意し、楓がタオルを受け取って、丁寧にミミの足を拭く。そのまま、車へ移動させてクッションの上にそっと降ろした。
ミミはそのまま丸くなり、すぐに落ち着いた。
「結構歩いたんだな」
「うん、いろんな匂いしてた」
楓は少し満足そうに言う。
「でも虫はそこそこいて……ちょっと大変だった」
少しげんなりしている。
喉が渇いたと楓が言ったので、残っていたコーヒーと牛乳を混ぜて楓に渡す。
くつろいでいると、
「にゃー」
ミミが突然鳴いた。
「どうしたの?」
楓がすぐに反応する。ミミはゆっくりと顔を上げ、俺たちを順番に見たあと、また鳴いた。
「え、なに? 皆と一緒にいたいの」
楓が真剣な顔で言う。
俺は車から団欒スペースまで、シートを敷いて簡易的な通路を作る。
「これで移動していいぞ」
ミミはその上を当然のように歩き始めた。その雰囲気は、散歩のように見える。リードがあるのが多少不自然ではあるが……気付けば、母親の膝の上に乗った。
「ここがいいのね」
次に楓の膝へ移動する。
「え、次は私?」
楓は少し嬉しそうだが、どこか納得いっていない顔もしている。
「……お母さんの方がいいの?」
「あなたが留学している間、世話してたの私だもの」
母親がさらっと言う。
「ぐぬ……」
楓が小さく悔しそうにしているのを見て、少しだけ笑ってしまった。
のんびりとした時間が流れていたが、時間も時間なので夕食の準備に入る。
「今日はカレーね」
九十八家のキャンプでは、包丁を極力使わない。使わないために、食材は切ってある。豚バラブロックを炒め、香ばしさが出たところで野菜を加える。さらに水を入れ、コンソメを少し。
ぐつぐつと煮込むうちに、野菜は崩れ、肉は柔らかくなっていく。これが九十八家のカレーだった。
「いい匂い……」
楓がすでにそわそわしている。母親がカレーを皿に盛り付け、俺は野菜をカレーと米の境界辺りに盛り付け、全員で手を合わせた。
「いただきます」
食後、皿はそのままでは終わらない。食パン1枚を切り分け、皿についたルーを拭うようにして食べる。キャンプなどで、洗い物を少しでも楽にするためのやり方だ。
日が傾き夜になり、ランタンの光が揺れるはずの時間帯だが、不思議と虫が寄ってこない。
「ほんと快適ね」
静かで、過ごしやすい夜。
「プロジェクター出すぞ」
俺が言うと、楓がすぐに反応する。
「映画見るの?」
タープの下にスクリーンを張り、映像が映し出される。家族4人で並んで見る映画は、キャンプというより小さな上映会だった。2本見終わる頃には、他の利用者の明かりも消えていた。
「そろそろ寝るか」
立ち上がり、それぞれが寝床へ向かう。
両親は1つのテントへ……俺は自分のテントへ……楓はミミと一緒に車へ向かう。
車の入り口には簡易の蚊帳を設置していたが、結局その必要はなかった。虫は、最後まで1匹も現れなかった。車の中で、ミミが丸くなり、楓もその隣で横になる。
結局、楓はテントじゃなくて車で寝るんだな……明日も車で寝るっていうなら、両親のテントにある荷物を、楓のテントに移すか。
夜は静かに、家族全員を包み込んでいった。
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