八、 さあ宴をはじめよう
「さあ子供たち、お館様をとっちめたお祝いだ!宴をしようぞ」
「やったあ」
「宴だ宴だ!」
お館様たちが去るのを見届けた後、荘官殿の上げた声に子供たちが元気に応えました。
「うたげ?」
「お外で荘官殿とみんなで輪になり、おまんま食べたり飴湯を飲んだりして面白く過ごすんだよ」
「へえ」
それは楽しそうだなとレイロウは思いました。
いつも宿舎の中でおまんまを食べる子供たちですが、荘官殿は別の離れにいて席を同じにすることはなかったのです。
やがてみな宿舎の中からゴザやら簡素な食器やらをわいわいと表へ持ち出してきます。
「もう宿舎にある食べ物は全部出してしまえ!備蓄用のものも全てだ」
「僕、実はとっておきの干し肉を持っているんだ」
「わたしも、街のおばさんに貰った砂糖菓子がある」
「わたしは乳の粉を持ってる」
「豪勢だねえ」
荘官殿の声で、子供たちはそれぞれの秘蔵の食べ物を全部持ち寄りました。
いつもお館様から配給される質素な固い麺麭と水だけを食している子供たちでしたが、宿舎の前に敷かれたゴザの上にはどこにこんなに隠していたのかという位のおまんまが並んだのでした。
「さあ宴をはじめよう!」
ランドがそう言うと荘官殿を中心として子供たちが車座になり、おまんまを囲んで座りました。
普段はおまんまを食べないレイロウもこの時ばかりはみんなに呼ばれ、輪になって座ったのでした。
レイロウの隣にはアビイがいました。
アビイは改めて、初めて会った日に命を救われたことのお礼を伝えました。
レイロウは思わず赤面したりしました。
それからは本当に楽しいひと時でした。
みなで御馳走を飲み食いをしながら、ランドが子供たちそれぞれのこれまでの失敗話を面白く披露したり、
愉快なタンタがお館様が裸んぼになって大慌てした時のものまねをして、皆の笑いを誘いました。
そして気の乗った荘官殿が、木の匙を剣に見立てて優美な演武を披露しました。
レイロウでなくともその動きの見事さ、美しさに全員が息を飲みました。
荘官殿の身体の軸は、まったくぶれておりません。
手にした木の匙が立派な長剣に見える程の、それはそれは見事な演武なのでした。
レイロウは、ボタ山の外の世界はこんなにも喜びが満ち溢れているのかと、驚嘆しました。
やがて食べるものも全てなくなり、お空の太陽も傾きかけてきました。
にわかに、みなが俯き表情が暗くなったのが分かりました。そしてそこに、長い静寂が訪れます。
ついさっきまで大笑いしていたのに、いったいどうしたのかとレイロウはきょとんとしました。
「……さて、宴はここまでだな」
荘官殿がそうポツリとつぶやきました。
「すまんな子供たち。私はまた、取り返しのつかない事をしてしまった……」
「何を言うのです、荘官殿」
「わたしたちは大丈夫です」
「あこそでもし荘官殿がレイロウの腕を斬っていたら、わたしたちはきっと荘官殿を嫌いになりました」
「夕焼け街の子供だとしても、人としての誇りまでは失うなといつも言っていたのは荘官殿ではないですか」
「だからここは、これで良いのです」
「お前たち……」
荘官殿の目の淵に涙が光ったように思えましたが、暗がりでよく見えません。
「お前たちに教えられるとはな……みな立派になったな」
そう言う荘官殿に、子供たちが一斉にわあと抱きつきました。
一番大きな取りまとめ役のランドも、この時ばかりは小さな子供のようになって荘官殿に泣きついていました。
いったい何が起きているのか分からないのはレイロウだけです。
すると荘官殿が説明をしてくれました。
「もうすぐお館様が、ありったけの人と武器を以ってここに戻られるだろう。恥をかかせた私に仕返しをしにな。
お館様の事だ、失態を見た子供たちも全て“亡き者“にるに違いない。もう我々はどうする事もできないのだ」
