104 想定されていた判決
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『なお、この事件の被告人については、今回の判決によって現行法上の処罰を受けないことになりますが――』
ネット上では、すでに男の身元を特定する動きが進んでいた。
家族、友人、過去の交友関係……そして、家族の勤務先まで……半年という時間があったこともあり、特定はかなり進んでいたらしい。
その結果、家族は周囲からの強い同調圧力を受け、勤務先も守り切れなくなり、全員が自主退職しているという。
『家族側からすれば、十分な社会的制裁を受けていると感じている可能性もありますが――』
さらに、家族は日本国内で生活すること自体が難しくなり、身の危険を感じる状況にまで追い込まれたようだ。
『関係者によりますと、家族はすでに本人との関係を断ち、海外へ亡命しているとのことです。亡命先については明らかになっていません』
「家族は……見捨てたのか」
『まあ、そうなるだろうな』
健司の声も、少しだけ低くなる。
本人だけならともかく、家族まで生活を壊される。もちろん、家族に罪があるわけじゃない。でも、世間からすれば関係者というだけで許せない人間もいるのだろう。
『なお、本人については亡命は認められず、今後も国内にいるものと見られています』
画面では、専門家が今後について話している。
『今後、本人が社会復帰することは非常に難しいでしょう。ダンジョン探索を続けるとしても、人目につかない僻地で、半ばボランティアに近い形で活動するしかないのではないでしょう……』
別の専門家が口を開く。
『ただ、反社会的な組織に取り込まれたり、自ら犯罪に手を染めたりする可能性も否定できません』
「……なんとも言えないな」
証拠はある。犯罪があったことも明らかだ。それでも、適用できる法律がないというだけで、無罪になる。そして、その結果として家族まで国外へ逃げることになっている。
家族は亡命し最高裁の判決は出たが、事件の影響はこれからも続いていくだろう。
『今回の事件を受け、ダンジョン探査局からも新たな注意喚起が出されています』
画面が切り替わる。
ダンジョン内では、可能な限りライブ配信や映像記録を残すこと。そして、顔を完全に隠す装備については、罰則こそないものの原則禁止。他の探索者とすれ違う際には、顔が確認できるようにする。
『強制力のあるものではありません。しかし、ルールとして定められた以上、守らなければダンジョン内で孤立する可能性があります。また、顔を隠し続ける人物について、犯罪者予備軍のような目で見られることになっても、ある程度は仕方がないでしょう』
「っていうか、評論家っていうけど、この人ダンジョンに潜ったこともなさそうなのに、何をもって評論家なんだろうな?」
『分かる。自分が一番ダンジョンを分かってます、みたいな顔してるのが、なんかむかつくんだよな』
「まあ、俺たちが言うことでもないか」
『それもそうだな』
そんな他愛のない話をして、健司との通話を切った。
テレビを消す……今日はバイトも休みだ。だから、しばらく家でのんびりしていた。
夜になり、父親が帰ってきたところで、今日あったことを話す。
「……相手から被害届?」
父親は呆れたような顔をした。
「何を考えてるんだ」
隣にいた楓が口を挟む。
「意味わかんない! あんなことしておいて、なんでお兄ちゃんたちが悪いことになるの!?」
「まあ、警察としては仕方ないんだろ」
父親が落ち着いた声で答える。
「被害届が出された以上、調べる必要はある。最初からどちらかを犯人扱いするわけにもいかないからな」
「でも……」
「だから、こちらは普通に対応すればいい」
父親はそう言って、俺の方を見る。
「警察から連絡が来たら、俺にも教えてくれ。弁護士にも相談する」
いろいろなことを父親に任せてしまっている。今回も、警察や弁護士との話まで手伝ってもらうことになる。
「父さん、大丈夫?」
「ん?」
「最近、いろんなこと任せてるだろ。会社のこととか、今回のこととか」
「ああ、それか」
父親は少し考えるような顔をした。
「大丈夫だぞ。俺のスキルのおかげだな」
父親のスキルは、並列思考。
「考えるだけなら、昔より圧倒的に余裕がある。複数のことを同時に考えられるからな。ただし、実際に行動できる身体は1つしかない」
「そこは変わらないのか」
「当たり前だろ」
父親が笑う。
「だから、行動が必要なことは限界がある。でも、考えて整理するだけなら、かなり楽になった」
それなら、少し安心した。今回の件も、俺たちだけではどうにもならない。でも、父親と弁護士がいてくれる。
警察には、好きなだけ調べてもらえばいい。やることは増えてしまったけど、今の俺にできることは、今まで通り生活することくらいだ。
それにしても……本当に、次から次へと色々起きるな。
俺は小さく息を吐いて、テレビの消えた画面を眺めた。
「翼、そういえば、顧問弁護士の方には連絡したか?」
父親に言われて、俺は思わず固まった。
「あっ、まだしてない」
完全に忘れていた……警察から連絡が来たことで頭がいっぱいになっていたが、相手側から被害届が出された以上、弁護士にも伝えておいた方がいい。
「被害届が出されたことを伝えておかないとまずいか……」
「そうだな。念のため連絡しておいた方がいいだろう」
「分かった。健司にも連絡して、弁護士への連絡について話してみる」
俺はそのまま部屋へ戻り、健司へ電話をかけた。
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