七、 大騒動
そんな日々が半年ほど続いたでしょうか。
子供たちはレイロウのおかげで仕事がてきぱきと安全にはかどり、
レイロウは仲間の子供たちと面白く労働をしながら夜は荘官殿の修練と復習のひとり稽古に励みます。
レイロウのお師匠である荘官殿は、これまで通り厳しくて怖い存在ではありましたが、レイロウの剣へのひた向きな姿勢に絆された今は何だか悪くない毎日を送っているのでした。
しかし、そんな日常を打ち壊す事態が訪れました。
ある日のお仕事を終えみんなが宿舎へ戻ると、そこへ立派な二頭立ての馬車がドコドコとやってきました。
その中から顔を真っ赤にしたお館様が、お付きの男を二人ばかり連れて宿舎へ怒鳴り込んできたのでした。
「オロチ!オロチはいるのか!」
お館様は荘官殿のことをこう呼ぶのです。
宿舎の裏でこれからレイロウに稽古をつけようとしていた荘官殿は、どうしたどうしたと表へ出てきました。
「これはお館様、こんな所までお出向きとは珍しい。いったい如何なされましたかな」
その言葉にお館様はさらにぷりぷりと怒りだしました。
「如何なされたも何もない!用がなければこんな臭い所まで来はせぬわ!
先刻、大事なお客に言われたのだ『貴様の所では不死人の子供などを働かせているのか』とな!」
その言葉に荘官殿は少しギクリとしました。
子供たちも表の騒ぎを聞きつけ、心配そうに宿舎の中から覗き見ています。
「ええ、居るには居ますが」
「やはりか!そんな噂が流れているようだが、なぜ勝手に働かせている!?なぜ私に報告しない!?」
「ふらりとやってきた不死人の子供が、勝手にここの手伝いをしているだけです。不死人にはおあしもおまんまも与えていませんし、宿舎の寝床もありません。野良犬が勝手に寄り付いているのと同じですからな」
「不死人を囲うことは禁忌であるのは知らんのか!?」
今度はお館様のお付きの一人の男が言いました。
「ええ、だから特にかまわず勝手にさせております。無理に捕まえでもしたらお縄かもしれませんが、今もその辺でひとりで遊んでいると思いますがね」
「何だと?」
「野良犬が一匹迷い込んだ所で、わざわざお館様にお申し付けることでもないでしょう」
そう言って荘官殿は含み笑いをしました。
「オロチ貴様……」
お館様は苦虫を噛み潰したような恐ろしい顔をしています。
また別のお付きの男が言います。
「お館様が仰るように、大口客から厳しい苦情があったのだ。そんな不死人のごとき不浄な者の触った物など受け取れぬ。汚くて使う気にもならぬと全部返却されたのだ。まったく嘆かわしいとたいへんお怒りだったのだ」
「ふん。それならば、この夕焼け街に清廉潔白な、脛に傷の無い人間などひとりもおりませんな。そんな所の物など買わない方がよろしいと助言されては」
「愚か者!人ですらない不死人が関わっているのが問題なのだ!あれは人の形をしているだけで虫けら以下の存在であろうが!!」
その激しい言い草に、子供たちはドキリとしました。
これまでレイロウとは友達のように接していましたが、お館様たちからすれば不死人はそんな扱いをされてしまうのです。
確かに少し変わった子供ではありますが、それが一体なんだと言うのでしょう。レイロウは真面目な仲間思いのいい奴なのに。
「ええい不愉快だ!不愉快せんばん!!不死人などのせいで大損をしたし、面白くない!」
そして荘官殿の方をギロリと観ました。
「それもこれもお前が不死人などを働かせて黙っているからだ。まったく耐え難い!」
その時、なかなか裏の稽古場に来ない荘官殿を気にかけてレイロウが宿舎の表へやってきました。
そして見知らぬ三人が荘官殿に詰め寄っているのを見たのです。
「あ!あいつが不死人か!」
「お館様、あれが例の不死人の子供のようです」
「成る程、貴様こちらへ来い!」
急に声を掛けられたレイロウはギクリとしました。
思わず荘官殿の方を見ましたが、荘官殿はまっすぐ三人の方を見据え、レイロウの方を向きません。
その表情からは何を考えているのか見て取れませんが、荘官殿が静かにしていることからこの三人はここ夕焼け街の偉い人たちだなと察しました。
「おいお前、ぐずぐずするな!」
