020 キャンプ with 楓 帰ってきたよ
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目が覚めた時、テントの中はまだ薄暗かった。
外から聞こえるのは、風が木々を揺らす音と、遠くの鳥の鳴き声だけ。湖畔特有の静けさが、そのまま空気になっているみたいだった。
「……ん」
シュラフの中で軽く身体を起こし、スマホを見る。
5時を少し過ぎたところだった。
「早いな……」
昨日寝た時間を考えれば、5時間も寝ていない。普段なら眠気が残っていてもおかしくないのに、妙に頭がすっきりしていた。身体も軽い。
寝不足特有のだるさが、ほとんどない。俺はそのままテントの天井をぼんやり見上げた。昨日の夜、楓と話したことを思い出す。
キャンプ設営……
意味の分からないスキルだと思っていたそれが、快適な空間を作る能力かもしれないという話。
「……回復効果とかもあるのかな?」
もし本当にそうなら、寝起きが妙にいいのも説明がつく。気のせいかもしれないが、それならそれで嬉しい。
楓を起こすには、まだ早い。朝食を作るにも時間がある。俺は静かにテントを出た。
湖畔は朝靄が少しだけ残っていた。空は薄く白み始めていて、水面が淡く光っている。
「……さぶ」
タープから少し離れた瞬間、肌に冷気を感じた。
昨日の夜もそうだったが、やはりテント周辺だけ空気が柔らかい気がする。完全に暖かいわけじゃない。でも、外と比べると明らかに過ごしやすい。
俺は上着を羽織り直しながら、湖沿いをゆっくり歩く。朝の空気は澄んでいた。
人の気配はほとんどない。遠くのサイトで誰かが起き始めた気配はあるが、まだ静かな時間だ。
「……趣味と合ってるのは、ありがたいかもな」
戦闘向きじゃない。派手でもない。でも、キャンプをしているだけで効果があるなら、少なくとも俺にとっては悪いスキルじゃない。
むしろ、かなり噛み合っている気がする。
快適な環境を作る。疲れを取る。虫が寄りにくい。
それがどこまで本当なのかは分からないが、少なくとも昨日の体感は偶然だけでは片付けづらかった。
「……範囲はどれくらいなんだろうな」
タープから離れながら考える。
テント周辺だけなのか、それとも設営した範囲全部なのか……
湖の近くまで歩いてみると、やはり少し空気が違った。朝の冷気が普通に肌へ刺さってくる。
逆に戻ると、少しだけ和らぐ。
「やっぱり効果あるよな……」
試すほどに、昨日の仮説が現実味を増していく。そんなことを考えながら歩いていると、思った以上に時間が経っていた。
スマホを見ると、もう7時前だった。
「結構歩いたな」
テントへ戻る。
すると、テントの中から小さく声が飛んできた。
「……お兄ちゃん、ご飯」
まだ半分寝ている声だった。
テントの入り口から、楓が毛布に包まったまま顔だけ出している。
「起きたのか」
「お腹すいた……」
「まず起きろ」
「起きてる……」
全然起きている顔じゃない。
俺は苦笑しながら、朝食の準備を始めた。バーナーを取り出し、フライパンを火にかける。
ベーコンを焼くと、じゅわっと脂が広がった。香ばしい匂いが朝の空気へ流れていく。その横で卵を落とし、軽く塩胡椒。パンを炙り、具材を挟んでホットサンドメーカーへ入れる。
いつの間にか楓が起き上がっていた。
「河原でも作ったやつだ」
「絶対うまいやつじゃん」
ホットサンドメーカーを開くと、こんがり焼けたパンの香りが広がる。
「ほら」
「いただきます」
楓は受け取ると、そのままかぶりついた。
「うまっ」
朝からテンションが高い。
俺も自分の分を食べる。カリッと焼けたパンと、ベーコンの塩気、半熟気味の目玉焼きが妙に合っていた。
「……これだけで、また来てもいい気がする」
「単純だな」
