013 ソロキャンプ(ミニマム風)
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楓が帰ってきてから3日後。
俺は朝から、自転車の前で荷物の確認をしていた。
「よし……こんなもんか」
大きなバックパックを背負い、荷台へ防水バッグを固定する。今回は車ではない。自転車で行く、ソロキャンプだ。とはいえ、完全なミニマムキャンプというほど削っているわけでもない。
1人用の小さなテント。シュラフ。タープ。キャンプチェアー。調理器具。バーナーとガス缶。ガスランタン。衣服や衛生用品……その他諸々。
必要な物を積み込んでいくと、それなりの量にはなる。車へ積み込む時よりずっと楽だな、自分で運べる範囲に収まっているというだけで、妙に自由な感じがあった。
「行ってきます」
母親へ軽く声をかけ、自転車へ跨る。
朝の空気はすでに暑かった。夏休みらしい強い日差しが降り注いでいて、少し走っただけで汗が滲んでくる。大学へ向かう時とは違い、今日は目的地がある。好きな場所へ向かうためか、それだけで気分が軽かった。
住宅街を抜け、幹線道路をしばらく走る。途中でコンビニへ寄ってスポーツドリンクを買い、さらに進む。
1時間ほど走る頃には、周囲の景色もかなり変わっていた。
建物が減ってきて、緑……木々が増える。そして、川の音が聞こえてきた。
「お、ここか」
今回予約したのは、河原沿いにサイトが並んでいるキャンプ場だった。山間部ほど本格的ではないが、その分アクセスが良く、ソロキャンパーにも人気らしい。
受付を済ませ、自転車を押しながらサイトへ向かう。透明度が高く、流れる水が陽光を反射している。河原には大小の石が転がっていて、流れの音が絶え間なく響いていた。
「ここは……結構いいな」
自然と声が漏れた。夏休みだから混雑を覚悟していたが、平日ということもあって人はそこまで多くない。ファミリー層が少しと、ソロキャンパーが何人かいる程度だ。
俺は、キャンプ場が指定している、川から1段……川面から2mくらいは高い位置に作られたサイトに荷物を降ろした。
まずはタープを張る。
地面は、今までのキャンプ場より硬かったが、河原用のペグを持ってきて正解だった。角度を調整しながら固定し、その下へ荷物を移動する。
続けて、一人用テントを設営。慣れた作業だ。ポールを通し、形を整え、ペグを打つ。気付けばほとんど考えなくても手が動いていた。
設営を終える頃には、じんわり汗をかいていた。
「……ふぅ」
川の側まで行き、キャンプチェアーを置き、足を川に付ける位置で腰を下ろす。
その瞬間、肩の力が抜けた。川の流れる音、風で揺れるタープ、遠くで聞こえる子どもの声、時折吹き抜ける涼しい風と川の冷たい水が、汗ばんだ体を冷ましていく。
何もしなくていい空間だった。俺はポケットからスマホを取り出し、途中まで読んでいたネット小説を開く。川を楽しみながら、小説を読む……それだけなのに、妙に満たされる感じがある。
しばらく読んでいると、近くを小さな虫が飛んでいた……キャンプをしてて初めて、虫を身近に感じた瞬間だった。
他のサイトでは蚊取り線香を焚いているのが見える。ゴールデンウィークの軽井沢でも月一のキャンプでも、虫対策している人がいたけど、俺は準備はしたが使っていなかった。
そう考えながら、俺は再び小説へ視線を落とした。気付けば、日差しは少し傾き始めていた。
「そろそろ飯作るか」
椅子から立ち上がり、近くのスーパーで買ってきた食材を取り出す。今回のメニューは、かなり簡単だ。ざく切り野菜のパックと、冷凍餃子。それに市販の坦々鍋スープ。
バーナーへ火を点け、コッヘルにスープを入れ、そこへ野菜を放り込み、ぐつぐつ煮込む。しばらくすると、胡麻と香辛料の匂いが広がり始めた。
「腹減ってきたな……」
もう片方のクッカーでは米を炊く。浸水させておいた米を火へかけ、湯気の様子を見ながら火加減を調整する。川の音を聞きながら料理していると、時間の流れが妙にゆっくり感じた。
ただ飯を作っているだけなのに、少し楽しい。
鍋へ冷凍餃子を投入すると、スープの表面がぐつぐつ揺れる。香りもかなり良くなってきた。
炊き上がった米を蒸らし、鍋と一緒に並べる。
「美味そうだな……」
キャンプチェアーへ座り直し、川を眺めながら夕食を始めた。
坦々スープは思ったよりしっかり辛く、汗が滲む。けれど、その直後に川風が吹き抜けて気持ちよかった。餃子も、鍋に入れるだけなのに普通にうまい。野菜もたっぷり食べられるし、こういう雑な料理ほどキャンプでは満足感が高い気がする。
高級な道具も、凝った料理もない。不便ではあるが、不思議と不満はなかった。
夜になると、河原の空気はかなり涼しくなった。昼間の熱気が嘘みたいだった。
ガスランタンへ火を灯し、椅子へ深く座る。
オレンジ色の光がタープの内側を照らし、その向こうでは川が暗闇の中を流れている。空を見上げれば、星もそこそこ見えていた。
スマホを見るでもなく、何かをするでもなく、ただぼんやり景色を眺める。
それだけの時間だった……その時間が心地いい。誰かに合わせる必要もなく、騒がしい音もない。 川の流れる音と、時折聞こえる虫の声だけが周囲に広がっていた。
「やっぱ好きだな……」
自然とそんな言葉が漏れる。
キャンプの何が楽しいのかと聞かれても、今でも上手く説明はできない。不便だし、この時期は昼間は暑いし、準備も片付けも面倒だ。
それでも、こうして過ごしていると落ち着く。
しばらく景色を眺めた後、俺はランタンの火を弱め、テントへ入った。シュラフへ潜り込むと、外から川の音が聞こえてくる。
その音を聞きながら目を閉じると、意識は自然と沈んでいった。
川側にいた時の虫はどこに行ったんだろうな……
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