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第八小節〜家族のカタチ〜



「コジュン君、提案が有るんだ」


 コウサクは引き締めた広角を緩め、コジュンに語りかける。


「ここは病院だから、君も『良く分からない』状態だろう?一度、僕の家へおいでよ」


 彼の言葉はあながち嘘ではない。 


 一瞬、その喉が上下する。


 『来訪者』として迎えるか、『実子』としてむかえるか。


「僕はね、君のような人達を保護し、管理する仕事をしていてね。もしかすると、君を『向こうの世界』へ返せるかも知れないんだ!」


「本当か!?ウエダさん!なら、俺に何か出来ることは無いか!?手伝わせてくれ!」


 コジュンはコウサクの言葉によって目の輝きを取り戻す。さらには身を乗り出し、彼の肩に手を添える。


 その手は、『希望の炎』が宿ったかの如く熱く、活力に満ちていた。


「そうとなりゃあ話は早ぇ、疑問に思ってる事あんだけど、聞いてくれるか?」


 コジュンが両腕を組み、考え込む顔をすると、コウサクは笑顔で応える。


「うん、言ってくれる?僕に分かることなら答えるよ」



──コジュンの疑問はこうだった。

 何故、多少なりとも文字が読めるのか、聞いたことの無い言語が朧げでも理解出来るのか。


 コウサクは眉を歪め、『何か』を言い渋って居る。


「コジュン君、あのね……」と、口を割ろうとしたその時だ。


「ウエダさんー。面会時間過ぎますよ!」


 部屋の外から看護師の女性の声。


「あ、ハイハイ!すみません。今帰りますね!」


 コウサクは早口でドアに向かって言うと、振り返りざまコジュンに問い掛ける。


「コジュン君、その言語認識デバイスはそのままでいいかい?」


「ん?げん……でば……ん?」


「あー、僕とお話出来る、喉と耳の後ろに付けたやつだよ」


「あーこれか!うん。俺、ウエダさんとしか話す気無いから要らねぇよ」


 コウサクはコジュンに取り付けられたデバイスを取り除き、優しい笑顔をしながらゆっくりと話す。


「またあした。おやすみ」


 しっかりと聞こえて居た言語が、曖昧になる。


 しかし、その言葉を聞いたコジュンは不思議と、流暢に答えた。


「おやすみ」


 二人の身体に電流が走ったかの様な衝撃が走る。と、部屋の外からは今度は聞き取れない言語の声。



 コウサクは笑顔で手を振り、部屋を後にした。



 一人残されたコジュン、先程の言葉を復唱する。


「おやすみ、おやすみ」


 彼の身体が震えだした。知らない筈の言語、発音方法。だが、頭の中で何かが蠢く。


「おやすみ、おはよ……う?こん……にち……は?」


 その言語を発した瞬間、部屋に響き渡る一つの『音』に気がついた。


 チッ…チッ…チッと、正確無比なテンポを刻む音だ。


 コジュンがその音源を辿ると、壁に太さの違う三本の針が付いた『何か』を見つける。


 その三本の針の一番細い針が先程の音と共に右方向に回り続けているのだ。


「と……け……い」


 コジュンはその『何か』を指差し声に出すと、身の回りの物が、『言語』として蘇ってくる。


 棚に置かれた無機質な四角い黒い板、見たことの無い様な履物。思わず口に出る。


「て……れび……。す……リッパ」


 その瞬間、彼は強烈な頭痛に苛まれる。まるで、頭の内部が外に開く様な。


「ああ!あ……あああああああ!」


 ベッドに潜り込み、恐れるように丸くなる。


「違う、違うんだ……。俺は……」


 言葉途中にコジュンは意識を失った。




 無機質で無慈悲な時計の音、そして街の喧騒がコジュンの瞼を開かせた。それは海鳥の声でも潮騒でもなかった。



 朝日は須らく皆を照らし、この白い部屋、いや、病室の白さをさらに際立たせた。



「クソったれ……。夢じゃねえのかよ」


 悪態を付いたかと思えば、食事が運ばれて来る。ありふれた木製でも無く、職人達が命を削って焼き上げた白磁の高価な食器では無い。


 だが。手に取った瞬間感じた軽さ、そして剛健さは『料理の作り手』の尊厳を無視したかの様な利便性に特化されていた。


「何だよ……、これ……」


 その滑らかかつ、少しザラついた器を手にする。驚くほど軽いが、暖かみは感じられない。


「メルラさん、モホーレ婆さん。それに俺の料理を盛ってくれたガダルダさんの器は、魂籠もってたぞ!」


 目の前に配膳された料理を振り払うが、ふと我に帰る。


「へへっ、でも作ってくれた人にも感謝しなきゃな。ぜってー父ちゃんに怒鳴られるや」



 そして、一口その口に運ぶ。



──味は薄い。だが、毎日三食、貧乏ながらも父親と自身の食事を担って来た。だからこそ判る、他人に作って貰った料理の旨さが。



「旨い」


 一言、言葉に出た。


