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第十小節〜その、真実……〜



 膠着の時間、その静寂を破ったのはポリエステルが擦れる音。



──バサリと、コウサクの背後から音が響く。


 ノゾミ以外の三人がそちらに振り向くと、一人の少年が目をまん丸に見開き、震えで口をパクパクと開閉していた。


「コウジ……、なのか……?」


 細々とした声。その少年は顔は瓜二つ、しかし、彼の方が少し幼く見える。四肢の線も細く、肌は両親と同じ淡黄色。

 

 紺のブレザーを羽織った白色のポロシャツに、チェック柄の灰色のスラックス。


 コジュンは『彼』が誰であるか、一目で解った。


「コウイチ……、だよな……?」


 次の瞬間、二人に言葉は要らなかった。少年達は共に歩み寄り、そして熱い抱擁をする。


「コウジ!コウジ!……、生きてたんだな!?俺……、会いたかった……っ!」


「へへっ、そう簡単にくたばるかよ、コウイチ。まだ、仮面タイガーの怪人役、ちゃんと決めてねーじやねーか」


 等と軽口を言うコジュンに、コウイチは涙ながらに言い返す。


「もうお前が仮面タイガーで良いよっ!続編に『帰ってきた仮面タイガー』ってのがあるから……!お前が生きててよかった……」


 そんな会話の中に、コジュンは一つ疑念が生じた。



 ──コウイチが幼く見える。


「なぁ……、コウイチ。お前、今何歳だ?」


 双子の弟の質問に兄は応える。


「え?十四歳だけど?今年中学二年生になったんだぞ?」


 その言葉にコウサクが反応した。


(この子達は一卵性双生児な筈だ、何故ここまで体格差が有る?)


 コジュンの筋肉量は『生活』の賜物だろう、だが、身長はコウイチを越え、自らに迫るほどだ。


「コジュン君、改めて聞くけど、君は何歳だっけ?」


「え?十五歳でもうすぐ十六の成人だぜ?……、あっちではな……って話だろ?」


 その言葉にコウサクの背筋は凍る。


「ま……、さか……」


 彼はその言葉を後に自室に引きこもってしまった。


 コウサクがリビングから出た後、なおもコウイチを抱きしめるコジュンだったが、その身長差や身体つきが自らの物とは掛け離れていると気づいた。


「あれ……?コウイチ?お前そんなに小さかったか?」


 先に声を上げたのはコジュンだ。


 そして、自らの視線より五センチほど上のコジュンの瞳をコウイチは奇っ怪そうに見ると、「てか、お前こそ何でそんなにデカいんだよ!?そんで、顔つきがまるで父さんじゃん?」と、コジュンに言い放つ。


──何かがおかしい、何かがズレている。二人は見つめ合ったまま硬直してしまった。



 その刹那、ノゾミがプレイするゲームのBGMと鈴を転がしたような笑い声によりその膠着が破られる。


「あははは!見てお母さん!何このキャラ!面白い!」


 何の屈託も無い笑顔、しかしヤヨイがそんな彼女に釘を差す。


「のんちゃん?ゲームは後、十分だよ?早くセーブしなきゃ」


 優しい母の言葉にノゾミは「はーい!」と軽口をたたく。まだまだ終わる気は無いようだ。


 そんな時に、コウイチは父の神妙な顔が気になりふと、呟く。


「でも、父さんどうしたんだろ?あんなに血相変えて……」


 コウイチは静かに声に出すが、コジュンの抱擁は続く。


「なんだよコウイチ!久しぶりなのに冷たくねぇか?俺、お前の事はもの凄く覚えてるんだぜ!?」


 そんな会話の中、ヤヨイが笑顔のまま重い口を開く。


「コウイチ、のんちゃん。宿題、あるよね?」


 ギョッとした表情をした二人は、おずおずと自室へ帰っ行った。


 二人残されたコジュンとヤヨイ。


「さて、コウちゃんには晩御飯のお手伝いしてもらおうかな?」 

 

