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第六小節〜君に伝えたい、そして……〜


 魔導ランプに照らされた屋内。天井ではなく、要所の柱に備えられた橙の灯りが風に揺れる。


 石造りの屋内の床には、柔らかな象牙色の絨毯が敷かれており、大きな天蓋付きのベッド。それに、壁には世界中の絵画が飾られている。


 一目置くのは、壁に設置された巨大な姿見。その隣には、ありとあらゆる高価な化粧品が並んだドレッサー。


 その薄明かりの中、一人の人物が下着も透ける薄衣で姿見の前に立っていた。


 ルーティだ。


 仄かな灯りに照らされた彼女は、姿見に映った我が身を、恨めしそうな眼光で見据える。


 その右手は先刻、『初めて』を奪われた唇を撫でる。


「コジュンが……。ボクのことを『女の子』として好きになってくれた……。嬉しい……、でも……。」


 彼女はその仄暗い灯りの中で、全ての衣服を脱ぎ去った。


 姿見に映る自らの姿。それを直視した時だ、彼女は蹲り密かに声を上げた。


「う……、うっ…、うわぁぁぁ……」


 その暗紫の瞳からは大粒の涙が溢れ出し、その後、大声で泣きじゃくる。


「コジュン……、コジュン……!大好きだよぉ……!」


 一頻り彼女は泣いた後、彼女は呼吸を整え小さな声で呟いた。


「明日、全部話そう……。例え神様に嫌われても、ボクはコジュンが好き……。彼と生きたい。許されるのならば……」


 すると、部屋の外から柔らかなリュートの奏が響く。彼女は疑問に思いつつ、口を開いた。


「お母さん、詩人さん呼んだのかな?」

 

 彼女は立ち上がり、涙で濡れる頬を拭いながらベッドに横になる。


 そのメロディーは、彼女の心に暖かい灯火を揺らす。



──そして、その柔らかさに聴き惚れながら、静かに眠りについた。






 ──時を同じくしてコジュンは一人、大海原が見渡せる丘に横たわっていた。


 今夜は新月、強すぎる月の光は何処にも存在しない。代わりに、満天の星空が広がり、揺蕩たゆたうように瞬いている。


 頬を撫でる潮風は、昼間の熱気をいとも簡単に薙ぎ払い、深い海の冷気を運んでくる。



「だぁー……。ルーティめっちゃ可愛いし、めっちゃ好きだったのに、先走ったなぁ……」


 コジュンの独り言は空へと消える。


 脳裏に巡るのは、この数週間の彼女の笑顔、仕草や、毎日魅力的に変わる服装。


 耳に残るのは彼女の愛らしい笑い声、それに悪戯な口調がコジュンの脳裏を駆け巡る。


 その煩悩を首を左右に振り、記憶の全てをかなぐり捨てる。




 彼女は『貴族』だ、たかが貧乏な漁師には高嶺の花。




「そりゃ、そうだわな……。俺は何をとち狂ってたんだか……」


 しばらく茫然とするコジュンだったが、急に起き上がり、両の手のひらで両頬を強く叩いた。


 一度だけでは『夢』から目覚められなかったのだろう、裂帛の勢いで何度も頬を叩く。


 それでも、彼の気持ちは渦めいたままだった。

 コジュンはすっくと立ち上がり、頬に伝わる涙を気にせず叫ぶ。


「クッッッソ、タレエェェェ!!」


 貧富の差、身分、それをかなぐり捨てる様な腹の底から放たれるその怒号は、星空へと虚しく響き渡ったたのだ。


 暫く俯いたまま微動ともしない彼は、ゴクリと『全てを』飲み込んだ後、その顔を上げた。


 その瞳には明らかな決意の炎がやどる。


「っしゃぁ!吹っ切れた!明日からは今までで通り漁に行って日銭を稼ぐだけだ!」



 言葉では言うものの、彼の『心』は拒絶していたのかも知れない。無理に笑顔を作ってはいるが、その表情は強張り、呼吸も乱れている。


 


 だが、荒い呼吸を立てていた彼の耳元に、柔らかなリュートの音色が流れ込む。


(なんだ?祭りに乗じてトルバドールでも呼んだのか?)


 ふと思い立ったその矢先。目の前の海原の一角、いや、目視出来る範囲一帯が無数の綺羅びやかな光を発したのだ。


 コジュンはただ、星の光が海面に写っただけと錯覚していたが、その煌めきはまるで『意思』を持ってこの島へゆっくり、ゆっくりと近づいて来る。


 「んん?」


 すると、海面を眺める彼の背後から、吐き気のする様な気配が。


 ふと、背後を振り返る。目に入ってきたのは、空虚石の採掘所や貯蔵庫が同じ拍を取りながら明暗を続けていた。



「なんだ……?これ……。とにかく家へ帰ろう、父ちゃんなら何か知ってるかも」


 コジュンはひとりごちると、足早に帰路につく。


 

──集落が見下ろせる丘へ着くと、自分の家の周りには、松明や魔導ランプを持った人集りが出来ていた。


 急いで丘を駆け降り、人集りへと歩み寄ると、人々の話し声が、それこそ、恐怖や苛立ちを含んだ口調だ。


「くそっ!こっちは戦力足りないってのによ!」

「空虚石の作戦は失敗か?」

「俺達は鶴の一声に従うだけだ。身体は老いたが、もう一丁ぶちかましてやろうぜ!」


 等と、コジュンは大人たちの会話が理解出来ない。不思議そうに首を傾げながら、近くの初老の男性に問い掛けた。


「なぁ、おっちゃん達なんで俺の家に集まってんだ?で、なんの話してんだよ?」

 

