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第九小節〜再会と疑念〜



 コジュンが泣きじゃくり、抱きしめた女性。

 

 母、ヤヨイだ。


 彼女は一度コジュンから離れ、愛しい我が子の顔を潤んだ瞳で見上げた。


 身長は今のコジュンよりも数cm低い、……あんなに大きかったのに。


 肩下までの黒髪を一つにまとめ、同じ色の眉と瞳。その瞳は、丸みを帯びた柔らかなもの、顔の輪郭と身体のラインはふっくらとした卵型の愛らしいスタイルだ。


「ママ、俺っ……」


 コジュンが何かを言うか言わないタイミングで、彼女はもう一度彼に抱きついた。


「コウちゃん、コウちゃんっ、コウちゃん!!」


 頬に伝わる温かく柔らかい触感。そして、心の底から安心出来る匂い。


 コジュンはもう一度、母に抱きつく。


 懐かしくもあり、心の荒みが解れる匂いと、彼女の身体の柔らかさ。


 ──言って良いのか?でも……。感情の荒波には逆さうことは出来なかった。



「ママ!会いたかった!」


 コジュンは力一杯彼女を抱きしめた、抱き締めてしまった。


「コウちゃん、痛いよ……っ」


「あ、ごめんママ。嬉しすぎて……」


 言葉反面、その顔には影が刺す。


 『俺は帰って来たのか?それとも、捨ててきたのか?』


 複雑な顔をするコジュンにヤヨイは一声。


「さ、コウちゃん。お家入ろっ!」


 彼女の柔らかな手がコジュンの手を包み、玄関のドアが開けられる。



 一歩踏み込むと、そこは魂が震えるほど懐かしい匂い。靴箱の上に置かれた写真には、船乗りの服を着た瓜二つの男の子達が頬を寄せ合い満面の笑みを浮かべている。


 既視感が凄まじい。靴を脱いで、廊下を左に曲がるとリビングが有る。


 懐かしい『いつもの』家。


 コジュンの頭痛は消え、記憶を受け入れようとしていた。


 リビングに足を踏み入れると、そこには懐かしい光景が広がる。


 風に揺れるカーテンに四人がけのテーブルと椅子。それに、見覚えのある壁紙だ。


 ふと、リビングの隅の一角に目をやると、そこには透明な箱に保護された小さな人形達が、様々なポーズをとっていた。


 人形ではあるが、顔や胴体が人では無い。


 コジュンはその人形を見ると、自然に声が出た。


「仮面……タイガー……」


 ゴクリと唾を飲む。


「えぇ!?仮面タイガーじゃねぇかコレ!めちゃくちゃいるじゃん!」


「お父さんのコレクションだよ!」


 ヤヨイは笑顔で応える。


「ママ、……なんか勢いで言っちまったけど、なんか照れるな……」


 コジュンは頬を赤らめながら頭を掻く。


「え?私はコウちゃんに『ママ』って呼んで貰って嬉しいよ!」


 にこやかな彼女は、キッチンで暖かいお茶を用意していた。鼻先に香る匂いは懐かしいあの匂い。


『むぎちゃ』だ。


「コーヒーとかもあるけど、やっぱりニホン人は麦茶!一緒に飲もう?あ、お父さんも呼んできて?」


『お父さん』


 その言葉を聞いた時、コジュンの心は乱れた。


(……俺の、父親は……)