「お館様がお呼びだ!」
そう怒鳴られると、レイロウはおどおどしながらも三人の並ぶ前に立ったのでした。
その様子を子供たちも、宿舎の中から不安げに見守ります。
「金髪に緋い目……噂通りだな。お前は不死人なのか?」
「は、はい」
「不死人がなぜこのような所に居る。お前たちの住処はボタ山の中だと相場が決まっている、なぜ出て来たのか」
「はいそれが……」
レイロウはまた荘官殿の方をちらりと見ましたが、荘官殿はまっすぐ前を見て黙ったままです。
ここで何と話して良いべきか、レイロウはほとほと困ってしまいました。
「ええと……あの」
「もう良い。不死人の戯言など聞きたくもない」
お付きの二人の問いに窮するレイロウを見て、真ん中に立つお館様が痺れをきらしたように言いました。
「お前のせいで私は大損失である。これは簡単には取り戻せない損失だ。お前にはその罪を償ってもらう」
「罪、ですか?」
「そうだ、お前のような浅ましいゴミの種族は生きてるだけで罪なのだ。とんでもない大罪だ。いや、生きてるのかどうかも不明だがな」
そう吐き捨てると、今度は荘官殿に向かって言いました。
「オロチ、この子供の両の腕を斬れ!」
「……何と?」
「この不死人の子供の、両の腕を斬るのだ!大損失はこやつの手で触ったせいであるのだから、その罰として腕を切り落とすのだ!」
その言葉に荘官殿も子供たちも驚いてしまいました。
「しかしお館様、私めはこの通り、とうの昔に両手の腱を切られておりまして、まともに物を掴むこともできません」
そう言うと荘官殿は両手の甲の側をお館様に向けました。
その親指の付け根の下あたりに、深い切り傷跡が残っています。
「それに私は、剣を持つこと自体をきつく禁じられております身ゆえ」
「いい、俺が許す。それに俺の持っている短剣を貸してやる。これは切れるぞ」
そう言うと、お館様は着物の懐に隠し持っていた護身用の短い剣をを取り出して、強引に荘官殿に押し付けました。
お館様の短剣を地面に落とすわけにもいかず、荘官殿はそれを思わず受け取ってしまったのです。
「その短剣であればお前の役立たずな手でも持つことができるだろう。それで不死人の腕を斬れ!どうしたやらぬか!」
「オロチ、貴様はお館様の命令を聞けぬのか」
「そうだ、立場をわきまえろ」
そのあまりの出来事に子供たちが口々に話し出しました。
「レイロウは何も悪いことをしてないぞ!」
「お館様ひどい」
「何で荘官殿にやらせるんだ!」
「レイロウだって痛いものは痛いんだぞ!」
その声にお館様は声を荒げました。
「黙れガキども、であれば私の損失をお前たちのおあしから頂くぞ!お前達が一生かかっても払えきれぬ額だ、一生ただ働きだ、いいのか!」
なんて酷い、と子供たちは黙ってしまいました。
お館様はこの夕焼け街の中で一番偉いお方で、子供たちのおあしをどうしようがわけもないのです。
「さあオロチ、どうするのだ。ここの"荘官"としてさっさと斬らんか」
「荘園の決まりはお前がいちばん分かっているだろう」
「……しかし、この不死人を斬って何になるの言うのです。お目汚しになるだけかと」
「やかましい!私に口答えするのか!!」
「どうせ不死人だ、腕を斬り落としたところで死にはしないのだろう?」
「噂の不死人だ、実際に斬られたらどうなるのか見てみたいものですな」
そう言いながら三人は不適に笑いました。
レイロウだけが不安げに荘官殿を見ています。
荘官殿は苦悩しました。ここで自分が荘官として働いているのもこの子供たちが毎日宿舎で寝ておまんまが食べられるのも、お館様の恩情があってこそなのです。
もしこの荘園を追い出されたら、皆どころか、皆の家族や仲間までがどうなるか分かりません。
「早くやれ、この人斬りオロチ!貴様はいくさで数え切れぬほど人を斬ったのだろう?いまさら不死人一人をやったところで何も変わらぬだろうが!大量殺人の戦争犯罪者が、誰のおかけで今まで生き残れているか忘れているわけではあるまい!」
そのお館様の声に、荘官殿がピクリと反応しました。
その口元はわなわなと震え、額には油汗が浮いています。
「ほう、お館様それはどういうことで」
