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116 日常に戻ってきた気がする

アクセスありがとうございます。

 電話を切ると、今度はグループチャットを開く。


『さっき警察から電話が来た。相手側の主張について確認されたから、俺は顧問弁護士の先生に言われた通り、映像などで確認できる事実と、その時に自分がどう感じたかだけを話した』


 送信して、続けて、


『みんなのところにも警察から連絡が来るかもしれない。その時も、憶測は話さずに、事実と自分がその時どう感じたかだけ話すようにして』


 と送っておく。少しすると、1人、また1人と了解の返信がきて、15分も経たないうちに全員から返事が来た。


「……よし」


 これで、とりあえず安心だ。まあ、相手側が被害届を出したところで、俺と健司以外は直接暴行を受けたわけじゃない。


 あの場では、俺たちが女子たちに逃げるよう指示を出していた。だから、女子たちは関係者ではある……目撃者としてだがな。


 でも、相手が直接被害を受けたわけではない以上、俺たちと同じような形で被害届を出すという話になっても、受理されていないはずだ。


 少なくとも、今のところは、俺たちが言っていることが事実なのかを確認するための聞き取りが中心になるはずだ。


「……まあ、余計なことは言わない。それだけだな」


 スマートフォンをポケットへしまう。


 それにしても、俺と健司が前に出たのは、ある意味では間違っていたのかもしれない。女子たちからあいつらを離せたとはいえ、俺たちも怪我をした。


 俺は全身打撲に加えてナイフで切られた。健司なんて、俺より殴られていて、ナイフで腕を刺されている。それでも、結果だけを考えれば、女子たちから極力離せたことは良かったと思う。


 そして、もう1つ……俺がスキルを使えるということを、あいつらに思い出させなかったこと……これも大きい。もし、あいつらに俺たちのスキルについて思い出されていたら……面倒だっただろうな。


 特に、俺のスキルについて、今知られるのは避けたい。キャンプ設営のセーフティエリアのようなモノ。今でこそ、その能力がかなり特殊なものだと分かってきている。


 あんな奴らに知られたら、何を言われるか分かったもんじゃない。せめて会社ができてからなら、色々と対処方法が増えるが、現状では何かと面倒が増えるだけだ。


 会社の方は、今はまだ準備段階だ。だから、知られなくて、思い出されなくてよかったと思っている。


 気付けば、もうバイトの時間が近付いている。考え込んでいても仕方ないので、着替えて家を出る。


 少し早めに出たので、いつものようにバイト先へ向かう途中で、隣のレザークラフトの店へ立ち寄った。


「こんにちは」


「お、九十八君。久しぶり」


 店長さんに挨拶をする。


「怪我の方は?」


「もうほぼ完治しました。今日、病院でも問題ないって言われました」


「それならよかった。結構大変だったみたいだからね」


「ご心配おかけしました」


 簡単に今回の件について説明する。もちろん、ここでも憶測は話さない。俺が実際に経験したことだけ……店長さんも心配そうに話を聞いてくれた。


「まあ、無理はしないようにな」


「ありがとうございます」


 そう言って店を出て、そのまま居酒屋へ向かった。


「お疲れ様です」


「おう、九十八。来たな」


 店長が俺を見つけると、すぐに声をかけてきた。


「お前の母親も言ってたが、顔色は良くなってるな。昨日確認していたから、大丈夫だとは思ってたけどな」


「はい。もうほぼ完治です」


「そうか。まあ、よかったよ」


 1週間ぶりのバイト……見慣れた厨房を見ると、なんだか妙に安心する。


「今日からまたよろしくお願いします」


「おう。で、今日のお前の配置なんだが……」


 店長から簡単に説明を受ける。最近の俺は、足りない場所を埋めるような働き方になっている。オープンから高校生のバイトが抜けるまでは、基本的にキッチンで調理を担当していることが多い。


 その後は、客の入りを見ながら、キッチンに残ったり、ホールを手伝ったり。その場その場で臨機応変に動く感じだ。


 そういえば、ダンジョン探索を仕事にするって辞めていった人たちの穴埋めは、早い段階で決まっていたな。


 ダンジョン探索を仕事にするために辞めていった人が何人かいたから、しばらく人手不足になると思っていたけど、結果として、人が足りなくて忙しかったのはほんの一瞬だったな。


「では、お願いします」


 そして、仕事が始まった。


 久しぶりの厨房……包丁を持ち、食材を切る。注文を確認して、火を入れ、盛り付ける。


「……やっぱり、落ち着くな」


 1週間も離れていたからなのか、妙に楽しい。


 警察から電話が来たこと、相手側が何を主張しているのか、これからどうなるのか、そんなことを考えながらも、調理をする手は止まらない。


 調理工程を間違えることもない、何年も続けてきたことだから身体が覚えている。


「九十八、そういえば、お前って調理師免許は取るのか?」


 店長から突然聞かれた。


「調理師免許ですか? 時間が合えば、取るかもしれないですね。食品衛生の方は、取ろうとは思っていますけど」


「食品衛生責任者は持っておいて損はないからな、飲食店をやるかどうかは別としてもな」


「確かに」


 そんな話をしながら、仕事を続ける。


 1週間ぶりのバイト……久しぶりに働いているせいか、身体が少しずつ日常を思い出していくような感じがする。やっぱり、何もしないで家にいるより、こうやって動いている方が性に合っている。


 キャンプギアの手入れもできた。病院からも母親からも許可が出て、バイトにも戻れた。そして、これからはスキルの検証も再開できる。


「……忙しくなりそうだな」


 そう呟きながら、次の注文を確認する。


「九十八、これ頼む」


 俺は包丁を握り直した。


 1週間ぶりの仕事は、思っていた以上に楽しかった。

ここまで読んでくださり、ありがとうございます。

ブクマや評価をしていただけると幸いです。

これからもよろしくお願いします。

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