022 ミミは、おばあちゃん?
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楓が泣き止むまで、俺たちは動物病院の相談室のような小部屋を貸してもらえた。ミミを抱きしめたまま、楓はしばらく泣き続けていた。
無理もないと思う。
昨日の夜、母親が言った言葉が頭に残っていたのだろう……年寄り猫が亡くなる前に急に元気になる話なんて聞けば、不安にならない方がおかしい。俺も正直、診察結果を聞くまでは少し身構えていた。
だからこそ、若返ったなんて意味不明な結果が出てきて、楓の感情が爆発したのだと思う。
しばらくすると、ようやく落ち着いたらしい。
「……ごめん」
目を真っ赤にしながら楓が言う。
「別にいいだろ」
「恥ずかしい……」
「病院の人も気にしてないだろ」
実際、受付の人も優しかった。楓は何度もミミを撫でながら、小さく息を吐いた。
そして立ち上がろうとして……
「あれ?」
ふらついた。
「大丈夫か?」
「なんか力入らない」
「泣き疲れだろ」
結局、病院を出る頃にはまともに歩けなくなっていた。仕方なく俺は背中を向ける。
「ほら、その状態で遠慮するな」
「……ありがと」
楓は少し恥ずかしそうだが、お礼を言って俺の背中に身を預け、駐車場まで向かう。
車の中でミミは、キャリーケースから出され、楓の腕の中に収まっていた。不思議なことに暴れる様子はなく、楓にぴったりくっついている。
楓は後部座席でミミを抱き、時々撫でている。家へ着く頃には、かなり眠そうになっていた。
「ミミちゃん、一緒に寝よう」
「にゃー」
あの様子だと、しばらくは戦力にならないな。俺は1人で、残っていたキャンプ道具の片付けを始めることにした。テントとタープは、昨日のうちに干してある。
今日は細かい道具だ。
ペグを1本ずつ拭き、泥を落とす。ロープをまとめる。BBQで使った網を洗い、焦げを落とす。クーラーボックスも中を洗って乾燥させる。
道具の手入れをしていると、次に使う時のことを考えてしまう。
「次はどこ行くかな」
そんなことを考えながら作業していると、玄関が開く音がした。
「ただいまー」
母親が帰ってきた。
「おかえり」
「楓は?」
「泣き疲れて寝てる」
「えっ?」
母親の顔色が変わった。
「お母さん、ちょっと待って!」
説明する間もなく、母親は2階へ向かった。追いかけるように楓の部屋へ行くと、ベッドで寝ている楓と、その隣で丸くなっているミミがいた。
母親が振り返り、俺の頬をつねった。
「痛い痛い!」
「余計な心配をさせるんじゃないの!」
「いや、説明しようとしただろ!」
「先に言いなさい!」
理不尽だった。その騒ぎで楓も目を覚ましたらしい。
「んー……?」
寝ぼけた顔で起き上がる。
「お母さん?」
「起きたならちょうどいいわ。お昼作るから」
「手伝う」
完全復活とはいかないまでも、台所へ向かう楓は、だいぶ元気になっていた。その楓の足元にはミミが付いて回り、その様子を見た母親は少し笑っていた。
昼食を作りながら、楓は病院での話を説明していた。若返った可能性があること。獣医も困惑していたこと。身体の状態が以前より良好だったこと。
母親は、終始なんとも言えない顔だった。
「喜べばいいのかしら……」
「俺も分からん」
「若返るなんて聞いたことないもの」
スキルが絡んでいる気はするが、証明はできない……結局、答えは出なかった。
昼食を食べ終えた頃、ミミの鳴き声を聞いて、楓が突然驚いた顔をした。
「え?」
「どうした?」
ミミを見ている。ミミは真剣な顔で何か訴えていた。
「足りないらしい」
「何が?」
「ご飯」
全員が固まった。
「さっき食べただろ」
「もっと食べたいって」
半信半疑だったが、少しだけ追加で餌を出してみる。ミミはあっという間に完食した。
さらに欲しがる。
結局、普段の倍近い量を食べたところで満足したらしい。水を飲み、満足そうに毛づくろいを始めた。
「大丈夫なのか?」
「心配になる量だな」
念のため病院へ電話して事情を説明すると、先生も少し悩んだらしい。
『若返っているとしても、急に普段の2倍は多いですね』
とのことだった。
『もし、体調に変化があれば来院してください』
やはり、分からないようだった。電話を切ったあとも楓は少し不安そうだ。
「ほんとに大丈夫?」
「にゃー」
「お兄ちゃん、大丈夫だって」
「分かるのか?」
「なんとなく」
便利すぎる。そして、その言葉を証明するようにミミは、家族の前で軽やかに動き始めた。キャットタワーへ飛び乗る。以前なら途中で休憩していた高さだ。
さらに上へ。ひょいひょいと登っていく。
「すげぇ」
「若い頃みたい」
母親も驚いていた。
ミミは一番上で誇らしげに座っていて、どう見ても元気だった。それを見た楓も安心したようで、さっきまでの不安そうな顔が消えている。
そして何か思いついた楓は、
「ミミちゃん、何できるかな?」
「にゃー」
「なるほど」
「いや分からん」
俺がツッコむ。だが本人たちは真面目だった。
「ジャンプ?」
「にゃー」
「かくれんぼ?」
「にゃー」
人間の言葉と猫の鳴き声。なのに会話になっているように見える。傍から見るとかなり不思議な光景だった。
しかし、いつまでも眺めているわけにはいかない。今日はバイトがある。しかも普段より早い時間からだった。
「そろそろ、バイト行ってくる」
「いってらっしゃーい」
楓はミミと相談中で、全然聞いてない。
着替えて家を出る。本来なら開店直前から入るのだが、今日は人手不足らしく、開店準備から入ることになっていた。
店へ着くと、すでに店内で人が動いていた。
「おはようございます。九十八、キッチン入ります」
「助かる!」
店長が本気で喜んでいる。
「そんなに足りないんですか?」
「1人熱出した」
「なるほど……」
納得だった。
そこからは忙しかった。
厨房の仕込みを手伝う。ドリンク用の氷や細かいタイプの氷などの確認もする。オープン準備は初めてだが、普段から厨房で働いているので、何が必要かは大体わかっているし、チェックシートがあるので確認はたやすかった。
気付けば開店時間、月曜日なのに、来客する人が普段より多い。
ホールの人たちは、注文取りと配膳で人手がいっぱいだったので、テーブルの片付けなどは、キッチン担当の中から手が空いた人が手伝う形をとっていた。
途中で休憩はあったが、体感では一瞬だった。
「お疲れ!」
誰かが言った時には、すでに24時を回っており、閉店後だった。
「終わった……」
さすがに疲れた……けど、不思議と身体はまだ動く。昨日のキャンプの効果なのか、それとも気のせいなのか。
片付けを終え、店を出る。
家へ帰ると、当然みんな寝ている。静かな廊下を歩き、自分の部屋へ……ベッドへ倒れ込む直前、ふと思った。
俺のキャンプ設営、楓のトレーナー……どちらも思っていたより変なスキルだ。そして、思っていたより役に立つのかもしれない。
「……まあ、悪いことじゃないな」
そう呟きながら目を閉じると、疲労感と眠気が一気に押し寄せてきた。
次の瞬間には、意識は深い眠りへ沈んでいた。
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