「ええ?だったらあの時、お館様の言うように僕の腕を斬ってくれれば」
レイロウのその言葉に、荘官殿は頭を振りました。
「……お前、お館様のお話は聞いたか?」
「はい」
「あのお話は、偽りもあれば本当の部分もある。確かに私は先の大戦で、多くの敵国の兵士や士官たちを斬った。数えきれない程な。
それで私は"人斬りオロチ"なんて呼ばれもした。それが私の仕事、お役目だったのだ。
ただし、そんな"人斬り"でも、無抵抗の子供を斬ることは、無かった。
人を斬り過ぎた罰として手の健を断ち、奴隷の身分となったが、それだけは守り抜いたのだ。
私が死んで地獄に堕ちたら、地獄の門番に胸を張ってこう言ってやるのだ。
『俺が人斬りオロチだ!俺ほど人を斬った悪党はそうそう居ないだろう!だがそんな俺でも子供にだけは刃を向けたことは無い!それだけは胸を張って言える!さあ早く地獄に墜とせ!』とな」
ガッハッハと荘官殿が大声をたてて笑いました。
そしてまた、にわかに真面目な表情になりました。
「例え不死人であってもあそこでお前を斬ったら、私はこれまでの剣士のとしての誇りを、全て捨てることになった。それは私にとって死ぬよりもよほど辛いことなのだ」
「……」
レイロウはもう言葉になりませんでした。
「不死人、お前は元々この荘園に売られた者ではない、夕焼け街の外れから来たよそ者だ。ここの掟に縛られることはない。お前だけはここを去るのだ」
「ええ?」
「今からその支度をさせよう。おい子供たち、私の離れに行って床下にある荷物を全部そのままここへ持ってきてくれ」
「はい」と子供ふたりが返事をして、荘官殿の離れのある方へ駆け出しました。
「お、お待ち下さい。僕だけ逃げるなんてできません、それなら皆で逃げましょう!この荘園を出て、またみんなで何かしょうばいをして暮らせば良いのではないですか。そうしましょう」
「それはできない相談なんだよ」
ランドが横から口を出しました。
「これを見ろよ」
そう言うと、ランドは自分の両足首に巻いてある脚絆をグイと外しました。
するとそこには、足飾りのように足首をぐるりと囲った二本の赤黒い線が出てきました。それは火傷跡のようです。
他の子供たちも皆、今まで脚絆や巻き布で隠していた足首を晒しました。そこにはやはりランドと同じように、二本の火傷跡が付いているのです。
あの可愛らしいアビィの足首にも、その痛々しい“輪“があります。
「これがこの荘園に売られた者の証だ。俺たちは一生、死ぬまでここで働くように決められているんだ。この"輪"がある限り、決して外でしょうばいなんかできやしないんだ」
「それにな」
今度はタンタが言いました。
「俺たちの家族は、みんなてんでバラバラの違う宿舎で暮らしているんだ。俺の父ちゃんも母ちゃんも別の宿舎に居て、会えるのは年に四回、節句の時だけだ。もし俺がここを逃げ出したら、連帯責任で父ちゃんや母ちゃんが酷い"お叱り"を受けるんだ。どんな目に遭うかわかりゃしない。だから逃げることは絶対に出来ないのさ」
ランドがタンタの言葉に頷きながら言いました。
「ああ。逆に言えば、ここで俺たちが問題なく働けているのは、皆の家族が他の宿舎で真面目に勤めている証拠なんだ。それをこちらから裏切ることはできない」
荘園のあまりにうまく出来た卑劣な仕組みに、レイロウはとても悲しい気持ちになりました。
これまで楽しくしょうばいをしていた仲間たちにこんな悲惨な立場であったことを、レイロウは思いもよらなかったのです。
「だからレイロウだけでもこの荘園を去れ。『不死人はさっさと逃げました』って言えば大丈夫さ」
タンタがあっけらかんと笑って言いました。
「不死人よ、仮にお前がここに売られる奴隷だとしても、その足首にこの禍々しい"証"は付けられまい。直ぐに治ってしまうからな。だからお前は本当の自由人なんだ。何にも縛られることはなく、外の世界に旅立つことが出来るのだ」
