第五小節〜告白〜
それから数週間後、島長の帰還と共に村は改めて盛大な宴となった。
中央市場に大きな櫓が建てられ、何本もの松明に照らし出される。
その頂点に供えられた『大海の主』の頭部、見事な処理を施され、既に骨しか残っていない。
その櫓の下で一人の男が大声を上げていた。
「野郎共!飲め!食え!ガキ共はたらふく食え!今夜は俺が島長代理だ!」
腹の底から発せられる声。
ジルウスだ。
島民全員が歓喜の声を上げる。
「ジールウス!ジールウス!」
その中に、酔いが回った男達が肩を組みながら、それぞれ手に持ったタンカードを頭の上に上げた。
「我らが総長に!カンパーイ!」
「ガハハ、やっぱ総長エグいッスよ!一生ついてくぞー!」
カイツェルバーグに至っては、その側で優雅な椅子に腰掛け、妻とワインを酌み交わしている始末。
なんだこの光景は?と、思う雰囲気だがコジュンは一人、メロフォタの肉を炭火で焼いて島民に配る、という忙がしさに追われていた。
仕込みで漬け込んだ肉を串に刺し、焼く。生肉は父が雇った魔術師のお陰で劣化は防いではいる。
だが、漬け込みの進行度と、焼いた際の火の通りが遅い。その上、一つ火加減を間違えると焦げてしまうのだ。
「父ちゃん!酔っぱらってねぇで手伝えよ!てか、焼いたそばから食うなよ!」
「ああん?コレが『約得』ってヤツだコジュン。お前も焼き立てを後ろ向いてお口にポイだ!うめぇぞ?」
ジルウスはニヤリと笑う。
「『うめぇぞ』じゃねぇよ!どこにそんな暇あるんだよっ!?」
コジュンの焼き場の前には長蛇の列、特に多いのは老輩の男女や、小さな子供を連れた母親。それぞれが、「まさか、主様をその口に出来るとは。ありがたい」や、「一生に一度食べれるか分からないよ!お食べお食べ」と、口にしている。
ジルウスはしたり顔でコジュンに声を掛けた。
「みーんな美味いって言ってるぜ?お前、料理の素質も有るんじゃねぇか?」
「誰が毎日飯作ってると思ってるんだよ!この飲んだくれ!嫌でも身に付くわ!」
悪態を吐くコジュンの耳に、凛とした声が聞こえた。
「コジュン!おまたせ!」
傍らに居たのはルーティだった。彼女は白のシャツの上に、長袖の淡い茶色のカーディガン、水色のロングスカート姿で彼の隣りに居た。
「うぇ!?ルーティ!?いつからそこに居た!?」
「今さっきだよ。大変そうだね、ボクも手伝うよ」
彼女は上着の腕をたくし上げ、コジュンの隣に立ち、忙しく焼ける魚肉を転がし始めたのだ。
「おりょ?ルーちゃんじゃねぇか、可愛い顔してんのに、火、怖くないのか?」
「こんばんは、ジルウスさん。てか、もう隠す気0じゃん」
そう言われたジルウスの衣装は、深い紺地に金の縁取りがされた軍服に近い船乗りの服。
左胸に金のネームプレートが光る。
「ん?古臭いキラフ文字なんだが。嬢ちゃん読めるのか?」
「読めるよ!ジルウスさんの左腕の入れ墨もよめたよっ」
と、ルーティは悪戯な顔をすると、ジルウスは顔を真っ赤に紅潮した。
「嬢ちゃん、中々に博学じゃねぇか」
「コレでも貴族の端くれだよ?色々知ってるよー?ジルウスさん達が魔王を鎮めてくれたのもね!」
ジルウスは背筋がゾッとしたが、熱い現場の勢いに戻らされたのは、コジュンの一言だった。
「父ちゃんもルーティもニヤついてないで手伝ってくれよ! 父ちゃんは焼いた串をとっとと皆に渡す!」
汗だくのコジュンはさらに続ける。
「ルーティ!足元に一番から四番までの箱に漬け込んだ肉があるだろ!?一番から串に刺してくれ!」
その光景の後ろで一人、重い酒樽を転がしている少年が居た。
ヨシュアだ。
「何故、僕は貴族なんだぞ!?こんな筋肉労働を!?」
悪態を付きながら、その長い髪は額と頬に貼り付いている。
横目に父であるカイツェルバーグが優雅にグラスを傾け、ワインを味わっていた。
「父様!?何故僕がこの様な肉体労働を!?」
汗だくになりながら金切り声を上げると、父親はグラスのワインを一回しした後、ゆっくりと口を開く。
