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第四小節〜測る眼と、知らぬ眼〜




 コジュンがルーティに手を引かれながら歩いていると、不意に背筋に引っかかるような視線を感じた。


 ざわめく市場の中で、そこだけ空気が一段冷えたような感覚。


「……随分と騒がしいな」


 声がしたのは、すぐ近くだった。

 

 振り向くと、三人の少年が屋台の脇に立っている。その中心にいるのは、ひときわ整った服装の男だった。


 仕立ての良いシャツに、無駄のない立ち姿。年はコジュンと同じか、少し上か。


 だがその目は、明らかに『上』から見ていた。


「あっれぇ?レイ、こんな所で奇遇だなぁ」


 コジュンはわざとらしく頭を掻く。


「『レイ』はやめていただきたい」


 間髪入れず、静かに訂正が入る。


「私はレイドールだ」


 その言い方は穏やかだが、有無を言わせぬ硬さがあった。


 レイドールはゆっくりと視線を動かし、コジュンの手を握るルーティへと向ける。


 一瞬で、その目が変わった。


 観察するような、値踏みするような光。


「……ふぅん。本土の女性ですか」


「え?あ、うん。そうだけど……」


 ルーティが少し戸惑いながら答えると、レイドールはわずかに目を細めた。


「女性にしては、随分と『整いすぎ』てるな」


 その言葉は曖昧で、しかし妙に引っかかる。


 コジュンが眉を顰める。


「なんだよそれ」


「そのままの意味だ」


 レイドールは肩を竦め、視線をコジュンへ戻す。


「それより……君は相変わらずだな」


「は?」


「脳まで筋肉で、『気合いと根性』等という精神論だけで生きている者は、実に分かりやすい」


 空気が一瞬で張り詰めた。


 コジュンのこめかみに血が上る。


「……ケンカ売ってんのか?」


「事実を述べているだが?」


 レイドールは一歩も引かない。


「筋肉で物事が解決するなら、この世界に『思考』など不要だろう?」


 その言葉に、周囲のざわめきが一瞬だけ遠のいた。


 コジュンは無意識に一歩踏み出す。


 距離が詰まる。


 その瞬間――


 レイドールの喉が、ほんの僅かに鳴った。


(……近い)


 しかし次の瞬間には、何事もなかったかのように顎を上げる。


「……失礼。距離感の概念がないようだな、野蛮な人種は困る」


 だが、その指先はわずかに強張っていた。



 ルーティは二人を交互に見て、小さく首を傾げる。



「ねぇコジュン、この人……」



「気にすんな。ちょっと嫌な奴なだけだ」



「……『だけ』、か」



 レイドールは小さく笑う。



 その笑みはどこか歪んでいた。



(……なぜだ)

(なぜ私は、この男に──)



 一瞬だけ浮かんだ感情を、即座に押し潰す。


「覚えておくといい」


 彼は静かに言った。


「力だけの人間は、必ず『使われる側』に落ちる」


 その言葉を残し、レイドールは踵を返す。


 取り巻きの二人も無言で続いた。


 去り際、彼は一度だけ振り返る。

 その視線は――コジュンではなく、ルーティに向けられていた。


 ポツリと取り残されたコジュンとルーティ、二人の鼻先に串焼き屋の香ばしい薫りが流れてくる。


「ルーティ。串焼きでも食べようぜ、なんかレイといがみ合ったらやたら腹減った」


「いいよ!食べよ!ボクもさっきから美味しそうな匂いで彼の嫌味なんて耳に入って無かったから」


 二人は見つめ合い、そしてはにかんだ。


「おっちゃん!串焼き二本くれ!焼き立て頼むぜ!」


「おー!コジュンじゃねーか!お!?かわい子ちゃんと一緒か?」


「おっちゃんも『かわい子ちゃん』って言うのね……。なんか古臭くねぇか?」


「細けぇこと言うなよ、若造は沢山食え!お前とお嬢ちゃん一本づつサービスだ!」


 二人は香ばしい薫りの立つ『山の幸串』と『海の幸串』を受け取った。


「お代は二本分で銅貨四枚だっ」


 店主がにこやかに屋台にぶら下がる籠を差し出すと、コジュンはポケットから茶巾を取り出し、銅貨を探す。


「あっ!ちゃんとボクも払うよ!?」


 ルーティは腰に付けていたポシェットに手を伸ばした。


 その瞬間、店主は笑顔を保ったまま額に青筋を立てたのだ。


──コジュンは理解した。


「あっ!!ルーティ!あんなところに竜が飛んでる!珍しい!」


 と、屋台の反対側の空を指さす。


「ええっ!?竜!?見たい!」


 ルーティが完全に気を逸らした瞬間、コジュンは店主に銅貨四枚を差し出した。すると、店主は白くて太い歯を剥き出しにして右手親指をサムズアップしたのだ。


「さてさて、食べようぜルーティ。おっちゃんの串焼き美味いんだよ」

 