やがて荘官殿の離れへと遣い行った二人が、幾つか包みを持って戻ってきました。
その中には布にくるまれた長物があり、その輪郭はまるで刀剣のようでした。
「荘官殿、これでいいかしら」
「おおそうだ、ご苦労だった」
荘官殿はそう言って荷物をら受け取りました。
そしてまずその一つの布の包みを開けました。その中には子供向けの上下の服が、綺麗に畳まれて入れてありました。
「これはな、昔この夕焼け街に訪れた紳士に貰った子供向けの服だ。とても上等なもので、いつかこの夕焼け街を出ていく子供が現れたら着せてやろうと思って取っていたんだ。これから外へ行くのに、今のお前のようなボロボロの裸のようでは困るからな」
そう言うと、その布包みをレイロウに渡しました。
「その子供がまさか不死人だったとは思いもよらなかったがな」
「は、はい。ありがとうございます」
そして次の"荷物"です。それは布に包まれた件の長物でした。明らかに"刀剣"の形状をしたそれに、レイロウの心は沸き立ちました。
「これはなーー」
そう言って荘官殿は巻き布をするりと開きました。
するとその中から出て来たのはまさに、年季の入った見かけをしている鞘に納められた立派な剣なのでした。
レイロウの目がにわかに輝きました。
「これは"アーガンド王国軍正式官給剣"と言ってな、かつてよりアーガンド王国では正式に軍の剣士になった者には例外なく、この剣を支給するのだ。どんな立派な将校になる者も、散々な戦果しか挙げられない未熟者も、最初はみなこの剣を手にして修練を励むことになる。その習慣は今も続いているはずだ。そしてこれは私が16の頃、アーガンド王国軍に入隊した時に初めて手にした剣だ。それをお前にやろう」
「ええっそんな貴重な物を!?」
「たいして貴重ではない、世界で最も数多く作られている剣だからな。しかし長年採用されている型式だけあり、手入れを怠らなければ攻守ともに均整の取れた誠に良き剣であるのだ」
そう言いながら、荘官殿はその剣をレイロウに手渡しました。
それはズシリとした、とても心地の良い重みでした。
レイロウはその剣の全貌を凝視しました。お師匠が16の頃と言えばたいそう昔の出来事であり、この剣の見た目にもその時の積み重ねが感じられます。
要は、古ぼけているのです。
「少し抜いてみろ」
「は、はい」
お師匠に言われ、レイロウは剣の鞘を慎重に、少し引き抜きました。
するとどうでしょう、古ぼけた柄や鞘からは想像もつかない、ギラリと鈍く銀色に光る刀身の一部が現れたのでした。
その異様な輝きは、一瞬でレイロウの心を虜にしました。美しも恐ろしい、正に"人の命を奪うべき宿命"をもつ道具の放つ輝きなのでした。
これにはレイロウも感嘆の声をあげました。
「す、すごい」
「見てくれは古いが、刃の手入れはずっと怠らずに行っていたからな」
レイロウは初めて手にする刀剣のあまりの狂暴な美しさに、一気に魅せられてしまったのでした。
そうしてレイロウが呆けたように刀身の輝きを見つめている間、荘官殿はもう一つの小ぶりな木箱を開けると、中から聿と洋墨の壺、それに便箋と封蝋印の一式を取り出しました。
そして木箱を下敷きとして、聿でガリガリと何かをしたため始めたのでした。
「不死人」
「は、はい!」
刀身に見入っていたレイロウは、我に返って荘官殿に返事をしました。
「お前は剣士としてはまだまだの半人前以下だ。しかしこの半年程で、私の剣術の基本は全て教え込んだつもりだ。
しかしお前は不死人族、我々人間族とはそもそもの根底が違う。それを考えて稽古をするには、あまりにも時間が無さ過ぎた。
だからここからはお前自身で考え、感じながら、お前だけの剣の道を進むのだ。
大丈夫、私の教えた基本があれば大丈夫だ。お前は私の最後の弟子だ」