 今年、四十路を迎える母。だが、その丸みを帯びた笑顔と、少し悪戯そうな目元は二十代そこそこの若き頃のままだ。


 コジュンは徐々に心がほぐれて行くのを感じ、自然と笑顔を作るようになったのだ。


「ママ、飯の用意なら任せとけ!一日三食、『父ちゃん』と俺の飯作ってたからな」


 コジュンは長袖のシャツを腕まくりして彼女に近づくが、ヤヨイは悲哀の表情で彼に問い掛けた。


「『父ちゃん』って……?コウサクさんが『お父さん』なのに……?」


 コジュンは彼女の肩を抱く、そして頬を寄せその心中を告げる。


「ママ、ゴメンな……。俺の『父ちゃん』は……、ジルウス=ハルバートただ一人。そして、俺は……」



 彼はヤヨイから一歩退き、その漆黒の瞳に強い意思を込め、一言。


「俺の名は。コジュン=ハルバートだ」


 その言葉に、ヤヨイは崩れ落ちた。


「コウちゃん……、なんで……」


「わかってるよ、ママ。でも……、でも……っ」


 その後、二人は泣きながら抱きあった。お互いの存在と温もりを確かめ合う様に……。



 


──ここはコウサクの自室、パソコンのディスプレイ越しに機構の職員達とテキストチャットの途中だ。


「ふむふむ、帰還者の特徴は、こちらの世界と向こうの世界の時間がズレている、と……」


 思考に耽る、それはただ時計の概念が違うのか、それとも一年の長さが違うのか。


 その後、チャットを深めている内に、恐ろしい可能性が脳裏に浮かんだ。


 稀にいたのだ。帰還者の中に、『今の技術』を遥かに超える技術の事を知っている人物が。


 そして、更に頭を悩ませたのが、帰還者達が居た向こうの世界の『歴史』が、それぞれ違う。と……。


 その上、子供の時に神隠しにあったはずなのだが。帰還時に、成人だったり、最悪老人のケースすらもある。


 コウサクは背筋を凍らせながら、ある一つの可能性をチャットに打ち込んだ。



「帰還者の時系列の違い、それに年齢のバラつき。ここから示唆される可能性は……」


 彼は生唾をゴクリと飲み、キーボードを叩く。


「時空振動による世界間移動は、『並行時間では無く、ランダムな時間へ飛ぶのではないか?』それを考慮すると、帰還者達の認識のズレが証明させるのではないか?」と。


 更に続ける。


「逆も然り、大人数の神隠しの被害者がいるのに対し、帰還者は極わずか。もしかすると、『現在時間からすると明日』に帰還する者も居るかもしれない、それが更に『来月』だったとしたら?」



 そのコメントに対し、レスポンスの波が押し寄せる。


「なるほど、帰還者達の言っている歴史のズレは、その理論ならまかり通る」や、


「だとすると、安易に我々も干渉すべきではないのではないか?」


 さらには、「そうか、『明日』帰還する。と、したら『現在』の我々には未知の世界だ。もしや、『過去』に帰還した人もいるかもしれない……」



 コウサクは頭を抱えて悩む。向こうへ返すと約束した我が子。だが、帰った先が彼の知っている時間で無かったのならば、それは地獄以外の何ものでもない。


 彼は『続き』を知りたいだけなのだ。



 思い悩んだ彼は、机の引き出しの奥を探る。


 見つけたのはかつて愛用していた旧式の喫煙デバイス。ふと手を触れると、まだ電源は生きている様だ。


 三本だけ残るスティックとデバイスを手にバルコニーへと足を運ぶ。


 季節は春、啓蟄を越え草むらからは虫達の大演奏。


 ニコチンを肺いっぱいに吸い込み、グリセリンの煙を吐く。


「これは……。どうしたものかな……?」



 彼の目の届かない所で、流星が一筋、宇宙を駆けた。



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