「この男の詳しい経緯は我々も知らぬもので、よろしければ」
お付きの二人がニヤニヤとした顔付きでお館様に尋ねました。
「ではせっかくだ、教えてやろう」
お館様のその言葉に子供たちも聞き入りました。
お館様は先の大戦でたいそう活躍された偉い剣士様だと噂されていましたが、それがどうしてここ夕焼け街の荘官になったのかは皆知らぬのでした。
両の手が不自由である為、剣士の道を諦めのかとぼんやりとは考えていましたが……。
「お館様、そのお話しはここでは」
これまで冷静沈着であったた荘官殿が、珍しく慌てたように言いました。
「ほほう。流石のお前も"人斬りオロチ"の話は子供たちには聞かせたくないか。成る程成る程」
お館様は、そういやらしく笑いました。
「この男はな、かつて旧アーガンド国軍に属した剣士だったのだ。その中でも飛び抜けた強さを持った、正に最強の剣士だったという――」
嫌がる荘官殿を尻目に、お館様は大仰に話しだしました。
雇われの身であるというのにいつも尊大な態度であるオロチに面白くなく、その仕返しをここでしてやろうかと思ったのです。
お館様は続けました。
荘官殿は十六の歳に、旧アーガンド王国の軍に属しました。
その頃から剣技に優れ、気性も荒くて負けん気の強い、剣士としては申し分のない逸材でした。
今とは違い、国の各所で小さな闘いが幾つも勃発していた戦乱の時代、その度に荘官殿は王国軍の剣士として八面六臂の大活躍をしました。
その短躰から繰り出される剣は、地面すれすれから急に伸びて相手に喰らいつく蛇のようであり、
いつしか彼は『人斬りオロチ』と呼ばれ、他国の兵士からとても恐れられるようになりました。
やがて世界は、国同士で争いをする大戦の時代に突入しました。
アーガンド王国は自軍の中から選りすぐりの剣士を選抜し、暗殺専門の特殊部隊を形成しました。
その首領が、かの"人斬りオロチ"であったのです。
特殊部隊は"人斬りオロチ"が率いることから暗号名"蛇の巣"と呼ばれ、その存在は水面下に隠されました。
"蛇の巣"の暗躍は凄まじく、敵国の王族や要人、名のある軍師や剣士の相当数が"蛇"により殺害されました。
やがて旧アーガンド王国は戦に勝ち、周辺の相手三国を取り込むことになりました。
その戦果には、"蛇"たちの毒牙の影響が多分にあったのです。
強大化した新生アーガンド王国の構築が進みましたが、そこで議論となったのが"蛇の巣"の存在でした。
"蛇"たちはいくら大戦中とは言え、要人をあまりに殺し過ぎたのです。
その存在は極秘事項であり一般に知られることはありませんが、新王国の上層部ではその殺しに対する"有能ぶり"が非常に危険視されました。
その毒牙が、いつ自分達に向けられるか分からない恐怖があったのです。
新制オルゴ―王国の上層部は一転、"蛇の巣"の存在を明るみに出し、戦時中の大量殺人者としてこれを犯罪者に祭り上げました。
出された判決は全"蛇"の両手を健を斬り、二度と武器を持てない身体にすることでした。
そしてそれに加え、統領である"人斬りオロチ"には、処刑が言い渡されました。
"蛇"達は王国軍に準備された勝利の宴の最中、祝杯の中に媚薬を盛られ、酩酊している所で両手の健を切断されました。
彼らの強靭な毒牙が抜かれたのです。
しかしその中でもさすが統領である"人斬りオロチ"は媚薬をまんまと見破り、ひとりで逃走を図りました。
ここで"人斬りオロチ"と新生アーガンド王国の兵士との逃走劇が始まったのです。
この戦いも凄まじく、人斬りオロチひとりにより王国軍の精鋭剣士四十名が斬り殺されました。
そんな惨劇が行われる最中、当時の相当な有力者であった"ある男"が手を挙げました。
彼はかつて自身が敵国の剣士に襲われた際、"蛇"によって命を救われた経験があるのでした。
男はこれ以上犠牲者を出す前に"人斬りオロチ"を預かり、手なずけることを約束しました。
そして自身の持つ採石場に住まわせて働かせることに成功したのでした。
それこそが先代のお館様、つまり現在のお館様のお父上にあたる方なのでした。
お館様はそこまで一気に話をしました。