 その時、家の外で女の子の声が響く。


「だだいま!あ、お父さんまた車触ってる!」


 家のドアが力強く開け放たれ、廊下をドタドタと走る足音。


「ただいま!お母さん!」


 コジュンの目に入ったのは、幼く赤いランドセルを背負った少女だ。


 母の造形をそのまま小さくした様な風貌、しかしその瞳は活気に溢れ、『この世に怖いもの等とあり得ない』と、豪語している様だ。


「あれ?お兄ぃ?何で家にいるの?学校行ってないの?」


 彼女の屈託のない黒い瞳は、コジュンのまだ少し曇りが残る同色の瞳を見上げる。


──『純粋』という暴力がコジュンの心を締め上げる。


 コジュンは少女から目を離し、母に問う。


「ママ……、この子は…、?」


 そこに一番に食いついたのは少女だ。


「ママ!?ママって言ったよ!?お兄ぃ!どしたの!?」


 その丸く愛らしい瞳をパチクリしながら、ヤヨイを覗き込む。 


「のんちゃん、この子はのんちゃんのもう一人のお兄ちゃんだよ!帰って来たの!」


「えぇ!玄関の写真の!?」


 驚きの表情の少女はもう一度コジュンに視線を戻し、そして笑う。


「わたし、のんちゃん!ねぇ、もう一人のお兄ぃ、なんか身体真っ黒だし、カチカチだね!で、なんか家のお兄ぃより大きい?」


 彼女はソファーに座っているコジュンの隣に飛び込む様に座り、その肌を小さな手で触る。


「えぇ!?いきなり触られるのかよ!人懐っこいな」


 そこでヤヨイの声のノーンが下がる。


「のんちゃん?お家帰ってきたら、先ずはランドセルをお部屋になおして、手を洗うんじゃなかったっけ?」


 母に諭された彼女は「むぅ……」と、眉を歪めながら可愛らしく言うと、荷物を持ってリビングから駆け出した。


 小さな身体の割に足音が派手、階段を登る音がドタドタと響く。


「賑やかな子だな、めちゃくちゃ元気じゃん」


「ノゾミって言うの、あの子。今年で九歳になるんだよ、丁度コウちゃんが消えた時に、お腹の中に居たんだよね」


「え!?マジで!?知らなかったぜ」


「賑やかで落ち着き無いでしょ?ちょっとだけ、知的に障害があって……」


 少し悲しそうな顔をするが、すぐさま笑顔を取り戻し、「それも含めてかわいい子なのよね」と、カップのお茶を飲む。


 すると、コウサクがリビングへと入って来た。彼はテーブルにあるお気に入りのマグカップを手に取り、程よく飲み頃の麦茶を一口。


「うん、ヤヨイちゃんのお茶は格別だ。いつもありがとう」


 彼はヤヨイに軽くウィンクを飛ばす。ヤヨイもまんざらでもない様だ。


「早いね、もう九年経っちゃったからね」


 コウサクは溜め息とは言えぬ安堵の声で言う。


 その言葉にコジュンは疑問を感じた。


「あれ……?十年じゃねぇか? 俺、今年十六歳だぜ?ウエダさん」


 その瞬間、コウサクの動きが止まる、まるで蝋人形の様に固まり、彼は何かを思考している様だ。


 家の外からは、夕刻を告げる市役所からの放送が、夕日によく似合うドヴォルザークの「新世界」、第二楽章が聞こえてくる。



「ちょっと待ってくれ、コジュン君。それは本当かい?」


 緊張を解き、コウサクが彼の肩に手を伸ばした瞬間、甲高い笑い声が部屋を支配する。


「あはははは!コウサクさんもコウちゃんも何言ってるの!?コジュン君て誰だし、コウちゃんもパパの事『ウエダさん』って!」

 

 彼女はきっとこう思ったのだろう、『何この茶番』と。


 さらには、ノゾミが部屋から降りてきて、「宿題終わったよ!ね!お母さん!ゲームしていい!?」と、擦り寄ってくる。


 どんどん状況が混沌化していく。


 先程、母が言っていたのはこういう事なのか?と、コジュンは苦笑いを浮かべた。



「あー、うん。のんちゃんはゲームしててね!お母さん達は、ちょっとだけ大事なお話するからね!」


 ヤヨイの言葉にノゾミは瞳をキラつかせ、テレビの前で流行りのゲーム機でサンドボックス系のゲームを起動させた。



 三人は一息ついた後、コウサクはコジュンとの経緯をヤヨイに告げる。


 コジュンの人となり、そしてこの家に来たのは、息子の『コウジ=ウエダ』としてではなく、『コジュン=ハルバート』として、並行世界へと返す前提で連れてきたこと。


 戸籍上、DNA上では『息子』だが、『魂』といえる部分は『別人』である事。


 それを聞いたヤヨイは膝から崩れ落ちた。


「嘘……、だよね?だって、コウちゃん、私の事『ママ』って!」


 瞳の潤いが増す、今にも溢れ出しそうな涙が彼女の意思で辛うじて堰き止められる。


「また……、居なくなるなんて言わないでよコウちゃん!!」


 この一言で彼女の防波堤は容易く決壊した。大声を上げて泣きじゃくるヤヨイ。


 そこに、コジュンは彼女の肩を抱き、優しく告げる。


「わりぃママ。俺、『例え親を泣かせても、惚れた女を泣かせたまま』じゃ、居ても立ってもいられねぇんだよ」


 そして続ける。


「父ちゃんの受け売りだけどよ、『親とテメェの女を天秤に掛けるな』ってヤツだ。俺もそう思うからさ」


 その言葉にヤヨイは絶句した。筋が通り過ぎている。


「コウちゃん……、いつの間にそんな大人になったの……?」


 涙のヤヨイに告げる、それはファルシアの定義だが。


「だから、俺、今年十六歳だぜ?成人だ。酒も飲めるし、結婚もできるようになる」


 その言葉に場の雰囲気は凍りついた。

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