014 夏休み初キャンプの終り
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翌朝、目が覚めたのはまだ空が薄く明るくなり始めた頃だった。テントの中は思った以上に静かで、昨日まで大きく聞こえていた川の音が、布越しにぼんやりと響いている。
「……朝か」
シュラフから体を起こすと、思った以上に調子が良い。嫌な疲労感はなく、むしろ、よく寝たあとの寝過ぎた……という感じに近いか?
テントのファスナーを開けると、涼しい空気が一気に流れ込んできた。夜の熱気がすっかり抜けて、川沿い特有の涼しさだけが残っている。
川の水面はキラキラと輝いている。朝日を乱反射させており、少し幻想的な雰囲気だ。
「いい朝だな……」
気付いたら、呟いていた。
しばらくぼんやりしてから、朝食の準備に取りかかる。今日のメニューは決まっていた。
「ベーコンエッグ、ホットサンドだな」
シングルバーナーに火をつけ、フライパンを温める。ベーコンを並べると、じゅう、と小気味いい音がした。脂が落ちる匂いが広がり、それだけで少し腹が減ってくる。
ベーコンから出た脂を集めて、その上に卵を落とし、軽く塩を振る。
焼き上がるタイミングを見て、パンに挟み、ホットサンドメーカーへ。ぎゅっと圧をかけて火にかける。
「……朝から贅沢だな」
パンの端からバターと卵の香りが漏れてきた頃、ちょうど焼き上がりのタイミングだった。
川を眺めながらかぶりつくと、少しだけ音が出るくらいサクッと焼けている。ベーコンの塩気と卵のまろさが混ざって、やたらうまい。
「これは当たりだな……楓にも食べさせてやるか?」
朝食を終えると、火を弱めてコーヒーを淹れた。特別な豆ではないが、この環境だと不思議と香りと味が違って感じる。
川を眺めながら、何もせずに時間を潰す。観光でもなく、作業でもなく、ただそこにいるだけの時間。こういうのが一番贅沢なのかもしれないと思う。
太陽が少し高くなってきたところで、ようやく片付けに入った。
「そろそろやるか……」
テントを解体し、濡れていないか確認しながら丁寧に畳む。ペグを抜き、タープを外し、荷物をひとつずつ自転車へ積み込んでいく。
キャンプチェアーだけはそのまま残した。
最後に、ここを堪能するために、川辺へ置き、足をそっと水につける。昨日と同じ動作なのに、朝になるとまた別の感覚があった。冷たいというより、冴えるような感覚だ。
昨日と同じ位置。足を川につけて座る。
これで最後だと思うと、少しだけ名残惜しい気がした。
水は相変わらず冷たく、流れは変わらないのに、時間だけが進んでいる感じがする。
「……いい場所だな」
そう呟いてから、椅子を片付けた。
時計を見ると、まだ11時前だった。
チェックアウトは12時。時間的には余裕があるが、ギリギリで出るのは性格的に落ち着かない。
「11時半で出るか」
そう決めて、荷物を最終確認する。
時間になり、受付へ向かうと軽く会釈してキャンプ場を後にした。
帰り道は、来た時よりも少しだけ景色が違って見えた。同じ道なのに、どこか静かで、余韻が残っている。
自転車のペダルをゆっくり回しながら、川の音を思い出していた。
悪くないキャンプだった。
家に着く頃には、昼を少し過ぎたくらいだった。
「ただいま」
玄関を開けると、妙に生活感のある空気が漂っていた。そして、リビングには楓がいた。ソファに座り、スマホをいじりながらこちらを満面の笑みで見てくる。
「お兄ちゃん、おかえり」
「……どうした?」
「うん、待ってた」
嫌な予感がした。
「昼飯は?」
「まだ」
即答だった……楓は、続けて当然のように言う。
「お兄ちゃん、ごはん作って」
「いや、食材をここまで用意したなら、自分で作れよ」
キッチンを見ると、食材はすでに揃っていた。
鶏肉、卵、じゃがいも、鮭、わかめ、梅、しそ、野菜各種。
「……フルコースじゃねえか」
「ちょっと頑張った」
「頑張ったの方向が違う」
ため息をつきながらも、結局キッチンに立つ。
「鳥むね肉は、何にするんだ?」
「サラダチキン」
「これは、おにぎりの具か?」
「混ぜるだけ」
「ジャガイモは?」
「ポテトサラダ」
「……ここまで準備して、作らないの逆に才能だろ」
愚痴をこぼしながらも、手は止まらない。
沸騰した2リットル程度のお湯に砂糖と塩を混ぜて皮を剥いだむね肉を入れ火を消す。準備している間に、ジャガイモをレンチンして、熱々の内に皮をむき潰す。
キュウリとニンジンは細かくして、塩揉みをし水を切る。最後に潰したジャガイモと混ぜ、マヨネーズと塩とコショウで味を整える。
サラダは後でサラダチキンを乗せるので適当に……ご飯に具材を混ぜ、ご飯を握り、芋を潰す。
時間だけがじわじわ過ぎていく。
完成した頃には、時計は13時半を回っていた。
「……昼飯どこいった?」
楓は笑いながら、ワンプレートランチを受け取る。お皿に並んだ料理は、それなりに豪勢だった。サラダチキンさと葉野菜、鮭とわかめのおにぎり、梅しそおにぎり、ポテトサラダ、付け合わせに冷蔵庫の中にあった煮物。
「キャンプ帰りなのに、働かされた気分なんだが?」
「美味しそう」
「……そりゃ、俺が作ったからな」
いただきます、と二人で手を合わせる。食べ始めると、楓がふと思い出したように聞いてきた。
「で、キャンプどうだったの?」
俺は少しだけ箸を止めた。
「……悪くなかった」
「またそれ?」
「それ以上うまく言えない」
楓は少しだけ笑って、梅おにぎりを口に運ぶ。
「じゃあ次は私も行くから、もっとちゃんと教えてよ」
川の音はもう聞こえないはずなのに、少しだけ耳の奥に残っている気がした。
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