五、 荘園の生活
■五、 荘園の生活
ここ夕焼け街は、大昔より採石場としてたいそう栄えた街でした。
しかし大戦より前のある頃より良質な石がさっぱり採れなくなり、やがて石切職人をはじめとした人々は去り、
いつしかここは人の寄り付かない、周辺の街の人々がゴミを捨てるだけの場となりました。
そしてそれから僅かに残された石材と捨てられたゴミを漁る人々が集いはじめ、
そこには街からあぶれた労働者達が次々とつどい、遂には大きな組合ができあがったのです。
それがここ、夕焼け街の荘園制度でした。
労働者たちは"荘民"と呼ばれ、それぞれ十人から二十人程の集団に分けられ、一つの小屋に住み寝泊まりをしました。
そんな小屋が今は幾十もあり、およそ十の小屋をまとめるのが"荘官"、その幾人かいる"荘官"を取りまとめるのが、
荘園の領主として"お館様"と呼ばれている人なのでした。
そしてレイロウの出会った子供たちはこの"荘民"の一つの集団なのでした。
子供たちはランドの指示の元、石材のかたちを立て直して目的の場所までなんとか運び込み、その日のしょうばいを終えたのでした。
子供たちは自分たちの小屋へと帰ってきました。
そしてこの間、レイロウはずっと子供たちに付いて回ったのでした。
「レイロウ、お前も自分のうちに帰れよ。また荘官殿にどやされるぞ」
ランドが言いました。
「荘官殿はこの小屋にいるの?」
「荘官殿は他にも幾つかの小屋の面倒を見ているから、いつもは居ないよ。でも俺たちは子供だけの集団だからよく見にきたりはする」
「だったらここで待ってたらまた会えるわけだ」
「お前、荘官殿に会いたいのか」
「うん、剣を教えて欲しいんだ」
レイロウは勢いよく頷きました。
あんな目に遭ってもまだ剣士の夢を捨てないのかと、ランドは少し呆れたような顔をしました。
「ともかくな、ここに来てもお前の寝床はないし、おまんまも貰えないぞ。俺たちは自分たちのことで目いっぱいなんだ。お前が妹を救ってくれたのは感謝しているが、面倒は見れない」
ランドがそう言い切ると、レイロウは素っ頓狂な面持ちになりました。
「そんなのいらないよ。僕はおまんまも食べないし、寝もしないから。外でずっと待っているよ」
そう言うと、小屋の外で木剣を振りながらえいやと一人稽古を始めたのでした。
そうかこいつは不死人だった、俺たちとは根底から違うのだ。
ランドはまた驚いたような表情をして、やれやれと小屋の中へ入って行きました。
翌日からも、朝からレイロウは子供たちのしょうばいに付いて回ってみなのお手伝いをし、
夕刻にいっしょに小屋に戻って来るとひとりで夜通し木刀を振り回す毎日を過ごしました。
しかしこの集団にレイロウが加わわったことで、子供たちの仕事に大きな違いが出てきました。
これまで事故が伴うような危険なつとめは、ランドの命令の元でとても慎重に行われました。
高い所に登ったり、大きな石の下へもぐったり、石を坂道の下側を支えたりとする作業です。
しかしその役目を、レイロウが自らかって出ました。
レイロウは不死人なので、多少の危険については何とも思わず、危ないと思ったら自分からテキパキと仕事をこなしたのです。
それによりこれまでよりよほど早くこなすことが出来たのです。
それだからみなは早く宿舎へ戻って休んだり、もっとしょうばいをしておあしを沢山もらえることが出来たのでした。
みんなの生活はこれまでより少しだけ楽になったのでした。
これにいち早く感づいたのが荘官の老人でした。
近頃、何やら子供たちの一日の仕事が早い。それなのにもかかわらず、みな元気で楽しそうなのです。
荘官殿は夕刻に子供たちが戻ってくる頃に、また宿舎にやってきました。
そこで、まだあの不死人の子供がいることに気付いたのでした。
「おいランド、来い!」
その声にランドが驚いて飛んで来ました。
「なぜあの不死人がここにいるのだ」
「それが……」
するとレイロウが老人の前に出て大きく頭を垂れました。
「荘官殿!どうかお願いです、僕に剣を教えてください!」
「お前はまだそんな事を言っているのか、いいからーー」
「違うのです、荘官殿!聞いて下さい!」
珍しく、ランドが荘官殿の言葉を遮りました。
こんなことは初めてでしたので、荘官殿は何事かと案じでランドに続けさせました。
ランドはあの日からこれまでのあらましを話ました。
レイロウが無償で、子供たちの仕事にずっと参加していること、
不死人の特性を活かし、危険な仕事を自ら受け持ってくれること、
それにより子供たちが大変に助かっていること、
そしてレイロウが、寝もしないで剣の一人稽古に毎夜いそしんでいること。
ランドの言葉に、老人はまたレイロウの持つ木剣の柄の部分に目をやりました。
この間にも増してその部分は握り磨かれ、つやつやと黒く光っている程なのでした。
外の子供たちも、ランドに続きました。
「荘官殿、レイロウに剣を教えてやってください」
「オレたちと同じようにしょうばいしても、おまんまもおあしも貰ってないのです」
「あいつは偉いやつです、みんなの為に働きます」
「ただ荘官殿に剣を習いたいだけなのです」
「わたしの命の恩人です、どうか剣をお教えください」
そう言って荘官殿を見据える子供たちの目に、ひかりが宿っていました。
荘官殿は少々困惑しました。不死人に剣などと、思いもよらなかったのです。
荘官殿はレイロウを見ました。
レイロウもまた、真っすぐな眼で荘官殿を見返しています。
「……両の手の平を見せて見ろ」
そうレイロウに言いました。
"剣"との向き合い方は、剣士の手の平に如実に出るのです。
利き手や癖などの外にも"剣"を持った時間に比例して、血豆が出来ては潰れ、また出来ては潰れ、
それを繰り返して、手の平の皮はより厚く固くなるものでした。
荘官殿は毎日夜通し剣を振っているというレイロウの手の平を見てみたかったのです。
この数日間であれほど木剣の柄が黒光りする程に磨かれた、その証拠を見てみたかったのです。
レイロウは手の平を天に向け、荘官殿に差し出しました。
荘官殿はその手を見て愕然としました。
それは、傷や染みひとつなく血色の良い、艶やかな少年の手の平だったのです。
とても剣どころか、何一つ手仕事をしたことのない王子様のような高貴さも感じられる程であります。
しかしそれもそのはず、この少年は不死人だからです。
手の平の生傷も、負った先から治ってしまうのです。
荘官殿は今のような老人になるまで、正に"剣"に生きた人生でした。
多感な時期に先の大戦を経験し、青年期は剣士として膨大な戦果を上げました。
それから時代は変わり、やがてこの夕焼け街の地に身を寄せるようになった今まで、剣は携えていなくとも"剣士としての誇り"を常に胸に刻んで生きてきました。
剣の道とは、修羅の世界・"魔道"である。
しかしここにきて、その全てを覆されるような少年剣士が現れたのです。
それがもしやの不死人であるとは。
かつて歴戦の英雄であった老剣士は、思わず窃笑しました。
~つづく~




