029 家族キャンプ初日①
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キャンプ当日の朝は、思っていたよりも静かだった。昨日までの慌ただしさが嘘みたいに、家の中には落ち着いた空気が流れている。
ただし、その静けさは長くは続かなかった。
「……んー……ねむ……」
食卓に現れた楓は、半分目が開いていなかった。髪も少し跳ねていて、完全に寝起きそのものだ。
「キャンプ……楽しみ……」
言葉の途中であくびが混ざる。完全に体より気持ちが先行している。
俺も正直、眠い。昨日は、店を閉めてから帰ってきたので、日付が変わっており、そこから軽く準備の最終確認までやっていた。だが、行きの車で寝られると思うと気は楽だった。
そんな中、ミミはというと、すでに自分のペースで動いていた。毛繕いをしながら、丁寧に前足を舐め、顔を拭くようにして整えている。
「お前は元気だな……」
感心するしかない。昨日あれだけ外を歩き回っていたのに、今はもう普段通りだ。
朝食が終わると、自然と役割分担が決まっていく。
「じゃあ俺、片付けやる」
「私は食材をクーラーボックスに移すわね」
「俺は最終チェックするか」
「私はミミの準備するー!」
それぞれが動き出すと、家の中の空気が一気に切り替わった。俺は食器を片付け、シンクに運び洗い物を進める。
母親はクーラーボックスに保冷剤を入れ、冷蔵庫から食材を取り出し、肉などは手際よく保冷バッグへ移していく。肉や野菜を次々に収めていき、あとは車にクーラーボックスを入れるだけの状態になっていた。
父親は荷室の確認だ。昨日積んだ荷物が崩れていないか、忘れ物がないかを一つずつ見ていく。
「問題なしだな」
短くそう言うと、最後に工具類や予備のロープまで軽くチェックしていた。一方、楓はミミの準備に夢中だった。
「よし、リードOK、ハーネスOK、クッションもOK……」
ミミはミミで、まるで自分の仕事を理解しているかのように、静かにその場に座って身だしなみを整えているのか、毛繕いの続きをしている。準備されるのを待っているというより、見守っているようにも見えた。
すべての準備が整ったところで、家の戸締りを確認する。
「じゃあ行くぞ」
父親の一言で、全員が外へ出た。玄関の鍵を閉め、車のドアが開く音がする。荷物を積み込んだ車は、いつでも出発できる状態だった。
父親が運転席に座る。
「じゃあ出発するぞ」
「お願いしまーす!」
楓はすぐに後部座席へ飛び込むように乗り込んだ。そのままミミをクッションごと抱えて、中央に落ち着く。
俺もその隣に座る。ミミはいつものクッションの上で丸くなり、すでに落ち着いた様子だ。
車が動き出すと、すぐに静けさが戻ってくる。エンジン音とタイヤの音だけが、ゆっくりと流れていく。
気が付けば、俺も目を閉じていた。次に意識が戻ったのは、高速道路のサービスエリアだった。
「ほら、起きなさい」
母親の声で目を開けると、太陽はさんさんと照りつけており、暑さを感じる時間帯になっていた。
「暑いから、ソフトクリームでも食べる?」
「……食べる」
さっきまでの眠気はどこへ行ったのか、目が完全に覚めている。売店で買ったソフトクリームを受け取り、少し休憩する。外の空気は夏らしいが、標高に向かっているせいか、どこか軽い。
ミミはというと、リードとハーネスを付けられたまま車内で様子を見ていた。ドアが開いても飛び出す様子はなく、ただ外を眺めているだけだ。
ただし、動くときは必ず楓を見る。
「にゃー」
「うん? 行くの?」
楓が反応すると、ようやく動き出す。勝手に動くのではなく、必ず意思確認をしてから動くあたり、妙に律儀だった。リードをつけていても危険はあるので、楓に抱かれた状態で外に行くことになる。
短い休憩を終えると、母親が運転席に座り、再び車は走り出す。次に目を覚ましたときには、空気が明らかに変わっていた。
「着いたわよ」
母親の声と同時に、車がゆっくりと停止する。清里のオートキャンプ場。木々に囲まれた敷地は、真夏とは思えないほど空気が涼しい。
車のドアが開いた瞬間、楓が勢いよく外に飛び出した。
「うわー! すごい!」
俺も伸びをしながら外に出る。家のある場所とは違うのはもちろんのこと、この前行った四尾連湖とも、明らかに空気感が違った。
ここからは準備だ。
「まずタープ張るぞ」
俺の指示で、楓が動く。支柱を立て、タープを広げ、ロープを張る。手慣れた動きで、休憩スペースが形になっていく。運転をしてくれた両親たちに休んでもらう場所だ。
タープが完成すると、次はミミの場所だ。
「ここでいいかしら」
母親がシートを広げ、その上にクッションを置く。日陰になる位置に整えられ、ミミはそこにそっと降ろされた。
「にゃ」
特に嫌がる様子もなく、すぐに座り込む。
次はテントだ。
「お兄ちゃん、こっち押さえて!」
「分かった」
兄妹で支えながら、両親用のテントを組み上げていく。テントが立ち上がり、空間ができると、一気にキャンプらしさが増した。
テントが完成すると、荷物を中へ移動する作業に入る。クーラーボックス、調理器具、食材の予備、生活用品。それらを順番に収めていく。
そして一通り終わったところで、俺は車の後部座席に目を向けた。
「よし、これもやるか」
後部座席をフラットにして、ミミのクッションをそこへ移動させると、車内が一気に「ミミの部屋」になった。
窓からの日差しはタープで遮り、車内はちょうどいい影になる。ミミはその変化を確認するように一度見回し、そしてそのままクッションへ戻った。
準備が終わる頃には、時計は13時を過ぎていた。
「昼ご飯にしましょ」
母親がそう言って、クーラーボックスから昼食を取り出す。おにぎり、ソーセージ、卵焼き、インスタント味噌汁。シンプルだが、外で食べるには十分すぎる内容だった。
「いただきます」
全員で手を合わせる。
昼食後は、残りの片付けだ。すぐ使わない道具を荷室や座席の下に収納していく。必要なものとそうでないものを分け、限りあるスペースを有効に使うための作業だ。
ふと車の中を見ると、ミミが静かに外を見ていた。周囲に興味はあるのだろうが、楓が忙しいのを理解しているのか、じっと待っている。
「いい子だな、お前」
そう声をかけると、ミミは小さく尻尾を振っただけだった。
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