「ヨシュア。『統べる者』とは、その下々の者の苦楽をも知り得て無ければならない。ただ権力を振りかざすだけなら愚王のそれだ」
「ですが父様!?」
言い返したヨシュアの姿に、溜め息を吐いたカイツェルバーグはゆっくりと立ち上がり、息子の運んでいる酒樽をいとも簡単に肩に担いだのだ。ゆうに成人男性一人分の重さがある酒樽を、だ。
「ヨシュア、『気合と根性』だ。その精神論を表に出すか、内に秘め肉体で証明するか。この先は自分で決めなさい。お前に足りないのは、圧倒的なフィジカルだ」
その光景を見たヨシュアは、その小さな喉を静かに上下した。
(悔しい……、僕は、父様に追い付きたい)
彼の瞳に一つの炎が宿った瞬間だった。
── 一人の少年が、メロフォタの頭蓋骨を目の前にし、固唾を飲んでいた。
切り揃えられてはいるが、少し癖のある黒褐色の髪に翡翠色の瞳。整えられた水色の襟付きのシャツに首元の鼈甲のタイ。
象牙色の糊の聞いたスラックスを履いている。
レイドールだ。
彼は得も言えぬ自分の感情を押し殺し、供えられた頭蓋を見据えていた。
「何故だ……。何故私は、いや、何故彼はこの偉業を成し得れる?」
額に脂汗を流す彼の耳に、二人の声が掛かる。、
「レイドール君!メロフォタ美味しいよ!一緒に食べようよ!」
「レイドール君。あの野蛮筋肉が焼いたんだが、中々いけるぞ」
取り巻きの二人、サッシュとグラナダだ。
サッシュは中肉中背、食いしん坊な下級貴族。レイドールに絶対的な信頼を置いている。
対してグラナダは家格は辛うじて下だが、レイドールと同格と思い込んでいる存在だ。
「サッシュもグラナダも何を食べているんだ!コジュンの奴が焼いた物など……」
言葉途中で、その鼻腔をくすぐる香ばしさと奥ゆかしい香りに言葉を詰まらせた。
彼の喉が上下したのは、恐らく口腔に溜まる唾液を無理やりに飲み込んだ為であろう。
そんな彼に遠くから響いて来た声。
「あ!レイ君達じゃん!配布落ち着いてきたから皆で食べよう!?」
にこやかにルーティは手を振った。既に彼女はレイドール達とも仲良くなっていた。
にこやかにルーティは手を振ると、レイドールも、「ルーティリス嬢、気持ちは有り難いが……」と、堅苦しい顔をしたのだ。
「もう!ルーティって呼んでって言ってるじゃん!レイ君って堅物?」
ふくれっ面の彼女を苦笑いで宥めつつ、レイドールは横目でコジュンを見る。その視線は蔑む物だった。
その視線にコジュンは気が付き、「あん?なんだよレイ、今夜はややこしい事抜きで行こうぜ!ほら、焼き立てだ、食えよ。マジでうめぇぞ」
と、香ばしい薫りと、湯気の上がる串焼きを手渡す。
「まぁ、何だ。今回はお前の勝ちで良い。次は私が勝つぞ!覚えておけ」
とは、言っているが、熱々のメロフォタ肉に頬張る姿は年相応の少年の姿だった。
──時は祭りも終わり、コジュンとルーティは浜辺で二人横並びで星空を見ていた。
月の出ていない空は、星々の瞬きが灯りとなり二人を照らす。
気が付けばコジュンはルーティの右手を握っていた。
「なぁ、ルーティ。今日は楽しかったな」
「うん、楽しかった。で、なんでコジュンはボクの手を握ってるの?」
悪戯そうな顔で彼女はコジュンの肩に頭を寄せる。その握っていた手を離し、彼はルーティの肩を抱く。
「ルーティ……ごめん」
彼女と向き合ったコジュンは、その言葉と共にルーティの唇を奪った。
「んっ……」
身震いする彼女の唇から、ゆっくりと離れた彼は一言。
「俺、ルーティが好きだ」
彼女の瞳に嬉しさと、もっと別の『耐え難い苦痛』の涙が浮かぶ。
その刹那、ルーティはコジュンを突き放し、「ごめん、ボク……」
と、言葉途中で留めた彼女の瞳には大粒の涙が浮かんでいた。そして、彼女はその場を急ぎ足て去ってしまったのだ。
小波の打ち寄せる音と、草花に潜む虫たちの伴奏だけがこの場に残る。
コジュンは仰向けに大の字に横たわり、額に手を充てる。
「やっちまったー……」
空の星雲が彼を優しく包みこんでいた。