「げげっ!コジ坊!なんでこんな所に居るんだ!?寝てたんじゃねぇのかよ!」


 男はたじろぎ、その額には脂汗が流れる。そのすぐ後だ、彼は神妙な顔付きで続けた。


「コジ坊、詳しい事はお父つぁんから聞きな」


 頭に疑問符を浮かべるコジュンだったが、その後に発せられる彼の声に圧倒されるのだ。それは腹の底に吸い込んだ息を音信号弾の如く響いた。


「総長!コジュンがここに居ます!詳細を総長直々のお言葉で説明ご説明を!」


 老いた顔見知りの漁師の男性だ、その彼が背筋をまるで天上から吊り上げられるように伸ばし、サンダルからはみ出る生身の踵を打ち合わせる。


 その言葉を皮切りに、人の海はまるで『神話の一節』かの様に二つに別れ、その中枢が姿を現した。


 メロフォタの祭の時に着ていた『軍服』とも取れる制服を纏った父。

 そして、その傍らには、同じデザインの服だが、縁取りが銀色の制服の島長カイツェルバーグ。


 二人は何やら話し込んで居たようだ。が、男の覇気ある声でジルウスはその『人の海』の割れ目に立つ息子を見据えた。


 その眼光は、穏やかでぶっきらぼうな父の視線ではなかった。


「父ちゃん……、だよな?」


 その威厳と威圧に満ちた眼差しに、コジュンは背筋が凍えた。


 たが、ジルウスの瞳が一瞬緩んだのは気のせいか。



 彼はコジュンからすぐさま視線を外し、カイツェルバーグに告げる。


「俺はふねを起こしてくる、後の手筈は任せたぜ!」


「了解しました、総長」


 すると、ジルウスは真っ直ぐにコジュンに向かい歩み出した。そしてすれ違いざまに、


「コジュン。明日、島を捨てる。お前はもう寝ろ」


 彼はコジュンの首筋をトンと手刀で打つ。


「がぁっ?」と、うめき声を上げた後……、意識を失ってしまった。





──翌日、家の中で眠るコジュンを現に呼び戻したのは、潮騒でも海鳥の鳴き声でも無かった。


 朦朧とする意識のまま、ゆっくりと瞳を開けると、耳に入ってきたのは、島中に響き渡る赤子の産声。


「え!?なんだこの声!」


 彼はすぐさま起き上がり、先程までの眠気はこの異様な産声より一気に消えた。


 その後、上着を羽織り野外へと飛び出ると、そこにはまた、驚愕な光景が。


 

 沖合に、小さな島と見違える程の大きさの船が停泊していた。


 サイズは然り、船体全体に配備された砲身と、煙突の様に太く、長い砲身が六本見える。


「え……?あれって……、戦艦!?なんであんな船が島に??」


 冷や汗が頬を伝う。


 よく見ると、港からは、漁船やアーデル号が、矢継ぎ早に島民をその船に運んでいた。

 

 産声はさらに激しさを増し、島の空気を揺らす。



 すると、彼の背後から誰かが抱きついた。

振り返ると、そこにはルーティが顔をコジュンの背中に押し付け、微かに震えていたのだ。


「ルーティ……?な、なんで!?」


「コジュン!船に乗る前に会えて良かった!」


 二人は向き合うと、彼女の瞳には涙が溢れ、その手は彼の両手を優しく握る。


「コジュン、昨日は突き放してゴメンね」


「あ……、いや。俺も急にキスなんかしてゴメンな?」


 すると、彼女は顔を左右に大きく振り、その黒紫の瞳でコジュンの瞳を見つめた。


 震える唇で、戸惑った言葉を無理に発する。


「凄く嬉しかったし、ボクもコジュンが大好き……。でも、でも……ね」


 ルーティはその瞳を逸らし、そして俯いてしまう。


 コジュンは、少し諦めも含む苦笑いをした。


「わかってるって、ルーティ。身ぶ……」

「違うの!そんなんじゃない!」


 コジュンの言葉を遮り、彼女は一歩後退ると、瞳には大粒の涙を湛え、まるで黒曜石の様な煌めきと紫の輪郭が揺れる。


「ボクの、本当の事……。聞いて、それでもコジュンがボクのことを好きで居てくれるなら、君の彼女に……、してくれる?」


 コジュンの瞳は見開かれ、驚きを隠せない。


「ああ、聞くよ。聞かせてくれ、ルーティ」


 辺りの産声は勢いを増し、まるで癇癪を起こしたかのような激しさに変わった。


 だが、二人は見つめ合い、コジュンは彼女の言葉を待った。


 ルーティの瞳が左右に揺れ、キュッと引き締めた唇がゆっくりと開く。


「あのね……、ボク、本当は……。ううん、ボクの身体……」


 その瞬間、産声の大きさが鼓膜、いや脳を震わせる程に大きくなり、停泊している戦艦の前方の海に地響きを上げながら、その船の二倍以上は有りそうな水柱が立った。


「「え?」」


 二人がその水柱に視線を移したその刹那、海の底から巨大な赤ん坊の顔が姿を表し、その口を開く。


「見つけたぞぉ!、ハルバーートォォォオーー!!」


 その声は鼓膜ではなく脳が痛い、コジュンは無意識にルーティの手を取り引き寄せた。







──轟音と共に、コジュンの視界は一瞬で白く塗りつぶされた。

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