「キャンプって、こういうのでいいんだよ」
それは少し分かる気がした。
朝食を終え、そのまま撤収作業に入る。テントを軽く拭きながら畳み、タープを外し、道具を片付けていく。楓は途中で少し飽きかけていたが、思ったよりちゃんと手伝ってくれた。
全部の撤収が終わった頃には、9時を少し回っていた。
「疲れたー」
「まだ終わってない」
問題はここからだった。湖畔サイトは車が入れない。つまり、リアカーで荷物を運び、駐車場まで戻す必要がある。
「荷物多くない?」
「誰のせいだ」
「みんなのせい」
リアカーへ積み込み、駐車場まで運ぶ。思った以上に時間がかかり、全部車に積み終わった頃には10時を過ぎていた。
ようやく出発できる。
帰り道も安全運転で進む。昨日より道路は少し混んでいたが、不思議と疲労感は少なかった。身体が軽い。集中力も切れない。
途中で一度だけ休憩を挟み、そのまま家まで戻ることができた。
「ただいまー!」
家へ着いた瞬間、楓が飛び出していく。
「ミミちゃ~ん!」
勢いがすごい。
たぶん、いつもの窓際だろう。ミミは昔から、日当たりのいいクッションの上が定位置だった。
楓の様子を見る限り、頭の中は完全にトレーナーのことでいっぱいだ。俺は苦笑しながら荷物を玄関へ運び込む。
「とりあえず、テントだけ干すか」
タープとテントは後回しにすると臭いが残る。そこだけは先にやっておきたい。
他の荷物は後でもいい。食材も食べきっているし、ゴミになる袋はまとめてある。
庭先で広げながら片付けていると、家の中からわーきゃー騒ぐ声が聞こえてきた。
「なんだ……?」
でも、何をしているのかは分からない。
夕方になる頃には、母親が帰ってきた。
「ただいま……」
少し疲れた顔をしている。
「今日は俺が作るよ」
「あら、助かるわ。今日は、すき焼きの予定だったから、よろしくね」
家のすき焼きは、しゃぶしゃぶタイプで、お肉は焼かないのが基本だ。肉以外を割り下で煮て、最後にお肉を野菜などを煮ている割り下でしゃぶしゃぶする。
卵にくぐらせてご飯と食べてもいいし、野菜と一緒に食べてもいい。そして贅沢なことに、お肉は牛・豚・鳥全てをしゃぶしゃぶする。
「いいにおい、もう完成してるね」
「まだだ」
そんなやり取りをしているうちに、父親も帰宅した。
「お、今日は豪華だな」
全員揃ったところで食卓を囲む。すると楓が、待ってましたと言わんばかりに喋り始めた。
「聞いてよ! お兄ちゃんのスキル、絶対ちゃんと効果あるって!」
「はいはい」
「虫いなくなるし、疲れ取れるし、なんか空気快適なんだよ!」
「ほう?」
父親が面白そうに聞いている。母親も苦笑しながら頷いた。
「しかも私のスキルも分かったかもしれないの!」
「トレーナーだっけ?」
「うん!」
楓は勢いよく立ち上がった。
「ミミちゃーん!」
すると、廊下の奥からのそのそと猫が歩いてくる。年寄り猫らしいゆっくりした動きだった。
楓は真面目な顔でミミを見る。
「ミミちゃん、ジャンプしてお父さんの膝の上に乗って」
その瞬間だった。ミミがぴたりと動きを止める。
そして次の瞬間、本当に父親の膝へ飛び乗った。
「……は?」
俺と母親の声が重なる。父親本人も驚いていた。
「いや待て、ミミって俺に懐いてなかっただろ」
そう。
ミミは昔から、父親にだけ妙に距離を取っていた。近寄ることはあっても、自分から膝へ乗るなんて一度もなかった。
なのに今は、大人しく膝の上へ座っている。しかも逃げる気配がない。
楓が目を輝かせた。
俺はミミを見る。
ミミはそんな空気など気にした様子もなく、父親の膝の上で丸くなり……
「にゃー」
一鳴きした。
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