018 キャンプ with 楓②
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楓が湖面から少し離れた場所を歩きながら、足元の草を軽く払い周囲を見渡して呟く。
「涼しいけど、虫いるね」
確かに、風は気持ちいいくらい抜けているのに、視界の端で小さな羽虫がふわふわと漂っている。刺すような虫ではないが、数が多いとそれなりに気になる。
俺も無意識に首元を軽く払った。
「……ああ、いるな」
楓はしゃがみ込み、草の間をじっと見ている。
「でも、川沿いよりはマシかもな」
そう言いながらも、少しだけ眉をひそめていた。時間は14時を回っており、一番気温が高くなる時間帯だった。虫が一番活発に動く時間帯だと思う。
15時を回った頃、俺たちはテントへ戻ることにした。
湖畔サイトは静かで、少し離れたサイトには人がいるのに、声はほとんど聞こえない。風がタープを揺らす音だけが一定のリズムで続いている。
テントの前に戻ると、楓が荷物をまとめていたあたりを見て、俺の方を振り返る。
「ねえ、あれ飲みたい」
「……あれってなんだ」
「ミルクココア」
即答だった。俺は、クーラーボックスから500mlのパックを取り出し、少し離れた位置にあった荷物の中から、楓にバーナーを取り出すように指示する。
牛乳を沸かすためにコッヘルを準備しながら、湖の方へ視線をやる。水面は到着して荷物を運んでいた時よりも落ち着いているように見え、鏡のように空を映していた。
楓は、キャンプチェアーに座り、足をバタバタさせている。
「こういう時間、暇じゃないのか」
「暇じゃないよ。ちゃんと暇なだけ」
「意味わからん」
牛乳が沸くまでの間、楓はぼんやりと湖を見ていたかと思うと、急に話題を変えた。
「そういえばさ、ダンジョンってさ」
その単語に、俺の手がわずかに止まる。
「ダンジョン?」
「うん。スキルが生えてきた辺りから、ニュースでちょくちょく出てたじゃん。死人も出ているけど、魔物やモンスターと呼ばれる、動物と違う生物がいるんでしょ?」
楓は特に深刻そうでもなく、ただ思いついたことを話しているだけだった。
「ダンジョンに潜っている大学生とかが、小説みたいに冒険者とか探索者を名乗ってるんだよね」
「らしいな、そのせいで一部治安が悪くなったりして、面倒事が増えたけどな」
「私もお兄ちゃんも、良く分からないスキルをもらったよね」
牛乳が沸いたところでココアの粉を入れ、しっかりと混ぜて溶かしていく。甘い香りが一気に広がった。
マグカップを楓に渡すと、両手で受け取り、そのまま口をつける。
「うま……キャンプだと、なんで美味しく感じるんだろうね」
「元々美味しいけど、たぶん環境補正だな」
「なにそれ」
「それっぽい言葉を使った」
他愛のない会話が続く。時間はゆっくりと流れていた。
17時頃になると、夕食の準備に取りかかった。BBQの準備だ。
炭をコンロに並べ、着火剤を置く。火をつけると、最初は静かだった炭が少しずつ赤くなっていく。
楓は、その間に机の上に食材を並べていた。肉、野菜、海鮮。すべてカット済みで袋に入っている。焼く直前に取り出せるようにしてあるのは、母親と楓の合作らしい。
俺は内心で少しだけ思っていた。本当は、肉を軽くタレに漬け込んでから焼きたかった。炭火でやるから、香りがいいんだよな。たれが焼けて香ばしいにおいがするあれだな。
だが、今日はそういう感じではない。楓はとにかく焼いて食べたいタイプだ。勢いとテンションが優先された。
火が安定してきたところで網を乗せ、肉と野菜を少しずつ並べると、じゅうという音とともに香ばしい匂いが広がった。
会話にもならないような、そんなやり取りをしながら、肉と野菜の焼き具合を確認してかえしていく。
焼き肉のたれを皿に出し、そこに肉や野菜をつけて食べる。シンプルだが、驚くほどうまい。楓はひたすら食べていた。
「これ毎回でいいよ」
「昼にもそのセリフ聞いた、飽きるだろ」
「飽きない」
1人の時の静けさとは違う。楓は騒がしいけど、落ち着かないわけではない。1人と2人では、確実に空気が違った。不思議と悪くは感じなかった。
時間の流れが分からないまま、BBQは終わりを迎える。
後片付けを終え、炭の火を完全に落とすと、あたりはすっかり薄暗くなっていた。
「次は映画!」
楓がキャンプチェアーを特等席に移動させ、座り直しながら言った。
タープの一部をスクリーン代わりに張っていたので、小型プロジェクターを準備する。バッテリーを接続すると、白い布に映像が浮かび上がった。
キャンプ場の空気が一気に変わる。
楓は、一番いい場所を陣取っている。
映画が始まる直前、楓はふと周囲を見回した。
「あれ」
「どうした」
「虫、いなくない?」
言われてみれば、さっきまで漂っていた羽虫の気配がほとんどない。風は変わっていないのに、妙に静かだった。でも、少し離れた場所からは、虫の声が聞こえるしいないわけではない。
「なんでだろ」
楓は不思議そうに首をかしげながら、スクリーンへ視線を戻した。映画のタイトルが映し出される。
その横で、湖の風だけが静かに流れていた。
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