115 いい気分だったのに……
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キャンプギアの手入れを終えて、倉庫へ片付けていると、縁側に置いてあったスマートフォンが鳴った。駆け足ではないが、速足で縁側まで向かい、手に持ち画面を見る。
『○○警察署』
警察か……表示された名前を見て、少しだけ手が止まる。
あのグランピングでの一件……俺たちは被害届を出している。そして、相手側からも被害届を出された。
正直、理不尽な話だとは思っている。
映像も残っているし、俺たちが一方的に襲われたことも確認できるはずだ。それなのに、あの場で相手が逮捕されなかった。
警察官が到着した時には、すでに暴行は終わっていた。それに、警察官の指示にも従っていた。だから、映像が残っていたとしても、その場ですぐに拘束するだけの理由にはならなかったらしい。
俺としては納得しにくいところもあったので、以前、顧問弁護士の先生にその話をしたことがある。
『警察官は、どちらが悪いかをその場で判断する組織ではありませんからね』
弁護士の先生はそう言っていた。
『警察官が現場に到着した時点で暴行をしておらず、警察官の指示にも従っていたのであれば、まずは双方の主張を聞き、証拠を確認することになります。被害届が出され、その内容を確認して、犯罪があったと判断されれば、その後に必要な手続きを進めるわけです』
そんな説明だった。その時、先生は苦笑しながら、
『警察は、ある意味でAIみたいなところがありますからね。融通が利かないと思うこともあるでしょうが、逆に言えば、決められた手順に従って動く組織でもあります』
なんて言っていた。
その話を聞いた時に、なるほどと思って、AIの対応に近いと思うようになっていた。
そういえば、テレビか何かでこんな話を聞いたこともある。
警察は、ワクチンや薬みたいなものだとか……パトロールなどをして、ワクチンのように犯罪を予防する。そして、犯罪が起きた場合には、薬を投与するように、証拠や状況を確認して適切な対応をする。
そんな例えだった気がする。
まあ、俺が今思い出しているだけなので、本当にそんな話だったのかは知らないけど、少なくとも、あの時の警察官が何もしなかったわけではない。
現場に来た時点で、俺たちは普通に立って受け答えをしていた。
俺と健司は殴られていたけど、倒れて動けなくなっていたわけでもない。相手側も、その場では警察官の指示に従っていた。だから、その場で逮捕することはできなかった。映像は後から確認するための証拠にはなる。
でも、それと現場で身柄を拘束できるかどうかは別の話だった。
「……まあ、考えても仕方ないか」
今は電話に出ないとな……俺は通話ボタンを押した。
「もしもし」
『こちら、○○警察署の青嶋です。九十八さんのお電話でよろしいでしょうか?』
「はい。九十八です」
『ありがとうございます。少し確認したいことがありまして、お時間よろしいでしょうか?』
「大丈夫です」
それから、簡単な進捗についての話が始まった。
提出している映像について確認されたり、当日の状況について聞かれたりする。そして、相手側の主張についても聞かされた。どうやら、あちらはあちらで、いろいろと言っているらしい。
いちゃもんをつけられた。身の危険を感じた。ナイフを使ったのは正当防衛だった……そんな感じの主張をしているようだ。
聞いているだけで、ため息が出そうになる。
健司が相手のナイフを危険だと判断して、手首を叩いた。そこだけなら事実だ。だから、そこを否定するつもりはない。ただし、そこに至るまでの経緯については、相手側の主張とは大きく違う。
俺は、自分が見たこと、聞いたことを一つずつ説明した。
映像に残っている内容、その時、自分がどう感じたのか、そして、何を理由に行動したのか。それだけを話すが、憶測については話さない。
例えば、相手がどういうつもりだったのか、何を考えていたのか、どうしてそんな行動を取ったのか、そんなことは俺には分からない。だから、分からないことを勝手に想像して話す必要はない。
この辺りは、顧問弁護士の先生からもかなり念を押されていた。
『警察には、事実と、その時にあなたがどう感じたかを話してください。相手が何を考えていたかなどの憶測は、絶対に話さないように』
そう言われていた。
『相手側の弁護士からすれば、あなたの発言に矛盾や曖昧な部分があれば、そこを突いてくる可能性があります。ですから、自分が実際に見たこと、聞いたこと、そして自分自身がどう感じて行動したのか。それだけを話してください』
だから、今回もそれを守る。
俺の主観は話すが、憶測は話さない。それが一番安全だ。
『分かりました。ありがとうございます。では、今回の確認は以上です』
「はい。ありがとうございました」
『また確認事項がありましたら、ご連絡するかもしれません』
「分かりました」
通話を切る……思ったより長かったが、すぐに健司へ電話をかけた。
『おう、翼か』
「今、警察から電話が来た」
『やっぱりか。俺のところにも先に来てたぞ』
「やっぱり?」
『ああ。向こうの主張について確認された』
「こっちも同じだった」
『だよな』
話してみると、やはり聞かれた内容はほとんど同じだった。健司も、俺と同じように事実を中心に話したらしい。
「ナイフのところは?」
『手首を叩いたこと自体は否定してねえよ。実際にやったことだからな。ただ、そこに至った経緯は向こうの言ってることと違うから、そこはちゃんと説明した』
「俺も同じ」
『やっぱりそうなるよな』
それでいい、俺たちがそれぞれ違うことを言ってしまったら、余計な面倒が増える。だからといって、口裏を合わせるわけにもいかない。実際にあったことを、それぞれが自分の記憶に基づいて話す。
それだけだ。
「みんなにも連絡しておいた方がいいな」
『そうだな』
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