四、 荘官殿
まだ体制を崩したままの石材の脇で、子供たちはレイロウを囲んでわいわいとしていました。
「不死人の話は聞いたことがあるけど、見たのは初めてだ」
「俺たちと見た目はそんな変わりないんだね」
「目が赤いわ」
「不死人は夕焼け街のうんと外れの、ゴミ山の中に住んでいるんじゃないのか」
「ゴミ山じゃないや、ボタ山だよ」
「どっちでも同じだよ」
「不死人は生まれてからずっと、ゴミ山の中でゴロゴロと寝て暮らしてるのではないの?世界でいちばんの怠け者の一族だと聞いたよ」
「そんな不死人も居るかもしれないけど、僕やお父さんは違うよ。ちゃんと起きるよ」
「しょうばいはするの」
「しょうばいって何?」
「しょうばいはしょうばいよ、おつとめよ」
「よくわかんないや」
「そもそもおまんまを食べなくていいというのは本当なのか」
「え?おまんま食べないの?」
「前に父ちゃんが、不死人はおまんまも食べないって言ってたぞ」
「ええ、本当に!?」
「なんでお前の父ちゃんがそんなの知ってるんだよ」
「前に、ボタ山に行くお役人の一団に聞いたんだってさ」
「あのたまに馬車に乗っていく大勢の人たちか」
子供たちはそう口々にレイロウに話しかけました。
ここ夕焼け街のさらなる果てに、不死人族と呼ばれる世界で最も怠惰で下賤な者たちが住んでいるという話は聞いていました。
彼らは何をしても、何をしなくても死ぬことはなく、ゴミ山の穴ぐらの中で生涯をおくるのだと。
その噂の不死人の子供が突然現れて、仲間の命を救ってくれたのでだから興味津々です。
「おまんま要らないって、腹は減るのか?」
「食べる事は出来るよ。でも腹が減るというのが分からないし、食べなくても平気だよ」
「へえ!こいつはたまげたなあ」
その時です、上り坂の上から重く鋭い声が響きました。
「おいお前たち、何をしているか!」
「あ、荘官殿だ!」
子供たちはおしゃべりをやめて一斉に一列にならび気を付けをしました。
その一番先頭はランドです。
レイロウは急なことで何も分からずにただその場に立っていました。
坂の上には先程の声の主が居ました。
それは老人でした。長い白髪を後ろで結わえ、小柄ではありますが恐ろしく眼光の鋭い老人です。
レイロウはこの"荘官殿"と呼ばれる老人を見た時に、何か頭の後ろの方がビリビリとしました。
「磐をどうした」
「はい、それが――」
子供たちの引率であるロンドが、これまでのあらましを説明しました。
坂の途中で石材が傾いたこと、妹のアビィが圧し潰されそうになった事、そして急に現れた不死人の子供に助けれた事、を。
一連の話を聞き、老人はギロリとレイロウの方を見ました。
レイロウは畏怖しましたが、それは恐怖のみの感覚ではありませんでした。
この老人からは、よく分からない"何か"を感じるのでした。
「お前は、不死人か」
「はい、僕はレイロウと言います」
「名など聞いておらぬ」
老人はピシャリと言いました。
「不死人は、住処かの穴ぐらから決して出てはならぬと聞いているが」
「はい。で、でも、他人が不死人をボタ山から連れ出したりしては駄目だけど、不死人が"自分の意思"で外に出るのは問題ないんだと教えてもらいました」
「誰に?」
「お役人の、お姉さんにです。お姉さんはいろいろ教えてくれました。それが決まりなのだと」
そうなのです、"不死人保護法"では、不死人を他の人が無理に連れ出したり、誘拐することは強く禁止されていますが、
"不死人"が自分の意思で外に出ることにお咎めはないのでした。
「そうか。ではお前にお咎めはないのか」
「はい」
「何故、出た?」
「え?」
「何故、故郷を出たのだ。穴ぐらの外は、お前たち不死人にとっては苦渋の場のはずだ。だからこそ、王様直々に保護されていることは知っているのか」
「はい」
「では、何故」
レイロウは少し口ごもった後、意を決して話しました。
「僕は、剣士になるんです」
「剣士だって?」
「不死人が?」
これまでおとなしく二人の話を聞いていた子供たちがざわざわしました。
まさか自分たちと同じくらいの子供が、それも不死人族が剣士になりたいと言うなど心にも思ってなかったのです。
「剣士になる為に、僕は聖都に向かうんです。そして、最初にここに辿り着いたのです。聖都の方向はこっちで良いのでしょうか」
「ほう……」
老人がレイロウのズタボロになっている腰布に挟まれている、木剣を見止めました。
それは、レイロウがボタ山を出てから直ぐに拾って剣代わりにずっと振っていた木の枝です。