 コジュンは一口、山の幸串を頬張った。

 溢れる肉汁が、歯応えが口腔を支配する。が、その野性的な『臭い』と見事に合わされた鼻腔に抜ける爽やかな香りの野草と、香ばしさと柔らかな食感の根菜。


「うめっ!あっつ!ルーティも早く食えよ!」


 ルーティはポカンと口を開け、その光景を見ていた。


「あれ?コジュン?お代は?」


「んなもん気にすんなよ!美味い内に食わなきゃ損だぜ?」


 彼女は状況が理解できず、助け舟を請う視線で店主に視線を移す。


「ん?どうした、嬢ちゃん。早く食わねぇと冷めちまうぜ?」


 と、笑顔を振りまいている。状況を理解した彼女は、頬を赤らめながらコジュンの背中に体重を任せた。


「え!?ルーティ!?俺、漁帰りだから汗臭いぜ!?」


「ありがと、美味しく頂くね」


 背中に感じる発声の振動はとても心地よかった。


 ──その後、二人は解体屋へと赴き、メロフォタの解体を依頼した後、浜辺へ戻る事に決める。



「そういやさ、コジュン。君のお父さんってどんな人?二人で釣り上げたんだよね?」


 浜辺への帰り道、彼女はごく普通に腕を絡ませる、それは悪路だったせいか、それとも好意だったのかは分からない。



「あー、一言で言うと『雑な筋肉』かな?なんで?」


 聞き返すコジュンの言葉に、彼女は少し暗い顔をした。


「ボクは……。お父さんの事……、嫌いだから……。お母さんだけが、ボクのこと『認めて』くれたからさ」


「あー……、悪い。俺の母ちゃんはとっくの昔に死んでるからな。その辺はよくわからねぇんだよ」

 

 苦虫を潰したような表情の彼に、ルーティは身を震わせた。


「あっ!ゴメン!」


「俺も覚えてねぇから大丈夫っ!」


 コジュンは笑顔を取り戻し、さらに歩みを進めると、小高い丘から今日の釣果、メロフォタの姿が砂浜に横たわっているのが見え始める。


「おおっ!釣り上げた時は黒かったのに、なんか青くなってる!」


「ええっ!?大きすぎない!?」


 集まる人々が豆粒にしか見えない距離からも判る。まるで一艘の船サイズだ。


「すげぇだろ?」


 コジュンはしたり顔。


「早く近くで見たいよ!」と、ルーティはピョンピョン跳ねながらコジュンの腕を掴む。


「んじゃ、ダッシュで行くか?かけっこしようぜ?」


 彼は少し悪戯な顔をした、線の細い女の子に負けるわけがない、と。


 だが、ルーティは屈伸運動を始め、身体の筋を伸ばし始めたのだ。


「コジュン。ボク、走るのは得意なんだよ?君は追い付けるかな?」


「言ってくれるじゃねぇか。じゃっ、せーの、ダッシュ!」


 コジュンの言葉と共に二人は走り出した、が、一歩二歩とルーティは先へ走る。


「え!?ルーティ!?早くね!?」


「だから言ったじゃん?ほらほら、コジュン、おいでー!」


 余裕綽々の笑顔で彼女は走る。結局、大差を付けられてしまったコジュン。彼は息絶え絶えなのに対し、彼女はにこやかに笑っている。


「っだーー!負けた!」


 コジュンのその声はメロフォタが横たわる浜辺全体へと響いた。




 ──大勢の島民に囲まれたその巨魚は、今まさに刃物が入るその瞬間だった。


 そこには熱帯の島には珍しい、氷の精霊魔法の魔術師まで登用し、内臓の腐敗を遅らせる処置までされている。


「父ちゃん!?魔術師さんまで呼んだのか!?家のどこにそんな金あるんだよ!?」


 コジュンは顔面蒼白で父、ジルウスに問いかけるが、「素材全部売ってもお釣りが来るじゃねーか、細かい事気にすんな!」と、酒を煽りながら笑い飛ばした。


 そこで、ジルウスはコジュンの後ろでメロフォタに見とれている一人の人物に意識が向いた。


「あれ?お嬢ちゃん、魚好きなのか?」


「あっ、こんにちは!図鑑の魚だったから、まさか本物見れるとは思わなくって!」


 ルーティは羨望の眼差しで、今まさに解体されていくメロフォタを魅入っている。


「存分に見ておきな!滅多に揚がる魚じゃねぇからよ! おっと、俺はジルウス=ハルバート。よろしくな、お嬢ちゃん」


 ジルウスはニカッと歯を剥き出しにしながら、彼女に握手を求めた。


「え……?ジルウス=ハルバート!?ええっ!?」


 ルーティは二三歩後ず去る。


「『蒼き大海原の覇者!?』ええ!?」


 その瞬間、ジルウスおよび、周りに集まった島民が即座に固まるが。


「あー、歯医者!歯医者だったよな?ジルさん!」


 島民の一人が声を上げた。


「おー、そうだったんだぜ!歯医者さんだったんだ。はははははは」


 その瞬間、また別の島民が、ルーティの目の前で、人差し指を口の前に当てて、「しーーー」っと苦い顔をする。


「え!?父ちゃん、歯医者!?マジで!?」


 コジュンの単純さに助けられた瞬間だった。

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