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第三小節〜ラルゲットを……君に〜



 

 コジュンの視線は目の前の少女に釘付けだった。ぶつかって転んだ際に付いた砂や土を払う仕草、耳元で揺れるピアス。


 そして、その雪のように白く儚い脚線美。

 

 整髪料とも、香水とも言えない甘い香りが潮の匂いと混じり合い、コジュンの胸の高鳴りをさらに後押しする。


 すると彼女は、その黒とも紫ともいえぬ瞳を、上目遣いで話しかけて来た。


「ゴメンね、ぶつかっちゃった!」


 目一杯に笑う彼女はペロリと舌を出し、右手を差し伸ばす。


「ボク、ルーティリスって言うんだ……、あっ、『ルーティ』で良いよ!君は?」


 ── 名前に一瞬の戸惑いを見せるが……。


「え……?あ……」


 すっかり硬直していたコジュンの意識を現に戻したのは、奇しくもかつて父から飛ばされた激だった。


『コジュン!かわい子ちゃんを見つけたら、まずはテメェから名乗れ!レディに恥かかせんなよ!!』


 コジュンの瞳に正気が戻る。その瞬間彼は両耳を塞ぎ、先程の彼女の名乗りを上書きする様な大声で叫ぶ。


「っだぁぁぁーーー!」


 その声の突然さと、大きさにルーティは思わず身構えた。その顔は驚きと恐怖で引きつり、瞳をまん丸に見開いている。


「ごめん!さっき名前教えてくれたの、無かったことにしてくれね?男として、『スジ』は通したいんだ!」


 コジュンは両手を合わせ、祈るように彼女に頭を下げると、ルーティはお腹を抱えて笑い出した。


 まるで鈴が転がるかのような愛らしい声。彼女は笑い涙を拭きながらコジュンの瞳を見る。


「君、面白いね!いいよ!じゃあ……、最初からなら……、もう一回ぶつかる?」


 悪戯に笑う彼女の瞳や口元、揺れるピアスに浜風に流される髪の毛。


 そして、両手を後ろ手で組み、首をかしげながらコジュンの次の言葉を待つ彼女。


 彼の心拍数と胸の高揚は限界値を超えた。が、頭の中では冷静に『理解』したのだ。



(あ……、惚れた。マジで惚れた)



 ──そう悟った後のコジュンの態度は一変する。



 「ぶつかってゴメンな!ケガはない?俺はコジュン=ハルバート。ただの漁師だ。君は?」


 彼は引き締まった顔で右手を差し出し、彼女に握手を求める。


「え!?あれ?どうしたの急に?」


 ルーティは困惑するが、彼の眼差しは『何一つ隠すつもりはない』と、でも言わんばかりに澄み、抗えない様な深さを湛えた。


「えへ、なんか急に恥ずかしいな……。ボクはルーティ。ルーティ=リーズウッド。半月程前にこの島に引っ越してきたんだ。よろしくね!」


 身悶えしながらその細い腕を伸ばし、コジュンと握手を交わす。



「ねぇコジュン、コレで君の『スジ』は通ったのかな??」


「あー、ゴメン。わざわざ付き合ってくれてありがとな!」


 二人の間に浜風が吹き抜け、太陽と潮の恩恵が二人を包む。


「コジュン。ボクね、島のことまだ全然知らないから散歩してたの。君が良かったらだけど、案内してくれないかな?」


 ルーティは握手のままの右手を優しく握り返し、コジュンに擦り寄るように問い掛けた。


 少女でありながら少しだけ手が硬い気がした。しかし、細く長い指と整えられた爪は、何も装飾されていないにも関わらず、眩い光沢を湛える。


(え?指細っ、爪めちゃキレイ!)


 コジュンは思わず彼女の手を魅入った。


 しかし彼女は、「さ!村の市場を案内してよ!一回行ってみたかったんだぁ」と、コジュンの手を引く。


「わかったってルーティ!先ずは解体屋に行かせてくれよ。さっき父ちゃんとどデカいメロフォタを釣り上げたんだ、実は今、お使いの途中でさ」


「えぇ!?メロフォタって図鑑に載ってる最大の魚だよね!?ボクも見てみたい!市場で解体屋さんに依頼したら、見せてよ!お願い!」


 ルーティはその瞳を輝かせ、コジュンの手を握ったまま胸元へ押し付ける。


 コジュンは照れくさそうに頭を掻くと、彼女の手を引き、市場へ向けて歩みだした。


 

 ──ブルーオルカ村中央部。


 海の幸はもちろん、島の裏手の山で採れた山の幸、生活必需品や装飾品まで、様々な店舗やバザールがひしめき合う。


 島の住人はもちろん、隣接する島や、遠く離れた『本土』と言われる大陸からの買い付け客で賑わっていた。


 そんな『本土』から買い付けに来る連中の目的は、この島だけで発見したされた鉱物。『空虚石』、それは魔力や闘気、はたまた精霊さえも封じ込ませ、自由に出力、制御出来る代物。


 世界情勢がひっくり返るような鉱物だが、島長カイツェルバーグの手腕により、限られた数を限られた日にしか出品しないと言うものだ。


 コジュンとルーティは他愛もない話をしながらバザールへと辿り着いた。


 そこはもう溢れんばかりの活気と人の波、屋台で香ばしく焼かれた貝類の香りや、本土の人々が付ける香水の甘ったるい臭い。それに、海の匂いも混ざり、コジュンの顔は少し苦笑いを浮かべるが。


「ここの匂いイマイチ好きになれねぇんだよなぁ」


「え!?そうなの?ボクはこの雰囲気凄く好き!」


 と、ルーティは上機嫌でにこやかに笑う。その少し開いた口から、一本だけ目立つ八重歯が愛らしかった。


 至る所に開かれた店舗から、威勢のよい売り込みの声が響く、コジュン達は解体屋に歩みを進めると、その途中、あまり会いたくない三人の少年達が屋台の串焼きを頬張っているのが目に入る。


「げげっ!レイ達じゃねーか」 


 コジュンは思わずたじろいだ。

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