木剣は、奇跡的にも石材に潰されずに済んだのです。
「それがお前の剣か?」
「はい」
あの枝切れが剣だとさ、と子供たちがドッと笑いました。
しかし老人だけが真顔で、その木剣の持ち手部分を見ました。
木剣の持ち手は、強く握られてそこだけが色濃く滑らかになっています。
そしてまた眼光鋭く、レイロウの方を見据えました。
「……では、私はこれでよいな」
そう言うと、老人は先ほど石材がずり落ちて千切れた縄の切れ端を拾い上げました。
その長さはわずか五、六寸です。
そしてその紐きれを右手の親指と人差し指でつまみ、だらりと垂らしました。
「これが私の剣だ。ひとつ勝負をしようか」
「それが剣?」
「ああ」
子供たちも、荘官殿の頭がおかしくなってしまったかと思いましたが、しかし統領の鋭い目はいたって真面目です。
「不死人、その剣で私にかかって来い」
「え?」
「お前の剣はその棒、私はこの紐切れ、恐れることはあるまい」
「……でも」
「怖いのか?」
荘官殿と呼ばれるこの人物が何者なのか分かりませんが、レイロウと背丈もそれ程変わらない小柄な老人に対して、
幾ら木とはいえこの棒で打ちに行くなど考えられなかったのです。
人間族は、いちど怪我をするとなかなか治らないのはレイロウも知っていました。それが老人ならば尚更です。
「これから剣を志すという者が、たかが紐切れを持った老いぼれを恐れるのか。貴様の心持ちはそんなものか」
そう言ってレイロウをあざ笑いました。
「そんなことで怖気づくなら、さっさとほら穴に帰って寝ていろ。"剣士"などと二度と口にするな!」
その言葉にレイロウは憤慨しました。
だってレイロウは決してこの老人に怖気づいたわけではありません、老人の身を案じてのことなのです。
なのになぜ自分が恐れをなしているかのように言われるのか。
レイロウは唇をグッと噛み、棒の剣を構えました。それは全くの我流の構えです。
「ほう、少しはまともな目になったな」
老人がまた笑います。
「……おいレイロウ、やめておけ」
それまで押し黙っていたランドが口を出した刹那、レイロウが老人に剣を思い切り打ち込みました。
「えい!」
その棒先が老人の頭部に当たると思った直前、老人の持つ紐が獲物に襲い掛かる蛇のごとく伸び、
見えぬほどの速さでレイロウの目の辺りを打ち付けました。
レイロウの視界が一瞬にして奪われ、何も見えません。
『あっ!』と叫ぶ間もなく、その紐は今度は木剣を持つレイロウの右手首をピシャリと打ちました。
その鋭く焼けるような熱い感覚に、レイロウは握っていた木剣を落としました。
「ぎゃあ!」
ようやく声を上げたレイロウはドカリと膝をつき、先ほど打たれた右手首を左手で押さえました。
その感覚から手首をバッサリと切り落とされたのかと思ったのです。しかし、手首はありました。
レイロウは呻き声をあげながらそのまま地面に突っ伏しました。
先ほど打たれた目からは涙がとめどなく流れます。
やがて不死人ならではの治癒力で右手の痛みは引き、徐々に視界も戻ってきました。
レイロウはうなだれながら顔を上げ、目の前に立つ老人を見上げました。
先ほどまで自分とさほど変わらなかった体躯の老人が、今は恐ろしく強大な存在に見えます。
自分を悠々と見下ろすその姿は、まるで魔人なのでした。
レイロウはあまりの恐ろしさに身震いしました。
「分かったか、これが"剣"だ。剣の道とは、殺すか殺されるかの修羅の世界だ。不死人のお前にとって冥府は無いに等しいかもしれぬ。
しかしだからこそ、その道は更に険しいものになるだろう。お前が行こうとするのは"魔道"だ。
悪い事は言わん、騒ぎになる前にとっとと穴ぐらに戻れ。それがお前の為だ」
そう言うと、老人はくるりと向こうを向きました。
「何をしている!さあ休憩は終わりだ、さっさと体制を立て直して磐を運べ!」
「あ、あいさー!」
老人の支持に、子供たちは一斉に声を上げて応えました。
わたわたと動き出す子供たちの中からランドがやってきて、まだその場で膝を付いているレイロウに小さく声を掛けました。
「荘官殿はな、昔は名のある剣士様だったそうだ。その前で剣士になりたいだなんて気安く言うな」
そう言い残すと、また急いで子供たちの引率に戻って行ったのでした。
何ということでしょう、レイロウはボタ山を出た最初の街で、突然"本物の剣士"に出遭ってしまったのでした。
そのあまりの僥倖に、レイロウはまだ動けずにいました。
~つづく~




