六、 稽古の日々
子供たちの宿舎に、改めてレイロウが加わることになりました。
これまで通りの毎日に、少しだけ荘官殿の"特別稽古"の時間が入るようになったのです。
朝から夕まで、レイロウは子供たちと石を運んだり使えるゴミを探したりと、面白く仕事をします。
そしていちにちの仕事を終えると、宿舎に戻って子供たちがおまんまの準備をして食べている間、荘官殿から剣の手ほどきを受けます。
そして子供たちがおまんまを終えてかたずけを済ますと、そこでレイロウの稽古も終えるのでした。
それからまた朝まで、子供たちが休んだり寝ている間はレイロウが復習としての一人稽古の時間となるのでした。
こんな毎日です。
しかし剣の稽古と言いながら、レイロウは自分の木剣を取り上げられ、それを持つことすら許されませんでした。
最初の幾日かは"構え"の修練だとか言って手に何も持たず、基本の構えをずっと動かずにいる練習だけを行います。
初めから剣など持って修練すると姿勢が崩れる、というのがお師匠である荘官殿の論でした。
荘官殿が口を酸っぱくして言うのは、"身体に一本の軸を通せ" という事です。
具体的には、頭の天辺から尻の穴に向けて棒が一本刺さったことを意識しろ、と言います。
その棒を曲げないように常に動くのです。
しかし元から姿勢など考えたこともないレイロウは、これが大変に苦手でした。
気が付くと背を丸めたり、腰を屈めたりします。
「軸を通せ、不死人!お前、本当に頭から尻を貫くように串刺しにするぞ!」
こんな乱暴な事まで言う始末です。
そしてそれをいつも意識しろ!意識しなくても出来るようになれ!と諭すのです。
「稽古の時だけでない、寝る時も飯を食う時も糞をひる時も、常に軸を通せ!」
「僕は寝もしないし、飯も食わないから糞もしないぞ」
「そういう事ではない!それほどまでになれと言うことだ!」
こんな調子なのでした。
師曰く、"剣"を人が持ってのでなく、正しい姿勢の"人"に"剣"が加わるのだと。
だからレイロウの木剣も、師匠の許しが出るまで決して持つことは許されませんでした。
そうして"構え"の姿勢をしているレイロウに、ときおり荘官殿が足を蹴ったり背中を突いてきたりします。
そこでレイロウが少しでもグラグラしたり姿勢を崩したら大目玉で、不意に何かをされてもびくともしなくなるまで"構え"の稽古は続きました。
そうやって"構え"が少しばかり様になると、今度は"体さばき"の稽古となります。
"構え"の姿勢から、六つの基本となる体さばきと呼ばれる動きを行うのです。
前の足を延ばして手を上げたり、後ろの足をぐるりとしたり、前の足から後ろの足へ腰の高さを変えずに体重の移動をして、それに連動して手を上げたりします。
もちろん、この時も身体の軸はぶらしません。
レイロウは『踊りを習いにきたわけではないのだけどな』と思いながらも、荘官殿の言う通りに体さばきの稽古を黙々と続けたのでした。
しかし体さばきは難しく、"構え"の何倍もの時間をかけても次に進むことが出来ません。
こんなことをずっと続けていたら逆に弱くなってしまうのではないか?そんな思いがレイロウの心を過ったりしました。
そんなことが幾日も続いたある夜、レイロウはまた一人稽古をしながら、これまで禁じられていた"剣"を手に持ってみました。
剣とは言ってもそれはその辺で拾った手頃な木の棒なのですが、それをブンブンと振ってみました。
そして既に身体に染付いている"構え"を、剣を持ったまま自然に行ってみました。
それがどうやらピシリと、自分でも形が決まっていると感じることが出来るのでした。
その時、夜空の雲がにわかに晴れ、丸い月が顔を出しました。
その月明かりにより、地面に映る自分の影が、いっぱしの剣士のように見えたのです。
レイロウは思わず驚愕しました。そしてそのまま体さばきを行いました。
すると剣先は体さばきの動きに合わせ、無駄のない滑らかで美しい弧を描くのでした。
身体に一本軸と通す、の意味もよっく分かります。
間違いありません、荘官殿の教えてくれるこの基本動作は、全て剣の為に行われているのでした。
レイロウは慌てて、木剣を手から離ししました。
そしてまた月夜の下、素手で基本動作の稽古を黙々と繰り返すのでした。
レイロウはこの時、初めて何か"分かった"気がしたのでした。
すると次の日、レイロウは荘官殿からようやく自分の木剣を持つことを許されたのでした。
しかしここから苦心するのは、荘官殿の方でした。
なんせ何十年ぶりかの新しい弟子は"不死人"なのです。これまで育てた普通の人間のようにはいきません。
剣術を含めた武術一般は、まずは"防御"を大前提とし、その上で"攻撃"を行います。
"相手をひと斬りしたが、こちらは三度も斬られた"ではまったく意味がないのです。
如何にこちらが無傷で相手に手傷を負わせるか、最終的には命を奪うかが一番重要とされ、
その為に頑丈で重苦しい甲冑を纏ったり、鉄の扉のような盾を携えたりします。
しかし不死人は違います。かの回復力を以ってすれば少しくらいの傷や痛みはものともせず、攻撃に全部を集中することが出来ます。
するとこれまでの荘官殿の持つ剣術の常識が、根底から覆えされることになるのです。
先の大戦が終わりこの夕焼け街に身を墜として数十年、もう弟子など取ることはないだろうと確信していた末に、
不死人向けのまったく新しい剣術の形を作り、教える必要が出て来たのです。
「この歳になり、まったく面倒なことだ……」
そう嘯きながらも、しかし老剣士はどこか楽しんでいるのでした。
~続く~




