023 ミミのちょっとした変化
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顔に何か柔らかい物が押し付けられている感覚で目が覚めた。
「ん……?」
寝ぼけたまま顔をしかめる。
ムニムニと、右頬に一定のリズムで何かが当たっていた。
目を開けると、視界いっぱいに猫がいた。
「……ミミ?」
ミミが俺の顔の横に陣取り、前足で右頬をふみふみしていた。しかも妙に得意げな顔をしている。
「何やってんだ……」
抱き上げると、ミミは満足そうに喉を鳴らした。
寝ぼけた頭で部屋を見回すと、少しだけ開いたドアの隙間から顔が覗いていた。
「ぷっ」
楓だった。
「見てたのか」
「見てた」
隠れる気もないらしい。
「ミミちゃんならできると思ってた! お兄ちゃん、完全に起こされたね」
「楓の仕業か?」
「ミミちゃんが朝から元気だから、お願いしてみた」
楓は、てへぺろと笑いながら部屋へ入ってきた。
ミミは俺の腕の中で大人しくしている。
「にしても、俺にも懐いてるな。父さんが見たら泣くかもな」
「それはちょっと面白い」
楓が即答した。そんな話をしていると、階下から母親の声が聞こえてくる。
「朝ご飯できてるわよー!」
「はーい」
楓が返事をする。俺もベッドから起き上がった。
ミミは当然のように腕から降りると、先に部屋を出ていく。まるで案内役だった。
朝食は焼き鮭と味噌汁……いかにも、日本の朝食だった。
「今日は、何か予定あるの?」
朝食を食べながら、母親が俺たち兄妹に聞いてきた。すぐに楓が答える。
「友達と遊ぶ約束してる」
「暑いのによく出るな」
「お兄ちゃんだって、暑いのにキャンプいってるじゃん、それと一緒」
「俺は、今日もバイトで、昨日と同じでいつもより早めに出勤だな。1人熱出したみたいで、オープンの人手が足りてないみたい」
そんなやり取りをしているうちに食事は終り、楓は急いで準備を始める。
「じゃあ行ってくる!」
「気を付けなさいよ」
「はーい!」
元気よく手を振りながら家を飛び出していった。外は朝から暑そうだった。
玄関のドアが閉まる音を聞きながら、俺は思わず呟く。
「元気だな……」
母親が苦笑する。
「昔からでしょ」
食器を片付けながら母親が続けた。
「私は今日、休みだから、のんびりするつもり」
「珍しいな」
「たまには必要なのよ」
最近は、仕事も忙しそうだったし、休めるならその方がいい。昼前まで俺は、リビングでのんびり過ごしていた。
ミミも近くにいる。
以前なら寝ている時間帯なのに、今は窓際から庭を眺めたり、家の中を歩いたりしていた。
「元気になったよな」
「ほんとにね」
母親も同じことを思っていたらしい。
「若返るなんて普通じゃないわよね、楓のスキルなのかしら?」
「確証はないけど、多分楓の影響じゃないかな?」
それ以上は分からないが、元気になったのは事実だった。
その時、母親のスマホが鳴る。
「あら?」
画面を見た母親が少し笑った。
「ママ友からだわ」
数分後、話が終わると、
「ちょっと出掛けてくる」
「急だな」
「お茶するだけよ」
「了解」
準備を始め、そしてあっという間に家を出ていった。気付けば家には、俺とミミだけが残されていた。
「……」
「にゃー」
静かだった。
せっかくなので試してみることにする。楓みたいなことができないか。
「ミミ」
「にゃ?」
「会話できるか?」
ミミが見上げる。
「俺の言葉分かる?」
「返事してくれ」
しばらく沈黙。
そして。
はぁ……そんな雰囲気の顔をされた。
「いや、猫が呆れた顔するなよ」
ミミは尻尾を揺らしながら窓際へ移動していく。完全に相手にされていない。
「やっぱり、楓限定か」
少し悔しい。
その後も何度か挑戦したが結果は同じだった。ミミは、その度に俺を見る。そして、何も言わずに去る。なんとなく敗北感があった。
夕方になるとバイトの時間が近付いてきたから、着替えを済ませて店へ向かう。
「おはようございます。九十八、キッチン入ります」
「助かる!」
店長が昨日ほどではないが嬉しそうだった。
厨房へ入る。仕込みを確認し、不足しているものはないか? 足りなければ補充する。
昨日の忙しさを思えば、今日はかなり平和だった。それでも客足は悪くない。特に目立ったのは若い客層だった。学生らしいグループ、それから新社会人っぽいスーツ姿の集団。
「部活終わりと、夏休み前の飲み会かな」
誰かが言う。
「ありそうですね」
料理を作りながら答える。
笑い声が店内に響いていた。昨日ほどではないが、程よく忙しい。気付けば閉店時間になっていた。
「お疲れ様!」
「お疲れ様でした」
後片付けを終えて店を出と、夜風が少し気持ちよかった。
家へ帰り、玄関のドアを開ける。
「ただいま」
すると。
「にゃー」
足元から声がした。ミミだった。
「出迎えてくれたのか?」
ミミは当然のような顔をしているので、思わず笑ってしまった。しゃがみ込んで抱き上げる。以前なら嫌がって逃げることもあったのに、今日は大人しかった。
「どうしたんだ?」
喉を鳴らしている。俺はそのまま頭を撫でた。
「今度さ」
なんとなく口にする。
「楓と一緒にキャンプでも行くか?」
「にゃー」
タイミングよく鳴いた。
「乗り気なのか?」
都合よく解釈しておく。
そのまま部屋へ戻り、ミミを降ろそうとしたが、降りる気配がない。
「寝るぞ?」
喉を鳴らすだけだった。仕方なくベッドへ横になると、ミミは当然のように顔の隣で丸くなった。
「珍しいな」
逃げない。むしろ落ち着いている。隣で眠そうに目を細めるミミを見ながら、小さく笑う。
「おやすみ」
「にゃ」
短い返事が返ってきた気がした。そしてそのまま、ミミと一緒に眠りへ落ちていった。
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