019 キャンプ with 楓③
アクセスありがとうございます。
映画が終わる頃には、湖畔の周りに明かりはなくなり、夜の空気に包まれていた。エンドロールだけが静かにスクリーンへ流れている。
楓はキャンプチェアーへ深く座ったまま、ぼんやりと映像を眺めていた。さっきまで散々喋っていたのに、今は妙に静かだ。
「普通に当たりだったね」
楓は満足そうに伸びをすると、そのまま周囲へ視線を向けた。
「……やっぱり虫いないね」
俺も辺りを見回す。ランタンの光はそれなりに広がっているが、普通ならもっと虫が寄ってきてもおかしくない。
「少し離れたところにはいるのにな」
実際、少し向こうのサイトからは、虫除けスプレーの匂いや蚊取り線香の匂いが風に乗ってやってきていたし、羽音も聞こえる。完全に虫がいないわけじゃない。なのに、俺たちの周囲だけ妙に静かだった。
楓は立ち上がると、興味を持ったようにタープの外へ歩いていく。
「どこ行くんだ」
「ちょっと確認」
数歩ほど離れたところで、楓は立ち止まった。
「うわっ」
ぱしっと腕を払う音がする。
「蚊いた!」
「そりゃいるだろ」
「いや、さっきまで全然いなかったのに!」
楓は急いで戻ってくる。タープの下へ入った途端、さっきまで鬱陶しそうに飛んでいた蚊が、ふっと感じられなくなった。
「……あれ?」
楓が周囲を見回す。
「いなくなった」
「偶然じゃないか?」
「でもタイミングよくない?」
そう言われると、俺も少し気になってくる。楓は腕を組みながら、タープの端を見上げた。
「ねえ、お兄ちゃんのスキルって、なんだっけ?」
「キャンプ設営」
「効果は?」
「知らん」
「雑」
「いや、ほんとに分からないんだって。キャンプしても何も起きないし」
楓は少しだけ考え込むような顔をしたあと、ぽつりと言った。
「快適に過ごせるエリアを作るスキルなんじゃない?」
「快適?」
「うん。だってさ、虫いないし、なんかここ過ごしやすくない? 離れたらちょっと寒かったよ。風か分からないけど、少しヒンヤリした」
言われてみれば、確かに妙だった。
山の夜だから気温が下がっているのに寒くない、空気が重くないというか、湿気が少ないというか……上手く言えないが、妙に過ごしやすい。
「……気のせいじゃないか?」
「試せばいいじゃん」
楓は当然のように言った。
俺は立ち上がり、タープの外へ出る。
数歩離れるだけで、空気が少し変わった気がした。寒いというほどじゃない。でも、さっきまでより肌に寒さが感じられるようになった気がする。
さらに少し歩く。
耳元で、ぷーんという嫌な羽音が聞こえた。
「……いるな」
「でしょ?」
楓がタープの下から笑う。
俺は戻りながら周囲を見回した。やはり、タープやテントの近くだけ妙に虫が少ない。完全にいないわけじゃないが、明らかに寄り付きにくくなっている感じがする。
「偶然……じゃないのか?」
「スキルっぽくない?」
「まあ、言われれば」
俺は、キャンプチェアーへ座り直しながら、周囲を見渡した。
キャンプ設営……
名前だけ見れば、意味の分からないスキルだと思っていた。実際、ステータスが上がるような派手さもないし、戦闘向きにも思えない。
だが、もし楓の言う通りだとしたら。
「快適な空間を作るスキル……か」
「キャンプって、そういうものでしょ?」
楓はどこか納得した顔だった。
「寝る場所作って、ご飯食べて、ゆっくりして、自然の中でも快適に過ごす感じ」
「まあ、そうだけど」
「だったら、虫が減るとか、過ごしやすくなるとか、割とそれっぽいじゃん」
言われると、確かに否定しづらい。
今までは、何も起きないスキルだと思っていた。だが、こうしてキャンプをしてみると、妙に快適だった理由にも説明がつく。
暑くなかったのは、風通しがいい場所を選んだからだと思っていた。虫が少ないのも偶然だと思っていた。
でも、本当にそうなのか?
「……案外、ちゃんとスキルなのかもな」
「失礼だなぁ」
楓が笑う。
「お兄ちゃん、自分のスキル信用してなさすぎ」
「だって、戦えないし」
「でも快適」
「それだけで生き残れるほど甘くないだろ」
「でも、キャンプでは最強かもよ?」
なんだその限定的すぎる最強。思わず少し笑ってしまう。
その流れで、ふと別のことを思い出した。
「そういえばさ」
「ん?」
「楓のスキル」
「トレーナー?」
「初めて聞いた時から、ちょっと思ってたんだけど」
楓が不思議そうに首を傾げる。
「楓のトレーナーって、人間じゃなくて、動物とかそっち方面の話じゃないのか?」
一瞬、楓が固まった。
「……あ」
お互いに顔を見合わせる。
数秒ほど沈黙が流れたあと、楓が苦笑した。
「いや、だって普通トレーナーって言ったら、スポーツジムとかそういうイメージじゃん……」
「まあ、分からなくはない」
「筋トレ教えたりしてた私、ちょっと恥ずかしいんだけど」
「成果出なかったんだろ?」
「全然」
楓は顔を覆いながら椅子へ沈み込む。
「うわぁ……」
「でも、動物系なら説明つくかもな」
「調教師的な感じ?」
「たぶん」
楓は少しだけ真面目な顔になった。
「……家帰ったら試してみる」
「楓が小学生の時に拾ってきた、おばあちゃん猫のミミにか?」
「まずはあの子かな……」
そう言いながらも、まだ少し気まずそうだった。
「さすがに、ミミを調教するのは、歳的に難しくないか? 一応まだ元気だけどさ」
「調教って言っても、あの子にもできるような芸の特訓なら大丈夫でしょ」
少しすっきりしている顔をしているが、自分のスキルを勘違いしていた可能性があるのだから、無理もない。
でも、もし本当にそうなら。俺のスキルも、楓のスキルも、思っていたより意味不明ではないのかもしれない。
湖から吹く風が、静かにタープを揺らした。
「……そろそろ寝るか」
「だね」
楓は立ち上がると、そのまま車の方へ向かう。
「テント使わないのか?」
「使わない」
「建てた意味」
「だって車の方が寝やすいもん」
後部座席を倒してフラットにしていたから、最初からそのつもりだったらしい。結局、2つ建てたテントのうち、俺が寝る予定だった方は荷物置き場になっていた。
「まあ、広く使えるからいいけどな」
「でしょ?」
楓は悪びれもなく笑う。
ランタンの明かりを少し落とし、焚き火台の火が完全に消えていることを確認する。湖畔の夜は静かだった。
遠くで虫の声が聞こえる。けれど、テントの近くは妙に穏やかだった。
俺はテントへ入り、シュラフへ潜り込む。外からは、車内でごそごそ動く楓の気配が聞こえていた。
「おやすみー」
「おう、おやすみ」
その声を最後に、湖畔は再び静けさが戻った。風がゆっくりと流れる中、意識はそのまま眠りへ沈んでいった。
ここまで読んでくださり、ありがとうございます。
ブクマや評価をしていただけると幸いです。
これからもよろしくお願いします。




