028 家族キャンプ前日
アクセスありがとうございます。
朝食のあと、家の中は妙に落ち着いた空気に包まれていた。昨日までの買い物の騒がしさが嘘みたいに静かで、代わりに『明日出発』という実感が高まっていく。
「じゃあ、今日は準備の日ね」
母親の一言で、家族全員が動き出した。
「お兄ちゃん、やるよ!」
楓はすでに戦闘態勢だった。戦う相手はダンジョンでも魔物でもなく、キャンプ道具なのだが、気合の入り方はそれに近い。
「焦るなって。午前中からやるんだから」
「だって楽しみなんだもん」
足元ではミミがゆっくりと尻尾を振っている。昨日買ったハーネスは、すでに楓の手によって身に付けられており、嫌がる様子はない。
俺と父親はまず、道具の確認から始めることにした。
「お前たちのテントは問題ないんだよな?」
「最近キャンプに行ったからね、手入れしたやつがそのままだし、破れもないよ」
俺のテントと楓のテントは一度整備済みで、今回は開いて確認するまでもなかった。だが両親の分は別だ。
倉庫から出されたテントとシュラフは、いかにも経験者の道具だった。最近は、夫婦で年に1、2回キャンプに行っているとはいえ、しっかり使い込まれている。
「天日干しするぞ」
父親の指示で、庭に広げられるテント……布が空気を含んで膨らむように広がり、長い間閉じていた匂いが風に流されていく。シュラフも並べて干され、太陽の光を浴びて少しずつ膨らんでいった。
「問題なさそうだな」
「そうね、まだまだ使えるわ」
両親は慣れた様子でチェックを終えていく一方、その横では、別の準備が進行していた。
「ミミちゃん、行くよー!」
「にゃー」
楓は昨日買ったミミのハーネスの状態を確認して、リードを持って庭へ出ている。ミミはというと、普通に歩いていた。いや、普通にどころか、むしろ楽しそうですらある。
「普通に歩いてるな……」
「嫌がらないのか?」
父親も少し驚いている。
猫がリードで散歩している光景は、正直かなり珍しい。だがミミは軽やかに楓の横を歩き、時々立ち止まって周囲を見回していた。
「すごい……ミミちゃんと、散歩してる!」
「にゃー」
返事までしていた。そのまま楓は庭をぐるぐる回り、ミミはそれについていく。
「お兄ちゃんも見てよ! すごいよこれ!」
気付けば、テントの確認そっちのけで「猫の散歩観察会」みたいになっていた。
午前の作業は順調に進み、気付けば昼だった。簡単な昼食を済ませると、午後は干したテントなどの収納と積み込み作業に移る。
「クーラーボックスはここでいいか」
「重いのは下ね」
食材はまだ入れていないが、配置だけは決めておく必要がある。荷崩れしないように、全員で車の荷室を確認する。
「発泡スチロール2箱分のスペースも、考えておいて。今日のバイト終わりに積み込むから」
そして、その瞬間だった。
「にゃー」
ミミが楓の腕の中から、車の方をじっと見つめる。
「どうしたの?」
「にゃー」
楓が耳を傾けるように目を細める。
「なるほど……クッション持っていきたいんだって」
「クッション?」
「いつも寝てるやつ」
昨日の買い物とは別に、ミミにはお気に入りのクッションがあり、それを持っていくように主張しているようだ。
「忘れると怒るやつだな」
「それ絶対いるやつだね」
荷室にはまだまだ余裕があった……というか、想像以上に広い。
「うちの車、こんな広かったのか」
思わず口に出た。T社のファミリー向けハイブリッドミニバン……父親の通勤だけなら正直持て余しているようだが、こういう時は別だ。4人と1匹分のキャンプ装備一式を積んでも、まだ空間に余裕がある。
「ミニバンにしては燃費が良くて悪くはないけど、通勤だけだと後部座席を持て余していたんだよ。まぁ、こういう時のために、買ったようなものだからな」
父親が軽く笑う。
「本当に、こういう時には本領発揮だね」
荷物が次々と積み込まれていく。奥からテントやキャンプチェアー、折りたたみテーブル、調理器具、キャンプ関連の予備品、一番後ろ側にクーラーボックスと発泡スチロール2箱分のスペース、ミミに怒られないようにミミ関連の箱も置けるようにしておいた。
積み込み作業が終わる頃に時計を見ると、バイトの時間がもうすぐだった。
「そろそろ行くか」
最近、何度か開店前の準備戦力として働いたこともあり、今回も軽くお願いされている。
店に入ると、店長がすでにいた。
「おう、九十八。例のキャンプ、明日から行くんだってな」
「はい」
「3泊4日だっけか。いいなぁ」
軽く世間話をしながら準備を進める。開店準備は、2~3度しかしていないが、体が覚えていることも多かった。チェック表を確認しながら、作業を進めていく。
作業の合間に、店長が思い出したように言う。
「そうだ、閉店後な。お願いされてた発泡スチロールと氷、用意するぞ」
「助かります」
「魚用のやつだけど余ってるしな。匂いがつかないように、袋を使っている奴だから、安心して使っていい」
ミミ用の暑さ対策として考えていたものだ。本当にありがたい話だった。
そのまま営業時間に入り、いつも通りの忙しさに流されていく。
閉店後、父親が車で迎えに来た。バックヤードで発泡スチロールの箱を受け取る。中には大量の氷が詰められていた。
「これで十分だな」
「ありがとうございます」
車の荷室に並べると、氷の冷気が一気に広がったように感じる。実際は断熱性が高いのでそんなことはないが、白色で中に氷が入っているということもあり、気持ち的に冷えているように感じた。
車がゆっくりと動き出す。窓の外には、夜の街の光が流れていく。
「明日だな」
「明日、朝早いのに迎えに来てくれてありがと」
「夕食を食べた後に、仮眠してるから大丈夫だ。明日は俺が運転するから、翼は寝てても大丈夫だぞ。楓は、テンションが上がって、ミミをかまって寝るのが遅くなるから、車の中で寝ているだろうしな」
2人でキャンプに行った時も、楓は行きの車で寝てたな。
ここまで読んでくださり、ありがとうございます。
ブクマや評価をしていただけると幸いです。
これからもよろしくお願いします。