「そういうことだ。我が父はな、仲間を見捨て犯罪者として一人だけ逃げだした卑劣な"人斬りオロチ"を匿って差し上げたのだ。その恩が、この男にはあるはずだ」
荘官殿のしわがれた口元がわなわなと震えます。
レイロウも子供たちも、荘官殿の過去のお話に黙っていました。
「そうであるな人斬りオロチ!であれば恩人の血縁である私の言うことを聞け!今すぐその不死人の手を切り落とせ!早くせぬか!」
お館様は遂にわあわあと喚きだしました。
お館様にとって、レイロウの腕を斬るよりも荘官殿に言う事をきかせることの方がよほど大事になっているようでした。
「何をしているこの大量殺人者!鬼畜!異常者!貴様にとってこんな子供の一人や二人訳もないだろう、しかも不死人の子だ!私の命令を聞けぬと言うなら、荘園の掟で貴様も子供たちもどうなるか分かっているであろう!追放だ!お前達奴隷民がここを出てまともに暮らせると思うのか!?でなければさっさとやれ!この異常者!!」
その言葉に、子供たち全員の顔が不安の為に曇りました。
すると荘官殿はお館様から受け取った短剣の柄部分を自身の手首に巻いてある手甲の内側に挟み、鞘を抜きました。
その短剣の刀身はきらりと光り、夕焼けを反射して緋く美しく光りました。その様子から切れ味は申し分ないようです。
そして冷たい目線をレイロウに向け、ゆっくりと口を開きました。
「不死人、両の腕を差し出せ」
「え……」
「差し出さぬか」
生気の無い荘官殿の目を見て、レイロウは怖気を感じました。
長く荘官殿と共に生きて来た子供たちも、これまでまるで見たことのない目です。
これがかの"人斬りオロチ"の顔であるとみな確信しました。
「……はい」
レイロウは観念して両腕を前に上げ、荘官殿の方に差し出しました。
ここでお館様の言い付けを守らないと皆がどうなるか、その口ぶりからレイロウにも伺い知れたのでした。
レイロウは覚悟を決めてぎゅっと目をつぶりました。
自分は不死人だ、少しだけ我慢をすれば良いだけだと自分に言い聞かせました。
「ようやくその気になったか!はやくやれ!やらぬかこの異常者!!斬れ!斬り落とせ!はっはっは!」
荘官殿は「むん」と唸ると、"体さばき"の要領で足を大きく開き、お館様の方へズイと近ずきました。
そして手に巻いた短剣をシュシュシュと幾度も振ったのです。
その速さは目にも止まらず、お館様も何をしたのか分からぬ程でした。
「……おい?」
お館様がきょとんとすると、何とお館様の召しているお着物がパラパラと幾つにも別れて全部地面に落ちてしまったのです。
つまり、その場でお館様は裸んぼになってしまったのでした。
「お、お館様!?」
「いったい!?」
「何だこれは!?おいお前達、着物をよこせ」
裸のお館様はお付きの二人のお着物を奪おうとしました。
するとまた荘官殿が"体さばき"でにわかに二人に近づくと、またヒュンヒュンと短剣を振りました。
すると今度は二人のお着物がバラバラになって散らばり、また裸になってしまったのです。
「うわあ!!」と二人が叫びます。
「……いくら"人斬りオロチ"でもな、無抵抗の子供を斬ったりするものか」
荘官殿は残身しながらそう口を開きました。
そうです、荘官殿はその早業で三人の着物だけを短剣で切り裂いたのです。
三人はもうてんやわんやです。
「おい馬鹿者、なんだこの格好は!いちど戻るぞ!」
そうお館様が叫ぶと三人は宿舎の脇に停めていた馬車に戻り、お付きの一人などは裸のままで二頭の馬を操り、パカパカゴトゴトと一目散に去っていったのでした。
「お館様、お借りしたものを返しますぞ!」
荘官殿は短剣の刀身を鞘に戻すと、馬車の方へとポイと放り投げました。
短剣は弧を描いて飛び、馬車の後方窓からスポリと中へ入ったのでした。
だんだんと遠ざかる馬車の後ろ姿を見て、子供たちはわーいと歓声を上げました。
「やったやった!」
「裸んぼのお館様のざまを見ろ!」
「いい気味だねえ」
「ああすっとした」
そう口々に語る子供たちと一緒に、珍しく荘官殿が声を立てて笑いました。
「わっはっはっはっは!」
レイロウはみんなの様子を見まわし、"ひと時"の安堵を得たのでした。
~つづく~




