011 騒がしい夏休みの始まり
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夏休みが始まった。とはいえ、始まった瞬間から暇になるわけではない。むしろ最初の1週間は、ここ数か月で一番忙しかった。
俺の働いている居酒屋は駅前にあることもあって、夏休みに入った学生グループの予約が一気に増えていた。飲み会、サークルの打ち上げ、ゼミ終わりの集まり。理由は色々だが、とにかく人が多い。
「今日32名入ってるからな」
出勤直後、社員の一言で軽く頭が痛くなる。しかも、こういう時期の学生はテンションが高い。注文の量も多いし、声もでかい。厨房は常にフル回転だ。
焼き台では串が並び、フライヤーでは揚げ物が止まらない。皿を洗っている横から新しい皿が積まれていく。気付けば閉店時間を過ぎていて、帰宅する頃には深夜を回っている日も多かった。
夜は夜で大変だが、問題は昼間だった。
夜のバイトまで時間が空くせいで、妙に暇なのだ。ゲームをするにも、中途半端な時間だと逆にだらける。結局、自転車へ跨って大型のキャンプ用品店へ向かった。
夏の日差しは暑く、自転車に乗って風を受けても汗が噴き出てくるほどだった。
30分ほど走ると、郊外型の大きな店舗が見えてくる。駐車場にはキャンピングカーまで停まっていた。
「やっぱ夏休みだな……」
店内へ入ると、冷房の空気と一緒に独特なアウトドア用品の匂いが鼻に入る。ナイロン、革、金属、木材。ホームセンターとは少し違う空気だ。
テントコーナーにはファミリー層が集まっていて、店員と何やら真剣に話している。初心者向けセットの前では、大学生くらいのグループが盛り上がっていた。
「このサイズなら4人いけるだろ」
「いや、絶対狭いって」
そんな会話を聞き流しながら、俺はいつものようにソロキャンプ用品のコーナーへ向かう。最近気になっているのは、コンパクト系のギアだった。荷物を減らしつつ快適性を上げたい。
手のひらサイズになる焚き火台を手に取り、重さを確認する。軽い。今使っている物の半分くらいしかない。
「でも火床浅いし小さいな……薪のサイズ選びそう」
独り言を呟きながら棚へ戻す。
店内を見回るだけで、なんかわくわくする自分がいる。こういう時間が一番楽しい。買う瞬間より、選んでいる時の方が楽しいまである。
結局その日は、細かい物だけ購入した。ガスランタン用の予備のガスと、調理用の小型スパイスケース、それと火吹き棒。意外とあると便利な小道具だ。
忙しい1週間が終わると、ようやくシフトにも余裕が出始めた。予約のピークが落ち着き、連勤も減る。昼から夜まで完全に空いている日も増えてきた。
俺は自室でノートパソコンを開き、キャンプ場の予約サイトを眺めていた。
「次どこ行くかな……」
山は何度か行った。湖畔も少し気になる。海沿いは混みそうだから微妙。
そんな中で、ふと目に留まったのが河原系のキャンプ場だった。
川沿いにサイトが並んでいて、すぐ近くまで水が流れているタイプの場所だ。写真を見る限り、タープを張ればかなり涼しそうに見える。
「河原キャンプ、まだやってないんだよな」
少し興味が湧いた。川の音を聞きながら過ごすキャンプというのは、何となく良さそうに思えた。夏場なら気温も多少はマシだろうし、雪解け水らしいから足をつけたら気持ちいいだろうな。
ただ、その分注意点も多い。急な増水とか、虫とか、地面の硬さとか。調べることは結構ありそうだった。スマホでレビューを見ながら、候補をいくつか保存していく。
その時だった。
玄関の方から、妙に騒がしい音が聞こえてきた。母親の声と、聞き覚えのある女の声。俺は一瞬だけ動きを止めた。
その直後、勢いよく部屋のドアが開く。
「ただいまー!」
スーツケースを片手に立っていたのは、妹の楓だった。少しだけ髪が伸びていて、日に焼けている。けれど雰囲気はほとんど変わっていない。
「……帰ってきてたのか」
「今帰ってきた。サプライズ成功?」
「まあ、びっくりはした」
楓はオーストラリアへ留学していた。期間としてはそこそこ長かったが、連絡自体はたまに取っていたので、完全に久しぶりという感じでもない。ただ、実際に顔を見ると妙な感覚がある。
「お兄ちゃん、なんかちょっと痩せた?」
「バイト増えたからじゃないか」
「あと、ちょっと雰囲気変わった気がする」
「そっちも焼けてるな」
「オーストラリアの日差し舐めたら死ぬからね」
そんな軽口を叩きながら、楓は俺の部屋へ入り込んできた。
兄妹仲は悪くない。というか、多分かなり似ている。1人の時間が平気なところとか、変にマイペースなところとか。小さい頃、家族でキャンプへ行っていた時も、楓は普通に楽しんでいた記憶がある。虫もそこまで嫌がらず、親父と一緒に薪を拾っていた。
「そういえば、まだキャンプ続けてるんだ?」
部屋の隅に積まれた道具を見ながら楓が聞いてくる。
「あ~……3回生になって余裕ができたから、月1くらいでは行ってるかな」
「へえ。お兄ちゃん絶対ハマると思ってた」
「お前も好きだっただろ」
「私はどっちかっていうと外で遊ぶ方かな。釣りとか川遊びとか」
懐かしい話をしながら、自然と空気が馴染んでいく。久々に会った感じがあまりしないのは、多分性格が近いせいだろう。
しばらく話していた楓が、不意に思い出したように口を開いた。
「そういえばさ」
「ん?」
「お兄ちゃんのスキルって、結局なんだったの?」
その言葉で、少しだけ空気が変わった気がした。俺は一瞬だけ視線を逸らし、それから小さく息を吐く。
「……キャンプ設営」
「キャンプ設営?」
楓は、目をぱちくりさせながら、俺の言葉をオウム返ししてきた。
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