そのあまりの有難い言葉に、レイロウの心は平服しました。
「さて、剣と一緒にお前にこの封書を託す。お前、字は読めるか」
「はい、少しなら。局員のお姉さん教わりました」
へえ、と子供たちが声を漏らしました。
子供たちの中に読み書きができる者は居なかったのです。
「ここに何と書いてある?」
「えと……"聖都剣術指南道場"、"ムジカ氏"でしょうか」
「そうだ。いいか、よく聞け」
荘官殿がレイロウに、よく言い聞かすように述べました。
「ここから太陽の沈む方角に向かって、まっすぐ歩け。赤い大地を抜けて緑の草木が現れたら、夕焼け街はそこまでだ。夕焼け街を抜ければお館殿の力は及ばないので、そこまで行ければ捕まる事もないだろう。そこから聖都を目指せ。聖都には"聖都剣術道場"があるはずだ。街で一番大きな道場なのですぐ分かるはずだ。そこのムジカ氏を訪ねろ。そしてこの封書を渡すのだ」
レイロウは今しがた渡された封書を大事に持ち、胸に抑えました。
「すべてはそこにしたためている。いいか、ムジカ氏を訪ねてこれを渡すのだ」
「はい」
「よし、分かればもう出ろ。そろそろお館様が来られる頃だろう」
「……しかし」
「ここ夕焼け街では、ボタ山に暮らす不死人も同じ仲間だ。だからこの子供たちもお前を受け入れた。しかし夕焼け街を一歩でも出ればそこは外界だ。お前はよそ者の下賤な不死人族と見なされるだろう。だから、なるたけお前が不死人族であると見つからないようにしろ。それが一番だ。ともかく"聖都剣術道場"に行け、それだけだ」
荘官殿はそこまで一気に伝えると、今度は優しく諭すように言いました。
「不死人……いや、レイロウよ。強くなるのだ。しかし強くなるだけではだめだ。それでは私と同じだ。強いだけでは何にもならない。強く、そして"偉く"なるのだ。誰よりも、な。分かったか」
「強く、偉く……」と、レイロウは心の中で反芻しました。
「さあ行け!夕焼け街を出るまで、決して後ろは振り向くな。真っすぐ前に進むのだ」
まだ戸惑っているレイロウに、子供たちも声を掛けます。
「行け!行ってくれ、それが俺たちの為だ」
「そうだそうだ」
「俺たちの事は気にするな、お前は剣士になるんだろ!だったら進め!」
レイロウの足は、おずおずと聖都の方へ向きました。
「達者でな!」
「元気で!」
「馬鹿、不死人は何があっても達者で元気に決まってるだろ」
お調子者のタンタがそう言い、子供たちの笑い声が起きるのが後ろで聞こえました。
レイロウが去った後、みんなはこれからどんな目に遭うのでしょう。
それを思うとレイロウはどうにも居たたまれない心持ちになるのでした。
なぜこんな事になってしまっのでしょう。
あの時、お師匠がレイロウの腕を斬ってくれていれば、
いやそれよりもあの時、レイロウが子供たちの石材運びを手伝いさえしなければ、
いやそれならば、そもそもレイロウがボタ山を出なければよいのですし、
何ならレイロウが生まれてこなければよかったのです。
しかしそんなことを今さら言ってもどうにもなりません、
我らを取り巻く全ての世界は、もう動いているのです。
荘官殿、つまりお師匠は言いました、剣の道は修羅の道・魔道であると。そしてこれからはレイロウの、自分自身の剣の道を進むのだと。
よく考えてみれば、ボタ山を出たあの日から、既にレイロウの道は始まっていたのです。
自分で切り開いた道をとっくに歩いているのでした。
レイロウはお師匠の言い付けを守って決して振り返らず、上を向いて涙が流れるのを堪えながら、
授かった"官給剣"を大事に抱えて真っすぐ進んだのでした。
夕焼け街は本当の夕焼けの陽を受け、さらに緋く輝きました。
それからほどなくして、夕焼け街の宿舎の一つに、最初の火の手が上がったのでした。
【第一部・完】
~つづく~