 食事の最中、スプーンやフォークは判る。が、お盆に乗せられた二本の棒、コジュンはそれを手に取り取る。


 暫しの沈黙、明け放たれた窓からは心地よい風が吹き込むが、むせ返るような人工的な風が、無慈悲に白いカーテンが数回はためかせる。


 すると、彼はおもむろに食事用のその棒を右手に持つが、何度も何度も落としてしまった。



 ──コトン……、カラン……と、無機質な部屋に音が響くと、それに混ざって鼻を啜る音が混ざる。


 コジュンの頬には小川の様に涙が流れ、何粒も白いシーツに零れ落ちた。


「……知ってるよ、『おはし』、だろ?俺……、上手く使えなかったんだよな……」



 既に彼は、湧き上がる『記憶の奔流』によって、自分がかつて『誰であったか』を、薄々気付き始めていたのだ。


 手に持った箸をゆっくりと置き、スプーンで流し込むように食べる。


 彼はただ一人、鼻を啜りながら。




──午前の半ば、部屋のドアをノックする音が響く。やけに無機質で冷たい反響、コジュンは身体をビクリとさせて身構える。


 すると、コウサクが姿を現した。


「おはよう」


「おは……よう」


 満面の笑みを振りまくコウサクに、一瞬の戸惑いを見せるが、ぎこちない作り笑いをして見せた。


 彼はコジュンにデバイスを取り付けると、「さぁ、退院の手続きは終わってるよ。着替えて部屋を出よう」


 手渡された衣服に着替えると、ズボンの丈や、袖の長さは丁度良い。だが、彼の発達した筋肉が衣服に貼り付き、その身体のラインを露わにした。


「な……っ、あ……?凄い筋肉だね!コジュン君。その服、息子の服なんだけど、その子が着るともっとゆったりしてるのにな」


 コウサクはその筋肉美に冷や汗を流しながら、こめかみを軽く搔く。


「ウエダさん。長さは良いんだけど、なんだかピチピチするよ」


すると二人は病室を後にした。部屋と同じ白い廊下には、何人もの看護師達が腕に何かの機器を抱えながら歩き、はたまた、脚に包帯を巻いた人と共にゆっくりと歩いたりしていた。


 院内に響くアラームの音、医療機器の音、咳払いや話し声。様々な音がコジュンの耳に入り込む。



 他の病室の前を通り過ぎ、ナースステーション辺りまで歩くと、コジュンは項垂れたままピタリと足を止めた。


 ──誰かが松葉杖を倒し、院内に甲高い金属音が響く。その音をきっかけに彼は震えた声でコウサクへ問い掛けた。


「ウエダさん……。ここって、『びょういん』だよな? 俺、本当はここの事を知っているんだよな?」


 コウサクは瞳を右往左往させ、言葉を詰まらせる。

 

「そうだね……。知っているはずだよ……?薄々と思い出して来たかな……?」


 その声はくぐもり、止まる。真実まであと一歩、最後の言葉が出ない。


「取り合えず、車に乗ろう──」


 

 高層ビルが立ち並びアスファルトの道、そこかしこの電光掲示板や看板灯が、昼間だと言うのに煌々と輝く街。


 人々の衣装も様々、スーツ姿の男性や、カジュアルな服装の女性。制服に身を包んだ学生達や老若男女が街で生活していた。


 コジュンはコウサクの車の助手席に座り、俯いたまま走行の揺れに身を任せている。もう、『車』と言う乗り物が、駐車場に多数停まって居ることでさえ、彼の驚きの表情は表には出なくなっていた。


 彼は永遠とも言える頭痛、いや、脳から『記憶が爆ぜる』様な痛みに必死に耐えている。


 少しでも気を抜けば、『自分が自分』で無くなりそうな恐怖。そしてこの記憶を取り戻せば……。




 ──どれぐらいの時間が経っただろう?本当は長くなかったかも知れないが、辺りの景色が住宅街へと変わっていた。


 車は徐々に減速を始め、一軒の二階建ての家の前で停まる。コジュンがその家を目の当たりにすると、脳の血管が軋みを上げ、破裂しそうな感覚と幼い頃の記憶が溢れ出した。


「ぐぅ……っ。 違う……、ちがう、チガウ……ッ。俺は……」



 助手席に腰掛けたまま真っ白になるまで拳を握り、頭をダッシュボードへ押し当てる。食いしばった歯からは涎が垂れ落ち、涙が止まらない。


「俺……、は……っ。『コジュン……ハル……』」


 だが、言葉途中で家のドアが開き、一人の中年女性が姿を現したのだ。


「……、……ま……。……っ!ママ!」


 

 言葉と共に、心が瓦解した。


 コジュンはドアを開け、自分より少し背が引くい女性に抱きつく。泣き声を上げ、啜り泣く。

 

 女性も優しく抱き返し、涙で潤んだ瞳で彼に囁いた。


「おかえり……っ。コウちゃん」


 コウサクも、その背後から優しく二人を抱く。


「うっ……。う……、うわああぁぁっ!」



 静かな昼下がり、一人の少年の泣き声が辺り一面に響き渡った。



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