九、 吟遊のカルラ
【第二部】
「よう兄ちゃん、いったいどこへ行くんだい?」
夕焼け街を抜けたあたりから、レイロウは若い男に付きまとわれていました。
年の頃は20代そこそこといったところでしょうか。
ランドよりはだいぶ年上で、不死人保護局のお姉さんと同じくらいの歳に見えます。
しかしなんだかいつも顔はヘラヘラと笑っていて、軽い調子で話をしてきます。
服装も他の道行く人たちと比べて派手でチャラチャラとしていて、レイロウがまだ会ったことのない種類の人間なのでした。
「おいってば!聞こえてるんだろ?無視しないでよ、流石の俺も悲しくなるだろうが」
お父さんやお師匠に言われた通り、自分が不死人だとばれると酷い目にあうことは確かなので、
レイロウは知らんぷりしてどんどん進むのでした。
しかし、ここらはもう緑の草木は生え、さまざまなしょうばいをするお店が建ち並んだり、馬車や牛車に道行く子供もたくさんいたりと、レイロウの興味を引く物がたくさんあるのです。
レイロウは物珍しさにひとつひとつをしっかりと見て回りたいのに、その若者が邪魔をするのでした。
「おい、腹へらないのか?さっきの飯屋に寄ろうよ」
「猫?さっきから野良猫なんか珍しいのか?」
「ここは書店だぞ、お前字が読めるのか?」
「なんだ、金物屋になんの用事があるんだよ。金はあるのか?」
ずっとこんな調子です。
特にレイロウは人に聖都への行き方を誰か親切そうな人に訪ねたいのに、この男のせいでそれもままなりません。
「おい、誰かに聞くなら俺に聞けよ。さっきからずっとそばに居るだろうが、俺が見えないのか?」
こう横でわあわあと言い続けるので、他の人も不振がってレイロウのお話をまるで聞いてくれません。
そこでついにレイロウの堪忍袋の緒が切れたのです。
「ずっとうるさいぞ!何で僕に付きまとうんだよ!」
「お、やっと俺に口を聞いてくれたな。嬉しいぜ」
こう言ってまたヘラヘラと笑うのでした。
「聖都に行きたいなら俺が案内するぜ、せっかくだ一緒に旅しようよ」
「うるさい、何で知らない奴と仲良く一緒に行かないと行けないんだ」
「仲良くとは言ってないだろ……。しかし連れないねえ、"旅は道連れ、世は情け"って言うじゃない」
「知らない」
「知らないか」
「ともかく、もう来ないでくれ!僕は一人で行くので!」
レイロウはそう大声で言い切りました。
「ああそう。フーン、俺は居なくていいのね」
「いいよ」
「いいんだ。分かった、じゃあな、さよならだ。俺はもうここから動かない、お前を追いかけないぞ、それでもいいんだな」
そう不貞腐れて言うと、若者はのまま手を振ってレイロウの後を付けるのをすっかり辞めてしまいました。
あれ、やけにあっさり引き下がるなとレイロウは思いました。
「それでいいいよ」
「もう二度と会わないぞ!いいんだな!」
「はい」
「後悔しても遅いぞ!その時にはもう俺はいないぞ!寂しいぞ!」
「はい」
「おい!こら!ちょっと、戻れ!」
「いいえ、戻りません」
そうわあわあ喚く男を置いて、レイロウはすたすたと先を進みました。
いったいあの男は何だったんだ……と思いながらも、ようやくこれで思うまま動けるぞとせいせいしました。
そして人気のない道にレイロウがさしかかり一人きりになった途端、建物の角からガラの悪い二人の男がレイロウに近寄って来ました。
男達の目はしっかりとレイロウを捕らえ、その表情は悪意に溢れています。
レイロウは以前、二人組の馬に乗った悪漢に意味もなく斬りつけられた事を思い出し、咄嗟に身構えました。
「やっと一人になったぜこのガキ」
「おいガキ、その持ってる荷物よこせ」
どうやら二人は盗人のようです。
そうして手を伸ばし、レイロウの手にある袋に入った長物、つまりお師匠から承った官給剣を奪おうとしました。
これを盗られるなんてとんでもありません!
「やめろ!触るな!」
レイロウがそう口にした刹那、男の一人のげんこつがレイロウの左頬を強打しました。
子供のレイロウはその勢いに吹き飛んで、後ろに転びました。
しかし倒れても長物袋を離さずに、両手で抱え込んでいます。
「口答えするな、渡せコラ」
そう短く言うと、もう一人が無言でレイロウの顔と背中を強く何度も蹴ってきました。
その攻撃にまるで容赦はありません、相手が子供だろうとお構いなしの様子です。
しかし、お師匠から授かったこの剣を絶対に、絶対に、失うわけにはいきません。
レイロウは引っ張られても何をされても、長物袋だけは絶対に手放しませんでした。
激しい痛みが次々と全身を襲い、やがて口の中が折れた歯や紛れた砂でジャリジャリしました。
「しぶといガキだな、死ぬか?」
「おい、死ぬか?」
それが男の脅しだったようですが、レイロウに"死"はありません。
"死"は恐れませんが、しかし力づくで剣を奪われてしまったら"死"よりも深く後悔しそうであります。
そしてこの男たちは強盗の為に子供でも平気で殴りつけるような悪党です。
どうしたらこの場を切り抜けられるのかと懸命に考えるレイロウでしたが、その時、別の誰かが声を掛けてきました。
「ほーら、だから言ったんだよ。さっそくこれだ」
それは、先ほどのレイロウに付きまとっていたチャラチャラした若者だったのです。
「あ……」と、レイロウはひどく蹴られて視点の定まらない目でその姿を見止めました。
「なんだお前」
「こいつ、さっきまでこのガキと一緒にいた奴だ」
「お前ら酷い奴だな、こんな子供によう――」
そう言って若者が倒れたレイロウに目をやった刹那、男のげんこつが今度は若者の顔を強襲しました。
するとそれよりも素早く、若者の手が伸びて男の顔の目の前に短刀の刃を突き付けました。
そのあまりの速さに男は驚いて、思わず拳を止めてしまったのです。
若者は先ほどの軽い様子とは異なり、今は目がどっしりと座っています。
この態度は只者ではありません。
「おい、死ぬか?」と、今度は若者が同じ言葉を男に放ちました。
そして短刀がグッと、男の喉元に押さえつけられました。
男たちが思わずたじろいだ時、騒ぎに気付いた人たちがどうしたどうしたと集まって来ました。
「おい、行くぞ」
「クソッ、覚えとけよ」
そう言うと、男たちはそそくさとその場を去って行きました。
男たちは、この若者が本当に人の首を掻き斬る"覚悟"がある事を身で感じたのです。
しかし、
「クソで結構、うんちっち~」
と若者はまたふざけた表情に戻って、そうおどけました。
そしてまだ倒れているレイロウの方を向き、言いました。
「よう兄ちゃん!助けてやったんだ、これは"貸し"だぜ」
そして呆けたようにこちらを見ているレイロウを尻目に、続けて自らを名乗りました。
「俺の名はカルラ、"吟遊のカルラ"って呼ばれてる旅人だ。よろしくな」
~つづく~




